第39話 私の大好きな
事故で亡くなる、死んだ。その事実を私は信じなかった。
きっとこれは、怒った父が私に仕掛けたドッキリだと。そう思わないとどうにかかってしまいそうで。
だけど、そんな私を置いてけぼりにして時計の針は進んでいく。病院のベッドで眠る父親の姿を見てもまだ疑っていた。母はずっと泣いている。鈴も泣いていたが、この状況を理解していたのか分からない。3歳なら、もしかしたらちゃんと分かっていたのかもしれない。
私は……どうだったかな。ちゃんと泣いていたのか覚えていない。
通夜の日、父がいつも使っていた布団に遺体が移された。その顔は、今すぐ起き上がっても不思議ではないほど綺麗で。ドッキリなら早く言ってほしいと思っていた。本当は自分でも分かっていたくせに。
「凛、鈴。お父さんがお家にいられるのは今日で最期だから。近くに居てあげて……話しかけてあげて」
母は、優しい声で私たちを父の前へ促してくれた。
普段の父なら絶対着ないような白い服を着せられ、呼吸も無く静かに眠る父に私は何を語りかけただろうか。お礼を言ったのか謝罪をしたのか、記憶は曖昧だ。
だけど、私たちがどれだけ話しかけても返事は無い。いつもみたいに陽気な笑いは聞こえず、ピクリとも動かない。
「お父さんに触ってあげて、きっと喜ぶと思うから」
家族なのに、父親なのに。母に言われるまで触らなかったのは、やはり死んだ事を理解していたから。
そっと、父の頬に触れる。
確かな肌の感触、だけどそこには温かさが無い。血が通っていない証拠。そしていつもと違う匂い、私が知ってる父の匂いじゃ無かった。
触覚が嗅覚が聴覚が視覚が、父の死を私に実感させた。
信じなかったんじゃない、信じたくなかったんだ。
だって、これが現実なら。私が、大好きな父に放った最期の言葉は。父が、娘から言われた最期の言葉は。
考えただけで胸が張り裂けそうになる。
後から聞いた話だと、父は現役時代の怪我で脳に小さな血腫があり。引退を決めたのもこれが原因だったらしい。その時は命に別状はないと診断されたが数年経って再発し、運悪く運転中に意識不明になってしまったという。誰かを巻き込むような事故じゃなかったのが不幸中の幸いか。
だけどもし、私の言動によるストレスが原因だとしたら……なんて毎日考える。
父とのお別れが終わり、静かになった家。母は葬儀の準備やらでゆっくりしている余裕も無かったのだろう、廊下に座り込むと私たちを強く抱きしめた。そして、私と鈴と母の3人で助け合っていこうと決めた。鈴はきっと覚えていないけれど、覚えてないならそれでもいい。
結局私の方もそんな事があり、忌引が終わり学校に復帰したら友達を殴った件は有耶無耶になっていた。
だけどそれは、私が許されたわけじゃ無い。
気が付くと私の周りには誰も居なくなっていて、酷い噂が飛び交っていた。友達を殴ったという事実のお陰で、どんな噂も信じられてしまった。
だけど、何を言われてもこの髪だけは変えたくなかった。言うなれば、これは父の形見だから。私がこれを否定したらいよいよ父が居なくなってしまう気がして。
噂話とこの金髪は、罪を犯した私への罰みたいにどこまでも着いてくる。
友達の血と涙。父へ言い放った酷い言葉。それらを、私はまだ償えていない。
私の話を黙って聞いてくれていた咲百合へ向き合う。
「だから、だから髪の色は変えられない……これはお父さんが生きた証で、私が残さないといけないの」
「凛ちゃん……」
咲百合は、震える私を落ち着かせるように優しく手を握りしめてくれた。
「凛ちゃん、本当にそれが理由……?」
「え……?」
それは間違いなく本音のはずだった。
「形見とか、生きた証とか。確かにその通りかもしれないけど……もっと、もっと簡単な理由じゃダメかな?」
「簡単な理由……」
「だって、その言い方だと無理してそのままの髪色にしてるみたいだよ……」
「それは……」
無理しているつもりは無かった。
「凛ちゃんは自分の髪、嫌いなの?」
「そんな事ない!!」
2人っきりの部屋に、荒らげた声が響き渡る。
だけど、私が言った理由は確かに嫌いなのに無理しているみたいだった。
そんな声を聞いても私の目に映る咲百合の顔は、柔らかく笑っていた。
「そうだよね、良かった。だから簡単な理由。凛ちゃんは、自分の髪が大好きなんだよ!」
どうして、言われるまで気が付かなかったのか。何かと理由をつけて、遠回りしていた。
あるいは、本来それを伝えるべき人に伝えられなかったから、ずっと避けてきたのかもしれない。
咲百合が、私を優しく抱きしめる。
「お父さんとお揃いなのが嬉しかったんだよね」
「うん……」
「お父さんの事が大好きだったんだよね」
「うん……」
「だったら、理由はそれだけで十分だよ。そんなに追い詰めないで、もっと気楽に。ね?」
咲百合と出会ってから、そこまで日は経っていない。この話だって今日いきなり語ったんだ。
それなのに、そんな彼女の言葉が胸に響くのは……きっとそれほど真剣に私と向き合ってくれているからだった。
こぼれ落ちる涙は、自分の意思では止められなかった。
「お父さん……! ごめんなさい……大好きだったのに……素直に言えなかった……お父さんからもらった髪も大好きだった……!」
今更懺悔したところで、父に届くはずもない。だけど、この感情を抑えるには泣き喚くしかなかった。
赤子をあやす様に、咲百合は私が泣き止むまでそっと抱きしめてくれていた。




