第36話 噂の真相
「ただいま」
「お邪魔しまーす……」
私の家に足を踏み入れた咲百合は、物珍しそうにキョロキョロしていた。やはり初めて入る人の家は落ち着かないのだろう。
「しばらくは誰も帰って来ないからリラックスしてくれていいよ」
一度夕飯を作りに帰って来たので、鈴が外へ遊びに行っているのは把握済みだった。お母さんも今日は遅くなるらしい。
本当は鈴に会わせたかったが、今日は遊ぶために呼んだ訳ではないので好都合だった。
「妹ちゃんもいないんだ」
「多分友達の家に行ってる」
「会ってみたかったなー」
そう言って残念そうに笑っていた。
「また今度来てよ、妹も咲百合に会いたがってたし」
咲百合が急にニタニタし始める。
「なにその顔」
「え〜? 妹ちゃんにわたしのお話してくれてるの〜?」
「い、妹が……聞いてくるから」
照れくさくて少し誤魔化す。別に友達の話を家族とするくらい普通なのに、面と向かって言われると恥ずかしい。
「嬉しいなぁ〜」
「ほら、とりあえず手洗おう。洗面所そこだから」
時々、こうしてからかわれる事が多くてどうもむず痒い。
だけど、決して嫌ではなかった。咲百合の楽しそうな顔は、見ていて癒される。
手洗いを済ませて、2階にある私の部屋へと招く。
「ここが凛ちゃんの生活している部屋かぁ……」
とりあえず壁際に設置されたソファへ先に腰を下ろす。こういう時、部屋の主である私が先に座らないと咲百合も遠慮してしまうというものだ。
「じゃ、横座るね」
私に部屋に、自分以外人がいるのは不思議な感覚だ。
鈴といる時は大体リビングなので、このソファが2人並んで丁度いい大きさという事に今まで気が付かなかった。
そっと、咲百合の手に触れる。
割と普段から手を握っているので、咲百合も特に気にしていないようだった。
この手に触れていると、一人じゃないと実感できる。勇気を貰える。
「咲百合は、私の悪い噂ってどれくらい聞いた?」
「どれくらいって……そりゃもう沢山」
「具体的に、どんな噂なのかなって」
もちろん私の耳にも入ってはくるけど、知らない所でもっと散々言われている可能性は高い。
きっと私への恨みとかではなく、単純に面白がって流している人が多いのだろう。
「具体的に……言っていいの?」
そんな風に確認を取られると怖い。少し身構える。
「まず……」
謎の緊張感に生唾を飲み込む。
「夕日の見える河川敷で、他校の生徒と殴り合いの喧嘩をしてたって聞いた」
「……は?」
思ってたよりぶっ飛んだ話が出たなぁ。そんなシーン昭和のヤンキー漫画でしか見かけないと思う。
「他には、実は暴走族のボスとか」
「いや、免許すら持ってないんだけど」
「無免許?」
すっとぼけて噂話に乗っかる咲百合を睨みつける。
「笑うと可愛いのに、そうやって睨むと凄みがなぁ」
「え、可愛い?」
美人とか怖いはよく言われるけど、可愛いは滅多に言われない。
「後はね、おばあさんのカツアゲ話は前したし」
あれは、嫌な思い出だ。
「他はほとんど髪の毛についてかな、くだらない作り話ばっかで特に語ることは無いよ」
最初の2つはよく分からないけれど、大体予想通りの話だった。
「もう1つあった! わたし的にはこの話もかなりしょうもないと思ってるよ。色んな学校の生徒がいるのに、小学生時代の悪い話なんてするのかよって」
小学生時代。そう聞いて私はもう察していた。
「小学生の頃、クラスの女子をボコボコにして骨折までさせたって! いくら何でも凶暴だよね」
質の悪い作り話だと言ってニコニコと笑顔で語りかけてくる。
「……」
「凛ちゃん?」
「それは、本当」
「えぇ!?!?」
当然の反応だった。
私は昔、暴力で人を傷付けた。
「あ、でも少し語弊があって。ボコボコにしたのはその骨折した子だけで。いやそれも違くて、ボコボコって程でもないと思う」
「えぇ……うーん……あ」
少し考えた咲百合が何かに気付く。
「納得した。どんなに突拍子もない噂話だって、その中にひとつでも事実があったら広まるか」
「まぁ、そういう事かもね」
「しかし喧嘩相手を骨折か……ちょっと怖いな」
「その件についてもちゃんと話すから。怖がらないで」
握っていた手に力が入る。
「今からする話、少し重たいと思う。それでもいいかな?」
「うん、教えて」
意外と即答だった。でも、その目は真剣に私を直視していて。興味本位で聞こうとしている訳では無いと語っていた。




