第3話 怪我の功名
わたしたち1年生は4階に教室がある、3階は2年生、2階は3年生って構造らしい。
そして校舎の1階には職員室、校長室、応接室、食堂などの重要な場所を集めていて、わたしたちが目指してる保健室もこの1階にある。
これは今のわたしみたいな怪我人が階段を使わなくても辿り着ける親切設計なんだと思う。
「失礼します」
結月さんは軽く2回ノックをした後、返事が返ってこないのを確かめてから保健室のドアを開けてくれた。
入って右手にベッドとカーテンが用意されていて、奥には先生の机やイスが設置されているのも見えた。
返事がないから誰もいないとは思ってたけど、とりあえず見たままの光景を言葉にする。
「誰もいない、ね」
結月さんは特に珍しいとも思っていないようで、そうだねとだけ言うと、机のある方へ歩き出した。
いつの間にか結月さんに対する緊張は薄れていて、自然と言葉が出てくる。
「わたし、保健室初めてだ」
「私も」
偏見だけど、少し意外だなって思っちゃった。
初めて来たくせに結構遠慮なく棚を漁る結月さんが少し面白くて、わたしも手伝おうと近付いたら。
「怪我してるんだからベッドにでも座ってなよ」
と言われたのでお言葉に甘えさせてもらう。
「あ、こっちか」と呟いて机の上にある木箱を持ってきた。レトロな箱には救急箱の文字。
ベッドに腰掛けたわたしの正面に結月さんがしゃがみ込んだ。
ほぉー、上から見た顔はそんな感じなんだな。
「もしかして手当てしてくれるの?」
「ん、ちょっと滲みると思うけど我慢して」
そう言うと結月さんは、わたしの膝に手を伸ばし、手際よく消毒を済ませてから大きめなサイズの絆創膏を貼り付けてくれた。
滲みる〜とか、痛い〜なんて言ってる暇も無く。
「本当は消毒いらないかもしれないけど、さっきまで砂とか入ってたし一応やっといたから。もう血も止まってたしそんなに大した傷じゃないと思う、安心して」
呆気にとられているわたしへと一方的な説明をしてから、結月さんは救急箱を元の位置に戻した。
戻ってきてわたしの正面に歩いてきた結月さんへ、ちゃんと目を合わせてお礼を言う。
「ありがとう、結月さん」
変わらぬ声と表情でうん、とだけ返事をくれた。
わたしは正直な感想を伝える。
「めっちゃ手際良くてびっくりしたよ」
結月さんはわたしと視線を外すと少し気まずそうに、まるで自傷するかのような言い方で呟いた。
「私が喧嘩ばっかりしてるから、怪我の治療に慣れている……とか思った?」
「わたしは結月さんの事、不良だなんて思ってないよ」
ハーフパンツから伸びた足と、胸の下で組まれた腕はとても綺麗で、どう見たって喧嘩してるような体じゃなかった。
即答したわたしの返事に結月さんは少し驚いているように見えた、そして今度はこっちを向いて言葉を続けてくれた。
「うち、小さい妹がいて、たまに怪我して帰ってくるから私が見てるの、だから多分そういう事」
わたしは、今まで知らなかった本当の結月さんを聞けた事がすごく嬉しくて。
「そうだったんだ! 良いお姉ちゃんだ!」
結月さんはそれに対する返事も無く、会話を終わらせようとしてきた。
「まぁ……それじゃ、そろそろ先生来ると思うし先に戻ってるから」
それだけ言い残し、ドアの方へ歩き出した結月さんの左手を咄嗟に掴む。予想外の行動に驚いた結月さんが、立ち止まってわたしの顔を見る。
わたしだって無意識に掴んじゃって驚いてる。でも今引き止めないと、もうこんな機会は訪れないかもしれない。せっかくちょっと打ち解けたんだ、手放すもんか。
綺麗な金髪と対象的な黒い瞳は、何故か怯えてるようにも見えた。
「ねぇ、結月さん」
昔は傷口に消毒って当然だった思い出があるんですけど、この話を書くために色々調べたら今はあんまり消毒しないみたいですね。