第5話 言われたくなかった言葉
結局あれから、龍園さんに話しかけるタイミングを見つけられずに3日が過ぎてしまった。
クラスで急に話しかけても、私の印象が最底辺すぎてめちゃくちゃ注目を集めてしまうのは明白だったし、かと言って人気の無いところに呼び出したらそれこそ大事になりそう。
結局どっちの選択肢を選んでも、龍園さんが話しづらい状況に変わりはない。
「頑張ってー」「もう少しだよー」
精一杯グラウンドを走る龍園さんは、クラスメイトの声援も聞こえていなさそうなくらいボロボロだった。
春の風が吹くグラウンドは心地よく、1000mを完走しても大した疲れは無かった。龍園さんは予想以上に体力が少ないみたいで、開始早々ヘトヘトだった。だけど、なんだかんだでもうすぐ4周だ。
やっぱりクラスメイトからは好かれているみたいで、誰もバカにする事は無かった。これが私だったら、ボロクソ言われた挙句、弱点もバレて、徹底的に排除されたかもしれない。
だから私はどれだけ酷い噂を流されたとしても、自分の弱みだけは見せられない。常に強くないといけない。
龍園さんは本当に限界だったみたいで、走ってるのかも分からない動きのまま転んでしまった。
小森さんを追うように花山先生やクラスの人たちも駆け寄る。私も一応後ろの方で見守る。
先生が保健室への付き添いに私を指名してきた、まぁ多分それは、消去法で私なんだと思う。
龍園さんが小森さんの付き添いを断ったのは少し意外だったけど、どうやら友達の成績を落とさない為の配慮らしい。
龍園さんに肩を貸して私たちは歩き出した。
私は何とも思ってなかったけど、途中で汗の匂いを気にする龍園さんをフォローしつつ保健室に着いた。
多分、龍園さんとは普通に会話出来てたと思う。彼女も自然に話してくれてたから、私も自然と言葉を出すことが出来た。だから、彼女の言葉を信じて身の上話をしてしまった。
私は自分の事を知られるのが怖い。
本当は私の事を知ってもらいたい。
どっちも私の本音だった。
私はずっと怖がられてきた、悪い噂だって最初のうちは否定していた。本当は不良じゃない、髪の毛だって染めてない、金髪は地毛なんだって、もちろん無闇に暴力を振るったりもしないって。
でも、何故か世間は、本人の言葉よりも悪い話の方に耳を傾ける。釈明を諦めた私は、いつしかみんなが恐れる結月凛になっていた。
だから、キラキラした目で「良いお姉ちゃんなんだ!」と言われた時、嬉しさよりも怖さが勝ってしまった。
優しい結月凛を知られてしまったら、今まで私を怖がってた人たちは、仕返しと言わんばかりに矢を放ってくる。
しかも、その相手がクラストップの龍園咲百合だから危険だ。
やっぱり私はもう他人と関わって生きていけない。
「先に戻ってるから」そう言って逃げ出そうとした私の手を、彼女は強引に掴み取ってきた……その細い腕を振りほどかなかったのは、どこかで期待していたのかもしれない。変えたかったのかもしれない。
怪我をした足で私の心に踏み込んでくる。3日前に言おうとしていた言葉を抱えて。
「ねぇ、結月さんって」
「本当はすごく優しいでしょ!」