表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

マネージャー、失格かもしれない

 咄嗟のことで声を抑えることができなかった。

 いや、声よりも水をぶっかけるなんて、今時ドラマでも見ないことをやってしまったのがヤバい。

 

 記者はもちろん、圭吾、盛良くん、麗香さんがポカンとした表情で私を見ている。

 そして、周りのお客さんたちも私の方に集中していた。

 

 その中で望亜くんだけが、眉一つ動かさずに無表情をしている。

 というか、ボーっとしていたのだった。

 

 ……やってしまった。

 これ、もう完璧に終わりだ。

 

 マネージャー初日にして、クビが確定したでしょ、これ。

 

 

 ***


 

「赤井、よくやった!」

 

 ゲラゲラと笑いながら、ポンポンと私の頭を叩いてくる盛良くん。

 

 あの後、記者は何個か無難な質問をした後、そそくさと喫茶店を出て行った。

 そして私たちもその場に居辛くなり喫茶店を出て、今はファミレスに来ているのである。

 

 まだ夕方ということもあり、お店の中にはお客さんはまばらといった状況だった。


「笑い事じゃないわよ」

 

 大きくため息をついて頭を抱える麗香さん。


「……本当にすみませんでした」

「麗香さん、まさか赤井さんをクビにするとか言わないよね?」

「……相手の出方次第かしら」

 

 圭吾が私を庇うように言ってくれたが、麗香さんは目を伏せたままで私の方を見てはくれない。

 怒っているというよりは、本当に困ったというような感じだ。

 

「はあ? 喧嘩売ってきたの、あっちだろ」

「記事を書くのはあっちよ。なんて書かれるかわかったもんじゃないわ」

「そんなにヤバそうなの?」

「発行部数が多いわけじゃないし、大手の出版社ってわけじゃないんだけど、アイドル業界についてはなんか変に人気があるところなのよね」

「あ、思い出した! フリプリ潰したとこか!」

「……」

 

 盛良くんが言った言葉に、無言で頷く麗香さん。

 

 フリプリというのはフリープリンセスという地下アイドルグループだった。

 人気が出始めて、メジャーデビューするってときに、雑誌でメンバー内の不仲や裏の顔、恋愛関係のスキャンダルなど、あることないことを書かれてしまう。

 もちろん、メジャーデビューは流れて、当初メンバーは8人だったが随分と減って、今は確か2人組になってしまったはずだ。

 

「逆に言うと、あそこで良い記事書いてもらえると、一気に人気が加速する可能性があったのよ」

「……」

 

 何も言えない。

 そんな大きなチャンスを私が潰してしまったんだ。

 

 なんだろ。

 圭吾の件で炎上一歩手前までやらかして、今度はケモメン自体の解散の危機を招いている。

 

 私のせいで……。

 

 気づくと私の目から涙が溢れていた。

 ポトポトと膝に涙が落ちていく。

 

 私なんか、マネージャーなる資格無かったんだ。

 ううん。

 そもそも、圭吾の妹にならなかったら、こんなことにはならなかった。

 

 ただのファンだったら、こんなことにはならなかったのに。

 

 すると、圭吾がそっと私の涙をハンカチで拭いてくれた。


「はい。これ、使って」


 こんなときでも、圭吾は本当に優しい。

 

 でも、その優しさが今は凄く胸に刺さって痛い。


「うわ、お前、ハンカチなんて持ち歩いてんの? マメだな」

 

 ……盛良くんはホント空気が読めないな。

 でも、ちょっと、その間が抜けた言葉のおかげで少しだけ心が軽くなった気がする。


「でも、麗香さん。相手は最初から悪い記事を書くつもりだったんじゃないの?」

「……ええ。そうね。持ち上げるよりは潰す方が話題になるくらいの人気だし」

「赤井さんがああ言わなくても、結局は変な記事を書かれたと思うけど」

「けど、まあ、マネージャーに水をぶっかけられたとなれば、インパクトはすげえよな」

「……」

 

 一瞬でその場が固まる。

 

 盛良くん。

 あなたはどっちの味方なの?


「とにかく、記事が出るまではどうしようもないわ」

「今から謝りに行くのは?」

「多分、逆効果ね」

「……ホン……トウに……」


 声が震えて、喉が詰まる。


「……ごめん……なさい」


 声がつっかえて、ちゃんとしゃべられない。

 何度謝っても、足りないくらいなのに。


「……ごめんね、赤井ちゃん。ことと次第によっては責任取って辞めてもらうかも」

「……は、い」

 

 コクリと頷く。

 辞めて責任が取れるならいくらでも辞める。

 でも、私が辞めたところで、きっとなんの役も立てない。

 ケモメンが叩かれることには変わりがないはずだ。

 

 そこで突然、ズビビビビという大きな音が店中に響き渡った。

 

 それは望亜くんがコップにわずかに残ったオレンジジュースをストローで吸った音だった。

 

 そういえば、もちろんこの場に望亜くんはいるのだ。

 全く話に入って来てなかったのだけれど。

 

 そして、店に入って初めて望亜くんが口を開いた。


「多分、大丈夫。手は打ってる」

「え? どういうことなの、望亜?」

 

 だけど、望亜くんは麗香さんの質問に答えず、再びズビビビビという音を立ててジュースの残りを吸ったのだった。

 


 ***



 ファミレスを出たとき、空は少し赤みがかっていた。

 逃げるように出てきたせいか、どこか冷たい風が心に染みた。


 その場で解散ということになったとき、盛良くんに腕を掴まれる。

 

「タレントが家に送り届けるまでがマネージャーの仕事だ」 

「え? ……でも、私、もうマネージャーじゃ……」

「バーカ。まだクビになってねーだろが」

「……でも」

「盛良は、朝、迎えに来てもらってるでしょ。今度は俺が赤井さんに送ってもらうから」

「ダメだ」

「なんでだよ!」

「お前、赤井を家に連れ込んで、慰める気だろ?」

「そうだよ、悪い?」

「お前なぁ。こんなときに、赤井が孕んでもみろ。完全にケモメンは終わりだっつーの」

「なっ! べ、別に俺は赤井さんに手を出すつもりは……」

 

 顔を真っ赤にして、妙に焦る圭吾。

 そこで麗香さんが私の肩をポンと叩いた。


「赤井ちゃん、盛良、お願いできる?」

「は、はい……」

 

 断れるわけがない。

 本当はすぐに一人になりたかったけど。


「うー。盛良ばっかりズルいぞ」

「おら、赤井、行くぞ」

「ま、待ってください」

 

 盛良くんが歩き出し、慌てて私は後を追った。

 

 そして、このときあることに気づいた。

 

 いつの間にか望亜くんがいなくなっていたことに。

 麗香さんの話では、いつもそうらしい。

 

 アイドルとは思えない、影の薄さだった。


 そんなことよりも、これからのことを考えないと。

 盛良くんの言う通り、私はまだクビになってない。

 だから、やれることをやらなくっちゃ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ