第38話 崩壊する日常
「凛ちゃん、これはやりすぎだよ!!」
「早く誰か先生!!」
「ひどい……」
「…………」
目の前でうずくまって静かに泣く彼女の、血と涙に濡れた顔を見た私は。謝って済むレベルを超えてしまったと、現場の状況とは裏腹に冷静だった。
先生は私を叱るよりも先に救急車を呼んでくれていたみたいで、最初に到着したのは親ではなく救急車だった。
相手の親はその日見なかったので病院へ直行したのだろう。
私は、両親が来るまで応接室で待機していた。その間も担任の先生や教頭先生など、沢山の大人に叱られていた。
両親が到着してからも今度は両親の前で喧嘩の原因や手を出した理由、その他状況の説明を求められた。
もちろん私は正直に話した。父をバカにされた事に腹を立てて、気が付いたら殴っていたと。
父は私よりも辛そうな顔を浮かべていて、何で父がそんな顔をしているのか、幼い私は深く考えなかった。
そのまま車で家に帰ったが、車内は沈黙だった。両親の辛そうな顔を見て、どんどんと後悔が押し寄せて来る。
家に着いて最初に喋ったのは母だった。
「やっぱり、ジムになんて行かせるんじゃなかった」
鼻を折るほどのパンチだ、当然そう思うだろう。
それだけ呟いた母は疲れた様子で寝室へ向かってしまい、返事も出来なかった。
お父さんは何て言うだろうか……お父さんには怒られたくなかった。
その日は、何も言われないまま終わった。
本当に大変なのは翌日だった。
私は学校を休み、両親は仕事を休んで、午前中に相手の家へと謝罪に向かった。
当然相手の親からは、どんな教育をしているんだと怒号が飛び門前払い。結局友達には会うこともできず。
家に帰ってきても、昨日と同じで母は寝室に向かっていった。
父は昨日と違い、何か言いたげに私を見つめていた。
腰を下ろし、私と目線を合わせた父がそっと語りかけて来る。
「凛、どんな理由があっても暴力だけは絶対にダメだ」
そんな事は、昨日から何十回と言われた。
「だって、お父さんのこともバカにされて……くやしくて……」
私を優しく抱きしめて言葉を続けた。
「誰かを傷付けるために動きを教えたんじゃない、優しい凛なら分かるだろう?」
私は全然優しくなんてない。優しい人は暴力なんてしないし、悪いことをしてもすぐ謝れる。
私は友達をあんな目に合わせて、まだ一言も謝れていなかった。
「なんで? 私はお父さんを守るために怒ったんだよ?」
子どもっていうのはすぐに責任転嫁をする。本当は自分がムカついただけなのに。
「父さんの事はいいんだ、そんな事で凛まで傷付く必要はない」
そんな事。それは私にとっては大きな事で、手が出るくらい腹立たしい事。
全部自分が悪いのに、幼稚な私は全てに反抗していた。
なんで私がこんなに怒られないといけないの? 悪口を言ったあの子は何もないの? お父さんのために殴ったのに、なんで分かってくれないの? お父さんだけは味方だと思ったのに。
やっぱり、私は子どもだった。
「もういい!! お父さんも嫌い! 髪の毛だって普通の色が良かった!」
大声で泣き叫び父の顔も見ずに、部屋へ閉じ篭った事をよく覚えている。
今すぐ謝らないと、って思っていたのに。勇気も優しさも足りない私は、部屋から出ることができなかった。
謝罪のタイミングが分からない、何て言えば許してもらえるのか分からない。成長した今でも謝罪は苦手だ。
だから、直接謝れないならお手紙を書こうと決めた。
日が落ちかけていて薄暗い部屋、電気も付けずに勉強机と向き合う。
泣きながら、ヨレヨレの字で書いたごめんなさいの手紙。
明日、父が仕事から帰ってきたらすぐに渡す。泣いちゃってもいいから自分の言葉も伝える。
そしたら、友達にもちゃんと謝る。許されなくてもいいから、謝罪だけは絶対にしないとダメだ。
嫌なことがあっても、眠気はやってくる。私はそのまま朝まで眠りについた。
翌日も学校へは行けなくて、母に言って休みの電話を入れてもらった。
今はとにかく父の帰りを待つのが優先だ。
そろそろジムを出て、家に到着していてもいい時間だった。けれど、帰ってくる気配が感じられず母と目を合わせる。
その直後に家の電話が鳴り、母は泣きながら対応をしていた。
私も鈴も状況が飲み込めず顔を合わせる。
電話を置いた母が私たち姉妹を抱きながら伝えてくれた。
「お父さんが、事故で……亡くなった」




