タレントの夕飯もマネージャーの仕事?
電車の中は割と空いていたから、私と盛良くんは並んで座ることができた。
乗ってしばらくは沈黙が続き、電車が揺れる感じながら、ぼんやりと窓から外を見る。
18時にもなると、外は暗くなり始めていた。
「俺は気にしてねーからな」
隣の盛良くんがポツリと言った。
「正直、俺はスカッとしたぜ。お前があの記者に水、ぶっかけたこと」
「……でも、そのせいでケモメンに迷惑をかけちゃって」
「だから、気にしてねーって」
「……」
私を慰めるために言ってくれているのか、本心なのかはわからない。
でも、盛良くんが気にしていなくても、私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
「いいじゃねーか。あることないこと書かれたとしてもよ」
「……ダメだよ」
「それで潰れるようなら、そんなもんだったってことだろ」
「……私は嫌。ケモメンが解散するなんて」
「んなこと言って、解散して3ヶ月もすれば新しいアイドルの中から推しを見つけるんだろ?」
「そんなことない! ……私はずっと見てきたから」
「……」
「ケモメンが努力して、ファンを大事にして、ここまできたのを」
「お前は、俺たちがトップアイドルになれると思うか?」
「うん。なれるよ! なれるって信じてる!」
私がそういうと、盛良くんはニコリと笑った。
今まで見せたことない、優しい笑顔。
それは舞台の上でも見たことのない、本当の笑顔だった。
そして、盛良くんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「なら、最後まで信じろよ」
「え?」
「どんな記事を書かれても、俺たちは潰れない。……トップアイドルになるんだからな」
「……うん」
信じてみよう。
盛良くんを。圭吾を。望亜くんを。
今、私にできることはそれくらいなのだから。
***
「今日一日、お疲れ様でした」
盛良くんの家のドアの前。
私は盛良くんに深々と頭を下げた。
盛良くんのおかげで、なんとか自分の家に帰れそうだ。
圭吾のいる家に。
正直、今日だけはどこか友達の家に泊めてもらおうかと思ってくらいだ。
どの面下げて会えばいいのか、ずっと悩んでたし。
まあ、赤井じゃなく妹として会うなら、気にすることじゃないのかもしれないけど、そうそう私の方が割り切れるものじゃない。
「飯は?」
「帰ってから食べます」
「ちがくて。俺の飯」
「え?」
「マネージャーなら、タレントの飯も用意していけ」
そう言って腕をつかみ、強引に家へと連れ込まれる。
玄関で靴を脱がされ、キッチンに連行された。
「軽いもんでいいから」
「えっと……。1通だけ家族にメールさせてください。もう遅い時間ですし」
これ以上遅くなるとお兄ちゃんが心配するからメールを入れておかないと。
「8時で遅いって、ガキかよ。てか、そういえば、お前、何歳なんだ?」
「え?」
そういえば、私、何歳なんだろ?
麗香さん、マネージャー赤井の年齢は何歳なんですか?
「おい、まさか、自分の年齢わからないとか言わないよな?」
「え、えーと、21……です」
「はあ!? マジかよ!? 俺より年上って、冗談だろ!? 見えねーって!」
でしょうね……。
だって実際は、17歳ですから。
さすがにサバをよみ過ぎたかな?
でも、働いてるってなったらなんか20歳は過ぎてた方がいいと思ったんだけど。
「世の中にはこんなガキくさい20代もいるんだな」
「はははは」
誤魔化すために笑ってみたが、乾いた笑いになってしまった。
とりあえず、盛良くんの夕食をササッと作って帰らないといけない。
私は冷蔵庫を開けて、中を見る。
何を作ろうか。
意外と食材は揃っている。
キャベツがあるし、ひき肉がそろそろ危なさそうだ。
よし、ここはロールキャベツだ。
……ひき肉が傷む前に使い切っておいた方がいいし、キャベツもでかいのが丸ごとあるし。
ちょっと時間はかかるけど、味は保証できる。
ただ、ここで私はササッと作るという考えが抜け落ちてしまったのだった。
下ごしらえをしていると、いきなり盛良くんが後ろに立った。
「なかなか、手際がいいんじゃねーの?」
「あはは。お兄ちゃんほどじゃないですけどね」
「なに? お前、兄貴いるの?」
しまったぁあああ!
もうバカ! 油断しすぎ!
誤魔化さなきゃ!
えーとえーと!
「と、遠い親戚の家の、隣に住んでるお兄さん……みたいな?」
「はあ? なんだ、そりゃ? 他人じゃん」
「……ですよね」
「まあ、なんにしても、料理できる女ってのはポイント高いと思うぞ」
「そうですかね?」
「ああ。けど、由依香さんには勝てねーけど」
「由依香さん?」
「あ、ああ……。あれだよ。友達の友達」
「……それって他人なのでは?」
「うっせーな」
私の言葉に慌てるように、言い訳するように早口で言う盛良くん。
誰だろう、由依香さんって。
慌てて隠したってことは、何か理由があるんだろうな。
もしかして、彼女とか?
……いや、それはないな。
部屋にもそんな形跡はないし、盛良くんがファンたちに隠し通せるとは思えない。
「なあ、赤井に聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「アイドルってどう思う?」
「どうって、どういうことですか?」
「いや、だからさ、女から見て、男としてのステータスになるのかなって、話」
「……それはまあ。女性の憧れる存在ですからね」
「そう……だよな。俺、間違ってないよな」
「……盛良くん?」
「あー、いや、なんでもねー。忘れてくれ。それより、手、止まってるぞ」
「あっ!」
私は慌てて下ごしらえを再開する。
すぐに作って、早く帰らないと。
***
「今度こそ、本当にお疲れさまでした」
ドアの前で頭を下げる。
あの後、速攻でロールキャベツを作った。
今までで最速だったかもしれない。
「なんなら、泊ってくか?」
「そそそそんなのマズいですよ!」
「安心しろって。圭吾と違って、手なんか出さねーよ」
「……いや、それでも第三者から見たらヤバいです」
「……そりゃ、そうか」
「じゃあ、帰ります」
「……ちょっと待て、送ってく」
「いや、それだと意味ないじゃないですか。タレントが帰るまでがマネージャーの仕事ですよね?」
盛良くんが私を送ると、盛良くんが家に帰るために、また私が送るという無限ループに陥ってしまう。
「……気を付けて帰れよ」
「はい。ありがとうございます」
盛良くんの声が、いつもより少しだけ優しく聞こえた。
私は盛良くんに頭を下げて、すぐにダッシュした。
スマホを見ると、既に21時を回っていた。
家に帰るとお兄ちゃんが心配して、家の外で待っていたのだった。