第33話 楽しい思い出
1問解いて溜め息を吐き出す咲百合を見て、ふと思う。教えたところはちゃんとできてるし、中学で習う範囲はほぼ完璧だ。つまり……。
「咲百合って、高校生になってから勉強嫌いになったの?」
数式を眺めていた咲百合が驚いた顔になる。
「え、よくそんな事まで分かるね」
「教えてて思った。勉強は得意だけど、やりたくないだけのように見える」
あー……と言った咲百合は気だるそうに話し出した。
「中学の頃は学年でトップだったよ。不登校になってからも個別授業とかやってもらって必死に学力だけは維持してた」
「頑張ってたんだね」
「だから、勉強してると中学の嫌な記憶を思い出しちゃって……なんて、勉強したくない言い訳」
「そう……だったんだね」
ただの勉強嫌いかと思っていたけれど、それなりの理由を抱えていたんだ。
私も、咲百合と出会う前の思い出に良いものは無かった。
でも今は、毎日退屈だった学校も、後ろに友達が居るって思うだけで楽しかった。
だからこれは慰めではない、ただ私が思ったことを言う。
「じゃあさ、今日はどうだった?」
「今日?」
「今日は勉強をしに来たけど、嫌な思いした?」
「した! 友達にポーカーでボコボコにされた! イカサマまでされて!」
「ふふっ、そうだね」
全ての言葉に濁点が付いているような、面白い喋り方をするから笑ってしまう。
「笑ってんじゃないよ」
「でも、今日の勉強は楽しい思い出になったでしょ?」
「まぁ……」
「お互い、嫌な過去は沢山あると思う。でも、一緒にいればきっと塗り替えていける」
この言葉は、咲百合への慰めではない。私がそうしていきたいと思ったんだ。咲百合との思い出があれば、私も暗い過去を乗り越えて行ける気がした。
「だから……昔の嫌な記憶よりも、私と勉強した事を思い出してほしい」
咲百合は何も言わない。
「って思ったんだけど、ダメかな?」
「……ダメじゃない。わたしもそうしたい。今日みたいに楽しい思い出で上書きしたい」
やっと、咲百合と目が合った。
「凛ちゃん、励ましてくれてありがとう。勉強やる気出てきたよ」
「それなら良かった」
「でも本当に良いのかな? 本気で勉強したら、期末テストはわたしが1位になっちゃうかもよ」
にししと歯を見せて笑ってくる。
「勝負事なら、こっちも本気で挑むよ」
どんな手を使っても私は勝つ。
「凛ちゃん……一応言っておくけど、カンニングだけはしちゃダメだよ?」
「バレなければ、してないのと同じ」
「凛ちゃん!!」
ガシッと私の両頬が掴まれた。
「冗談! そんなつまんないことしないって! だから頬っぺたつねらないで!」
両手は離されたけど、疑いの眼差しは消えてなかった。
「凛ちゃんって、ちょっと斜め上の行動を取るから本当にやりかねないんだよなぁ」
「そういう本当の不良みたいな事は絶対にしないよ、正々堂々と勝つ」
「イカサマはいいんだ!?」
「それは、ゲームだし。私は勝つためならイカサマでも裏技でも、バグ技だって使うよ。ただしチートは使わない。テストでカンニングはチート行為でしょ?」
私はそう思っている。
「なるほど、その説明なら納得がいく」
咲百合も感心したような声を出していた。
「咲百合、お願い事ひとつ使ってもいいかな」
「え、急だね。別にいいけど……えっちなのはダメね」
なんか……もしかして咲百合って。
「咲百合ってさ……普段から結構えっちな事考えてるでしょ」
「はへ!? 別に!?」
図星だったらしく、あからさまに動揺している。
「私、お願い事って言っただけなのに、すぐにえっちな事はダメとか言うし。私はそういう事するつもりないのに」
「何でもお願いを聞くって……ちょっとえっちだと思ったから……」
私がおかしいのかな、あんまり思わないけど。
「その罰を設定したのは咲百合なんだけど、最初からえっちだと思ってたのに決めたって事だよね……」
「うぅ……えっちでごめんなさい」
「謝らなくてもいいんだけど……」
「それで、お願いって?」
赤くなった咲百合が改めて聞き返してきた。
「膝枕、してほしい」
ポカンと口を開けていた咲百合が、やっと理解したという感じで返事をする。
「わたしの、膝枕……?」
「うん」
「いいけど、どうして急に?」
何故、膝枕をしてほしいと思ったんだろう。もっと近付きたいとか、人肌恋しいとか、他にも色々あるかもしれない。
その中で最もまともな理由を話す。
「たまに、妹が私の膝を枕にしてくるから。どんな感じなんだろう。みたいな?」
「ふーん、なるほどね。よし、咲百合お姉ちゃんが膝枕してあげよう! おいで〜」
女の子座りから正座に直した咲百合が、自分の膝をポンポン叩いて私を待っていた。
完全に妹扱いだけど、今回ばかりはそういうお願いをしてしまったので仕方ない。
四つん這いで咲百合の元へと向かう。




