第4話 私のクラスのムードメーカー
見た目に反して厳つい名前だ。
最初の印象はそれだけだった。
「龍園 咲百合」さんから突然声を掛けられた私は、すぐに反応することが出来なかった。
高校生になってからまだ2週間しか経ってないけど、私の学園生活は、中学時代の焼き直しという感じだった。
ただ授業を受けて、お昼ご飯を食べて、また授業を受けて帰るだけ。毎日この繰り返し。
高校さえ卒業すれば、金髪だって珍しいものじゃなくなる。そして県外の大学に行くか、さっさと就職をしてしまえばいい。高校はそこに行くまでの通過点に過ぎないんだから。
大人になれば私の事なんてみんな忘れる、金髪の怖い人がいたな、とかその程度だろう。
寂しいって気持ちは当然あるけど、もうどうしようもなかった。
クラスの仲良しグループなんかも既に出来上がっているみたいだけど、もちろん私はひとりぼっちだし、自分のスクールカーストなんて知りたくもない。
だけど、このAクラスのトップが誰かは私でも分かる。間違いなく龍園咲百合さんだ。
艶のある黒髪は背中を半分近く隠しており、前髪は眉毛の辺りで均等に切り揃えられている、薄い橙色の肌は、日焼けというものを知らないようだ。
作り物みたいに整った顔は、誰に聞いても日本人形のように綺麗だと答えるだろう。
しかし、龍園さんの本当の魅力はそれだけじゃなかった。
私とは真逆に、大人しく清楚で真面目そうな外見だけど、口を開けて友達と話をする姿は本当に楽しそうだし、授業中はだらしなく寝てる事も多い。そのギャップがとても魅力的な子だった。
そして、彼女といつも一緒にいる「小森いろは」さんの存在も、龍園さんの人気を上げるのに一役買ってるように見えた。
可愛い2人組が楽しそうに話していると、自然と教室の雰囲気も明るくなっていった。
だから、そんな彼女と私が交わる事は無いと思っていて、すぐに返事ができなかった。
「あの、結月さん」
日本人形みたいな声……は自分で言ってても意味が分からないけど。私より少し高く、優しさを感じる声が後ろから聞こえて来てびっくりした。
龍園さんが話しかけてきた……きっと業務連絡とか先生からの伝言とか、そういう用事。とりあえず呼ばれた以上は返事しないと。
私は動揺を隠しながら、ゆっくり龍園さんの方を向いた。
「えっと、なに」
「あ、え〜っと……」
何か、言いにくいことなんだろうか。それとも単純に私を見て怯えているのか。どちらにせよ、私は彼女にも好かれていないのが分かった。
もし言いたいことが私への不満とかだったら早いうちに聞いておきたい、龍園さんに続きを促す。
「……用事があるから話しかけてきたんじゃなかったの」
少し、キツイ言い方だったかもしれない。
これは完全に言い訳だけど、私は自分が傷つかないように必死だった。キツイ言い方をすれば、不満事を言われたって当然だと思えるし。良くない生き方が身に付いてしまったと思う。
「あ、えっと……ごめん」
龍園さんは、明らかに怯えた様子で瞳を揺らしながら謝ってきた。
不満事じゃない可能性だってあったのに、もっと愛想良く接していれば仲良くなれたかもしれないのに。
でも、15年間生きてきて作られた人格がこれで、今更変えられるはずもなく。思わずため息が漏れる。
これ以上は話せそうになく、前へと向き直った。
……本当にこれでいいのかな、もう一度だけ、多少強引でも聞き直した方がいいかもしれない、あんな冷たい言い方じゃなくて。話せばきっと少しは仲良くなれるはず。
そう思い後ろを見たけど、席には誰もいない、教室内にも龍園さんの姿は見つからなかった。
こうやって私は自分で自分の可能性を潰していく。