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凛と咲き誇る百合の花  作者: イチノセ
第5章 凛より。
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第37話 お父さん

 6年前、私がまだ9歳だった頃の記憶。

「凛、今日も一緒に行くか!」

 金色の髪に優しい声、そして少し怖い顔。だけど、私の大好きな家族。


 父は元プロボクサーで、引退してからもジムでトレーナーとして働いていた。

 子どもが見るには刺激が強いと母には言われていたけど、1回だけ内緒で試合の映像を見たことがある。

 その姿がとてもかっこよく、誇らしく。今でも忘れていない。

 私の髪は、そんな父親から遺伝したものだった。

 母も妹も黒髪なのに私だけが金髪で、最初はそれがすごく嫌だった。だけど、リングに舞う金色の髪は本当に綺麗で……同じ色なんだって思う度、私も自分の髪を好きになれそうな気がした。


「一緒に行く!」

 やんちゃだった私は、しょっちゅうジムについて行っては大人たちに喧嘩を売っていた。

 ジムにいる人たちはみんな優しく、私の練習に付き合ってくれる人も多かったと思う。

 物覚えやセンスが良いのはどうも勉強に限った話ではなかったみたいで、気付けば腰を使ったストレートやフック等の本格的な動きも覚えていた。

「凛ちゃん、最近動きに磨きがかかっててちょっと怖いくらいっすよ」

 後輩らしき男性と会話をしていた父は、私を見てガハハと笑うと頭を雑に撫でてきた。

「凛は将来ボクサーだな! いや……母さんがなんて言うか分からんな」

 現役で活躍していた父の姿を、ずっと近くで見ていたからだろう。母はボクシングが好きじゃなかった。

「私はねー、ボクシングじゃなくてもいい。お父さんが笑顔になれる事をしたい」

 ジムについて行くとお父さんも楽しそうにしているから、別にボクシングが好きだった訳じゃない。

「凛は優しいし、頭もいいから。きっとどんな仕事もできるぞ!」

 ゴツゴツしていて大きい手が、私の小さな手を包み込む。

「凛、父さんと約束だ。凛は背も少し大きいし他の子より強いからな、この手は誰かを守るために使うんだぞ。分かったか?」

「うん! 約束!」

 満面の笑みで返事をした私は、その言葉の意味を本当に理解していたのかな。

「結月さん、カッコつけすぎっすよ」

「そうかぁ? ははは」

 私にとってはこれが日常で、当たり前の幸せ。大人になった私の姿は想像できないけど、変わらない笑顔があると思っていた。


 キッカケは、本当に些細な事だった。

 友達の誕生日会に行くのを断ったとか、そんなくだらない理由。確かに仲は良かったけど、私はジムに行きたかったから断った。

 小学生の頃は、酷い噂も無かったし髪色だって少し目立つ程度だった。一応両親同伴で地毛の説明もしていたし。だから、先生やクラスメイトは分かってくれていた。

 当然今と違って普通に友達も居た。確か、私を含めた4人グループで時々遊んだりしていたと思う。うちにも来たことがある。

 だからこそ、お父さんも金髪だって知っている人にそれを言われた事がとても悔しかった。

「そもそも、なんで黒髪じゃないの? おかしいよ!」

「今髪の毛は関係ないでしょ!」

「ずっと思ってたし! もう友達じゃないから言うもんね! 似合ってなーい! 変! お父さんも金髪とかウケる、ヤンキー?」

 無遠慮に私の髪を掴んでくる。

 小学生というのは、まだ心が出来上がっていない。友達相手でも、喧嘩をしたら豹変する。言われたくない事を的確に言ってくる。明確な悪意で人を傷付ける。

 そして、私も同じく小学生だった。

 大好きな人、大好きな物をバカにされてやり返さないような聖人君子では無かった。


 暴力はダメ。そんな事はもちろん分かっている。だけど私は、殴ることに抵抗が無くなっていた。ここはジムじゃない、相手は大人じゃないのに。


 私は約束を守ったつもりだった。

 父が教えてくれた動きを使って、父をバカにした相手を殴った。その瞬間はまるで少年漫画の主人公みたいで少しかっこいいとさえ思っていた。今思うと本当に反吐が出る、人を殴っておいて何を考えているんだ。

 ジムの大人たちは体格も良いし知識があるから、子どもの私が遠慮なく殴ってもノーダメージだった。だから、実際にどれくらいの威力があるかなんて想像出来なかった。

 中途半端な知識に手加減を知らないパンチは、相手の鼻骨を折るのに十分な威力だったらしい。

 溢れ出る鼻血を見た時、私は取り返しのつかないことをしてしまったんだと、やっと理解した。

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