第6話 欲しかった言葉
わたしの記憶が正しければ、入学式の翌日だったかな?
学校までかかる時間がまだ分かんなくて、結構余裕を持って家を出たんだけどね。
本当に偶然、家を出て5分くらいした時かな、結月さんが自転車を押して登校してるのを見掛けたの。
少しだけ怖かったけど、せっかく同じクラスになったんだし、思い切って話しかけてみようかなってよく見たら、隣には腰の曲がった小さいお婆ちゃんがいて、結月さんはその人の荷物みたいな物を、自転車のカゴに入れて運んであげてるように見えたね。お婆ちゃん嬉しそうに笑ってたし、あれは人助けだと思うな〜。
「結月はお婆ちゃんをカツアゲしてる」とか噂されてたけど、仮にあれがカツアゲするための下準備だとしたら怖すぎるからね?
「優しい人でしょ!」と言い切られて、なんでそう思ったのか聞いたら、龍園さんは早口でそんな事を話し始めた。
私は、そもそも同級生と会うのが嫌だったし、遅刻とかギリギリ登校とかしたら余計に不良だって言われるし、だからいつも早めに家を出ていた。
早く学校に着いたら、図書室で読書でもしようと少しワクワクしてたし。
だから通学路に体調悪そうなお婆さんが座り込んでいた時はどうしようかと困った、見て見ぬふりは後味が悪いし、もし中途半端に声を掛けてるところを誰かに見られたら絶対に誤解される、通報なんかされたらどうなってしまうんだろうって色々考えてしまった。
でも冷静になったら、お婆さんの安否の方が心配だったから急いで声を掛けたけど。
聞いたところ、腰を痛めて荷物が運べなくなり休憩していたらしい。
ここで「そうですか、お大事に」って切り捨てて立ち去る事が、私には出来なかった。
お婆さんが心配なのは当然だけど、ここで見捨ててしまったら噂通りの冷酷人間になってしまう気がして。
聞いたら家も近いらしく、学校が始まるまではまだ余裕があったから。
「良かったら荷物、お持ちしますよ」
とりあえず無事に送り届けることが出来た。
「ありがとうねぇ、綺麗な髪のお姉さん」と笑顔で言われて、私は何故か少し泣きそうになった。
そこまでは良かった、そのお婆さんが少し待っててと言うから玄関で待機してたんだけど、全然戻ってこない。
10分くらいしても変わらなくて、もしかして倒れているんじゃないかと心配になったけど、勝手に上がり込む訳にもいかず、とりあえず呼びかけた。
「あのー、まだですかー!」
「はいはい、もう少しだからね」
私はハッとした、気が付いたら他の生徒たちも登校する時間になっていた。
意外と人通りが多くて、背中に視線が集まる。
足音がゆっくりと近付いて来て「待たせたねぇ」と言いながらやっとお婆さんが出てきた。
けど、その手に持ってる物は想像出来る中で1番最悪な物だった。
千円札を2枚乗せた両手を差し出して、こんな事を言ってきた。
「労働には相応の対価が支払われるんだよ」
私は悲しかった、お金目当てで助けたと思われたのかな。それともお婆さんの考え方が古いだけかな。
無視してUターンすることも出来たけど、なんかどうしても悔しくて、一言だけ返した。
「善意で勝手に助けただけなのでお金は受け取れません」
お婆さんの反応なんて見たくなくて、私は小走りで学校へ向かった。
龍園さんが見たのは前半の話で、きっと後半だけ見た奴らがカツアゲだと勘違いしたんだろう。
あの場面だけ見たらそう思うし、こんな説明長々と聞いてくれる人もいないし、なんでこうなるんだろうな。
龍園さんには掻い摘んで説明したけど、果たして信じてくれるかな。
無言で聞いていた龍園さんが、急に私を優しく抱き締めてきた。
「結月さん……」
「……」
私が反応に困っていると。
「善意で助けたのに、そんなのって……酷い噂まで流されて、辛かったよね」
「わたしは信じる、それは他の人には出来ない優しいことだよ」
龍園さんが前半のシーンを見かけてなかったら、私はこの話を打ち明けていなかったかもしれない。
龍園さんは、私の事を偏見の目で見てなかったのに、私はずるい。
本当は聞いてほしかった、共感してほしかった。
だけど、どうせ信じてもらえない、話すだけ無駄。変な風に広まって更にろくでもない噂が増えるだけ。
でもこの子は、まるで自分の事みたいに話を聞いてくれて、それが嬉しくて。
自分を守るために、龍園さんを遠ざけていた事に胸が痛んで、申し訳なくて。
私の事を慰めてくれる龍園さんに、返す言葉が無かった。