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第一話 召喚の夜

大学生とサキュバスがイチャイチャするお話。

 時刻は草木も眠る丑三つ時(うしみつどき)。俺、相川ユウマは自室にて悪魔召喚の儀式を執り行っていた。といっても雰囲気を感じるためのお遊びである。

 

 なぜこんな事をしているのか?

 理由は単純で「恐怖体験によるスリルを求めている」からだ。

 俺は高校生の頃に、一度だけ”金縛り”を経験した事がある。ベッドの上で身動きが取れず、でも意識だけはハッキリしていて、滝のような汗を流したのを今でも鮮明に覚えている。

 ――それが全ての始まりだった。

 その時の恐怖心や焦燥感に快感を覚えてしまい、もう一度あの恐怖を味わいたいがため、大学に入り一人暮らしを始めてからは心霊やオカルトというものを追い求めるようになった。

 それからというもの、幽霊が出ると噂の廃トンネルで一人BBQをしてみたり、大学の誰も使っていないトイレで合わせ鏡をして変顔をし続けたり、廃墟になった病院の手術台に寝そべって一晩明かしたこともあったが、出逢えたのはホームレスのおっさんくらい。

 

 今回は所属しているオカルト研究同好会の部室から「くる!きっとくる!誰でも簡単悪魔召喚(サバト)のススメ」というふざけた題名の本を借りパクし、そこに書かれていた儀式のやり方を実践している。

 題名こそちょけてはいるものの、魔法陣の描き方や材料は何を用意すればいいのかなど内容は割と本格的だ。ちなみに召喚の材料は全て百円均一でそれっぽいものが揃った。

 なんとなくネットで拾った”カラスの鳴き声.mp3”をスマートフォンで流しながら、テーブルへ置いたホワイトボードに赤いペンで魔法陣を描き込む。

「まぁ、それっぽくなってきたな……」

 ……もちろん本当に悪魔が召喚できるとは思っていない。数多の心霊スポットを巡ったのにも関わらず、何も起きずに五体満足で帰ってこれたやるせなさを紛らわせるための気晴らしだ。

 チャッカマンを取り出し、4つのアロマキャンドルに火を灯す。

「……あとはコレで最後か」

 アロマキャンドルのフローラルな香りが部屋に漂う中、俺は立ち上がって手のひらにカッターナイフの刃を押し当てる。

 ――ポタ、ポタタ。

 少量の血が魔法陣に滴り、召喚の準備が整った。

 

 ――ヴゥゥゥゥ、ヴゥゥゥゥゥ。

 

「!!」

 静寂だった室内に、突然不快な振動音が響き出した。

 何事かと思い辺りを見渡すと、音の正体は俺のスマートフォンからだ。

 血のついたカッターナイフを放り投げ、急いでスマートフォンを拾い上げる。

「こんな時間に……着信?」

 しかも非通知だ。昔のホラー映画にこんなシチュエーションがあったような……。

「…………これ、もしかする、かも……」

 期待で指先を震わせながら、”応答”のボタンを押した。

 胸が高鳴る。

 ついに……ついに!何かが起こるかもしれないッ!

 

「……………………もしもし?」

 

 ――ガチャッ。

 

「ッ!」

 出たッ!応答したぞ!

 

 ――”汝……契約を……ザザ……求める者よ……”。

 

 スマートフォンから流れる男女の声が重なったような音声からは、ノイズが酷いが確かに”契約”と聞き取れた。

「はは、マジに……何か、呼び出しちゃうかも……」

 ただの気晴らしのつもりが、予想外の方向へ事態が動いていくのを肌で感じる。

 いや、確かに待ち望んでいた展開ではあるが、俺が用意した材料全部百均で揃えたやつだぞ?

 あのふざけた本の内容が本当に正しかったっていうのか……?

 

 ――”……ザザ……汝、怪奇を追い……その身に恐怖を求める愚かな人間よ。この地に悪魔を誘い……混沌を招き入れる……ことを望むか?”。

 

「なんでもいい!望むッ!」

 

 俺は食い気味に返事をした。

 相変わらず音声が酷く乱れていて一部しか聞き取れないが、「悪魔を呼び寄せるか?」的な事を言っているんだろう!多分!

 

 ――”…………汝の欲望、聞き届けたり”。


 ガギンッ!

 

 ――刹那、スマートフォンが鈍い音を立てて俺の手から離れた。

 ホワイトボードに描き込んだ魔法陣が鈍い輝きを帯び始め、ゆらめいていたアロマキャンドルの火がフッと消える。

 重く、圧のある沈黙。

 夏だというのに、身震いしてしまうほどに空気が冷たい。

「……ははっ」

 耐えきれずに沈黙を破った。バクバクと心臓が脈打っている、脂汗が止まらない。気を抜いたら腰が砕けそうだ。

「はっはははは!!コレだよこれぇ……待ってたぜ!!」

 しかし心は()()を求めていた。押しつぶされそうな恐怖。未知との遭遇を予感させる期待。普段の生活じゃあ知る事もないであろう超異常の怪現象。

 まさに、俺が求めていた事そのものッ!

 今、それは目の前で起きている。

 

 ――”仮の契約は成された。汝、真に混沌を望むならば……己の欲望に従い、心のままに行為せよ”。

 

 そして空間が揺れ、小さな球体が目の前にあらわれた。それは振動を伴いながら徐々に大きくなり、部屋全体を揺らす。

「ゔっ……お……!」

 本棚からは雪崩(なだれ)のように本が崩れ落ち、キッチンからも皿やら何やらが割れ落ちる音が聞こえる。


 スパァンッ!


 膨張したそれは勢いよく破裂し、その風圧で俺は尻餅をついた。

 

「――いってて……ンメァ、着いたのかしら……?」

 

 中から現れたのは、背丈が150センチ程度の少女だった。

 透き通るようなパステルブルーの髪、山羊のような横に長い瞳孔を持った黄金の瞳、鋭く長く尖った耳、そして右側に一本だけ生えた小さなツノ。

 背中にはコウモリのように小さな羽がパタパタとはばたいており、黒い尻尾がこちらに向かって伸びてきた。

「アンタがあたしを召喚した召喚士(サモナー)……ってことでいいのよね?他に、誰もいないし」

 ぴょんとテーブルから降りた少女は、尻尾の先で俺の頬をつんとつつく。ほのかに甘い良い匂いがした。

「……ァ、ああ、うん。そうだと思う、よ」

「そう、人違いじゃなくてよかったわ」

 そのまま少女はテーブルの縁に腰掛け、胸元の大きなリボンを整えながら言い放つ。

 

「あたしは夢魔(サキュバス)のリリィ=バフォメット。アンタの召喚に応じて顕現したわ。――それで、アンタの望みはなあに?」

 

 ――と、とんでもない事が起こってしまった。

 あまりにも現実離れしたその存在に、俺の思考は完全に停止していた。


 夢魔(サキュバス)。召喚。顕現。


 そんなワードが飛び交う今の状況に脳の処理が追いつくはずもなく、ただただ目の前の少女を放心状態で見つめることしか出来なかった。

「…………ちょっと、なんか言いなさいよ」

「うわっ、ごめん」

 我に返った俺は、とりあえず姿勢を正した。

「あ、俺は相川ユウマ……大学生です。ここで一人暮らしやらせてもらってます」

 ごく普通の自己紹介をしてしまった。

「ふーん、ユウマね。覚えたわ」

「……えーっと、望みかぁ」

 儀式はなんか、奇跡的に成功したっぽいし、この少女が本当に悪魔だというなら望みは叶ってるんだけどな。どうしよう。

「……とりあえず、部屋の片付け手伝ってくれない?」

 俺は先程の衝撃でぐちゃぐちゃに散らかった部屋を見渡して言った。

「えーメンドクサ…………ンメェ、まぁいいわよ」

 悪魔は渋々了承してくれた。

 とりあえず、考える時間が必要だ。


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


「…………えっと、片付け手伝ってくれてありがと……」

 それから俺達は、時間はかかったが部屋の中を一通り片付ける事ができた。まぁほとんど俺が片付けをして、召喚された悪魔の少女は部屋の家電やらを触ったり観察している様子だったが。

 今は改めて話し合いをするため、テーブルを挟んで対面で座っている。

「……で、あたしを召喚したわけだけど。これからどうするつもり?」

 ズゾゾ……と俺が用意した緑茶を飲みながら言った。

 それである。

 まさか本当に悪魔を召喚できるなんて夢にも思わなかったので何も考えていない。しかも綺麗な女の子だ。

「あーっと、とりあえず俺の望みだっけ……実はもう叶っちゃってるっていうか。」

「え、そうなの?」

 目の前の悪魔……リリィさんは山羊目を丸くした。

「うん。俺はさっきみたいな儀式を成功させて、怪現象を目の当たりにするのが望み……みたいなものだったからさ」

「……ふーん、てことは、あたしはもう特にやる事ない感じ?」

 らんと(きらめ)く双方の瞳が俺をじっと見つめる。

 悪魔に見つめられるなんて死ぬまで無いだろう経験に内心ウキウキしながら、気まずそうに「まぁ……」と頷いた。

「…………メヘァ、よかったぁ」

 リリィさんはめちゃくちゃに安堵したのか、溶けるような勢いでテーブルにへたれこんだ。さっきまで漂っていた妙な緊張感はどこへやら。

「すっごい安心するじゃん」

「だってぇ……どんな望みが出てくるのかハラハラしたんだもん。”契約”しちゃったからには叶えてあげないといけないし。ほら、アンタもあの”声”と”契約”交わしたんでしょ?」

 あのスマートフォンから聞こえた音声の事か。

「確かに交わした、ね」

 ノイズまみれであんまり聞き取れなかったけど。

「まぁ今回は普通の”契約”じゃなくて”仮契約”だから、その辺りの強制力は緩かったりするのかな……」

「仮……ってことはお試しの契約ってこと?」

「ンメェ、まあそんな感じ」

 どこから取り出したのか、リリィさんはおもむろに赤縁のメガネを装着してクイっとポーズを決めた。似合ってるな。

「普通はね、アンタら召喚士(サモナー)悪魔召喚(サバト)の時に用意した供物の魔力を利用して、あたしら悪魔は人間界……今アンタが暮らしてるこの世界に顕現して契約を結ぶの」

「へぇ……」

「さっき召喚された時の感じからして……今回はアンタが用意してくれた供物の魔力量が少なすぎて、人間界にいられる時間がかなり短くなっちゃったみたい。だから”仮契約”になっちゃったんだと思うの。多分ね」

「そ、そうか……」

 やべ、心当たりしかねぇや。

「アンタ、供物ケチった?」

 伸びた黒い尻尾が再び俺の頬をつつく。

「うっ、……はい。全部安いやつです」

 材料全部合わせて1500円ちょいだった気がする。

「はぁ〜〜〜」

 リリィさんは大きなため息をついてまたテーブルに溶けた。安い供物で呼んでしまったことには申し訳ないと思ってる。

「それならあたしが選ばれたのも納得ね……まぁいいわ。しばらくここで暮らすから、そうね……この魔力量なら30日ってとこかしら」

 尻尾の先でポンポンと頭を叩かれながらそんな事を言われた。やっぱりいい匂いだ。

 ……ん?待てよ、今聞き捨てならないことが。

「よろしく…………って、暮らすの?ここって、俺の部屋で?」

「当たり前じゃん。仮でも”契約”した以上、召喚士(サモナー)の生活圏内……つまりアンタの部屋にいなきゃいけないの♡よろしくね〜」

「……マジ?」

「なによ、呼びつけておいて追い出す気なの?サイテー」

「いや!そうじゃない……そうじゃないんだけど……」

 むっと唇を尖らせて(いぶか)しむリリィさんに、あわててそんなつもりは無いと弁解する。

 俺の部屋で暮らす……ってことは、この子と同棲するって事だよな。

 悪魔と一緒にいる事自体は……まぁ願ってもない状況だけども、その悪魔がこんなかわいい女の子となると話が変わってくる。

 彼女さえいた事ない俺に、円満な同棲生活なんて送れるのだろうか……夏休み中なのが幸いか。

「……あ、もぉーそういうコト?」

 何か察したふうなリリィさんは、ひょいと俺のベッドに寝っ転がって挑発的な笑みを見せる。

「メヘヘ……べつに襲っちゃっても……い、いいよ♡」

 頬をあからめながら、もじもじととんでもないコトを言う。

「はぁ!?そんな事するつもりないけど……」

「うぇーあたしに興味ないわけ?」

「いやめちゃくちゃあるけど!悪魔とかホントにいたのかって感じだし」

「メェ、だったらぁ……もっと知って欲しいな、あたしのコト♡」

 うあーーーーーーーー!!

 可愛すぎる!理性が、俺のアレというかナニかがぶっ飛ぶ!

「う……こ、これから知る!時間かけて!じっくりと!な?」

 俺の理性が蒸発しないうちに、寝っ転がる悪魔の頭から毛布を被せる。

 あーん♡という嬌声が聞こえたが気にしないよう努めた。

「……あの、俺女の子に慣れてないっていうか、その……」

「あは、そんな気がした!」

 ズボッと毛布から頭だけを出して失礼な事を言う。

「さっきから視線がどこにも定まってないもの。泳ぎまくり〜」

「だってキミの服装、肌が……」

 夢魔(サキュバス)だから当たり前なのだろうが、肌の露出面積が多いのだ。

 特に下半身はスカートを履き忘れたのか?というぐらい丸見えのレオタードで、すらりと伸びた足と人間離れした乳白色の肌が眩しくて目のやり場に困る。

「もぉー、気にしすぎよ……よそ行きの服これだけなんだから……そんなに気になるんだったら、アンタの服貸してよね」

「それはそれでなんか……うぅん、まぁ用意しとくよ」

 こうして、俺、相川ユウマと夢魔(サキュバス)のリリィさんとの30日間の同棲生活が始まった。ちなみにこの夜、リリィさんは「一緒に寝ようよー♡」と提案してくれたが、初対面でできるはずもないので結局ソファで寝ることにした。

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