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凛と咲き誇る百合の花  作者: イチノセ
第5章 凛より。
40/50

第39話 私の大好きな

 事故で亡くなる、死んだ。その事実を私は信じなかった。

 きっとこれは、怒った父が私に仕掛けたドッキリだと。そう思わないとどうにかかってしまいそうで。

 だけど、そんな私を置いてけぼりにして時計の針は進んでいく。病院のベッドで眠る父親の姿を見てもまだ疑っていた。母はずっと泣いている。鈴も泣いていたが、この状況を理解していたのか分からない。3歳なら、もしかしたらちゃんと分かっていたのかもしれない。

 私は……どうだったかな。ちゃんと泣いていたのか覚えていない。


 通夜の日、父がいつも使っていた布団に遺体が移された。その顔は、今すぐ起き上がっても不思議ではないほど綺麗で。ドッキリなら早く言ってほしいと思っていた。本当は自分でも分かっていたくせに。

「凛、鈴。お父さんがお家にいられるのは今日で最期だから。近くに居てあげて……話しかけてあげて」

 母は、優しい声で私たちを父の前へ(うなが)してくれた。

 普段の父なら絶対着ないような白い服を着せられ、呼吸も無く静かに眠る父に私は何を語りかけただろうか。お礼を言ったのか謝罪をしたのか、記憶は曖昧だ。

 だけど、私たちがどれだけ話しかけても返事は無い。いつもみたいに陽気な笑いは聞こえず、ピクリとも動かない。

「お父さんに触ってあげて、きっと喜ぶと思うから」

 家族なのに、父親なのに。母に言われるまで触らなかったのは、やはり死んだ事を理解していたから。


 そっと、父の頬に触れる。

 確かな肌の感触、だけどそこには温かさが無い。血が通っていない証拠。そしていつもと違う匂い、私が知ってる父の匂いじゃ無かった。

 触覚が嗅覚が聴覚が視覚が、父の死を私に実感させた。

 信じなかったんじゃない、信じたくなかったんだ。

 だって、これが現実なら。私が、大好きな父に放った最期の言葉は。父が、娘から言われた最期の言葉は。

 考えただけで胸が張り裂けそうになる。


 後から聞いた話だと、父は現役時代の怪我で脳に小さな血腫(けっしゅ)があり。引退を決めたのもこれが原因だったらしい。その時は命に別状はないと診断されたが数年経って再発し、運悪く運転中に意識不明になってしまったという。誰かを巻き込むような事故じゃなかったのが不幸中の幸いか。

 だけどもし、私の言動によるストレスが原因だとしたら……なんて毎日考える。


 父とのお別れが終わり、静かになった家。母は葬儀の準備やらでゆっくりしている余裕も無かったのだろう、廊下に座り込むと私たちを強く抱きしめた。そして、私と鈴と母の3人で助け合っていこうと決めた。鈴はきっと覚えていないけれど、覚えてないならそれでもいい。


 結局私の方もそんな事があり、忌引(きびき)が終わり学校に復帰したら友達を殴った件は有耶無耶(うやむや)になっていた。

 だけどそれは、私が許されたわけじゃ無い。

 気が付くと私の周りには誰も居なくなっていて、酷い噂が飛び交っていた。友達を殴ったという事実のお陰で、どんな噂も信じられてしまった。

 だけど、何を言われてもこの髪だけは変えたくなかった。言うなれば、これは父の形見だから。私がこれを否定したらいよいよ父が居なくなってしまう気がして。

 噂話とこの金髪は、罪を犯した私への罰みたいにどこまでも着いてくる。

 友達の血と涙。父へ言い放った酷い言葉。それらを、私はまだ(つぐな)えていない。


 私の話を黙って聞いてくれていた咲百合へ向き合う。

「だから、だから髪の色は変えられない……これはお父さんが生きた証で、私が残さないといけないの」

「凛ちゃん……」

 咲百合は、震える私を落ち着かせるように優しく手を握りしめてくれた。

「凛ちゃん、本当にそれが理由……?」

「え……?」

 それは間違いなく本音のはずだった。

「形見とか、生きた証とか。確かにその通りかもしれないけど……もっと、もっと簡単な理由じゃダメかな?」

「簡単な理由……」

「だって、その言い方だと無理してそのままの髪色にしてるみたいだよ……」

「それは……」

 無理しているつもりは無かった。

「凛ちゃんは自分の髪、嫌いなの?」

「そんな事ない!!」

 2人っきりの部屋に、荒らげた声が響き渡る。

 だけど、私が言った理由は確かに嫌いなのに無理しているみたいだった。

 そんな声を聞いても私の目に映る咲百合の顔は、柔らかく笑っていた。


「そうだよね、良かった。だから簡単な理由。凛ちゃんは、自分の髪が大好きなんだよ!」

 どうして、言われるまで気が付かなかったのか。何かと理由をつけて、遠回りしていた。

 あるいは、本来それを伝えるべき人に伝えられなかったから、ずっと避けてきたのかもしれない。

 咲百合が、私を優しく抱きしめる。

「お父さんとお揃いなのが嬉しかったんだよね」

「うん……」

「お父さんの事が大好きだったんだよね」

「うん……」

「だったら、理由はそれだけで十分だよ。そんなに追い詰めないで、もっと気楽に。ね?」


 咲百合と出会ってから、そこまで日は経っていない。この話だって今日いきなり語ったんだ。

 それなのに、そんな彼女の言葉が胸に響くのは……きっとそれほど真剣に私と向き合ってくれているからだった。


 こぼれ落ちる涙は、自分の意思では止められなかった。

「お父さん……! ごめんなさい……大好きだったのに……素直に言えなかった……お父さんからもらった髪も大好きだった……!」

 今更懺悔(ざんげ)したところで、父に届くはずもない。だけど、この感情を抑えるには泣き喚くしかなかった。


 赤子をあやす様に、咲百合は私が泣き止むまでそっと抱きしめてくれていた。

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