“推し＝兄”のマネージャー、始めました

試されるステージは、カメラの前だけじゃない

「ほら、さっさと着替えて、スタジオ出るわよ」

　麗香さんがパンパンと手を叩く。

　ダンスのレッスンが終わると、午後からは雑誌の取材が入っているのだという。

　もちろん、私のじゃなくて、ケモメンのメンバーの取材だ。

　……まあ、当然なんだけどね。

「取材って１５時からじゃなかった？」

　盛良くんがスタジオの時計を見る。

　今は１３時過ぎ。

　確かに、急ぐほどの時間ではなさそうな気もする。

「乗り継ぎがあるのよ。1時間はかかるから、結構、ギリギリよ」

　３０分前には現場についてなくてはならない。

　で、ここから1時間かかるなら、確かに急がないと。

「電車？　タクシー使えばいいんじゃね？」

　そんな盛良くんに、麗香さんが即座に返す。

「そういうことはアリーナを埋められるくらいになってからいいなさい」

「……うっ」　

　麗香さんに詰め寄られて、思わず後退りする盛良くん。

　ライブでアリーナを埋めるとなると、8000人規模だろうか。

　今のケモメンだと正直、数百人を集めるのがやっとだ。

　それでも十分凄いと思うけど。

「……つーか、さすがに腹減ったんだけど。昼飯は？」

　反撃するかのように、今度は盛良くんが麗香さんに詰め寄った。

　すると麗香さんはカバンに手を突っ込み、おにぎりを出した。

　コンビニの。

「はい。お昼ごはん」

「……足りねーよ」

　そう言いながらもおにぎりを掴んで、開けて食べる。

　……食べてるじゃーん！

　ええー！

　食事には気を使うんじゃなかったのー？

「取材が終わったら、ファミレス連れてってあげるから」

「たまには肉食わせてくれよ、肉」

「はいはい。取材をちゃんと受けられたらね」

「……そう言って、肉食わせてくれたことねーじゃん」

「ちゃんとできないからでしょ」

「……ちっ」

　残ったおにぎりを口に乱暴に放り込み、盛良くんは着替えが置いてある方へ歩き出す。

「赤井さん、なにか食べるもの持ってるかな？」

　そう言ってきたのは、既に着替え終わっている圭吾だった。

　いつの間に着替えたんだろう？

　確か、私たちがスタジオに戻ってきたときはまだ、タンクトップにジャージ姿だったはずなのに。

　……くぅ、見逃した……！

　って、何考えてんの私。今はそんな場合じゃないでしょ！

「あ、ごめんなさい。……買ってないです」

「ああ、いいよ。ごめんね。もしかしたら手作りのおにぎりとか作ってきてくれてるかなーって期待しただけだから」

「ああっ！　ごめんなさい、ごめんなさい！　次から作ってきます！」

　あ、反射的に言っちゃった……！

「ちょっとちょっと！　それじゃ、俺が要求したみたいでしょ」

「要求してるでしょ」　

　麗香さんが呆れ顔で、圭吾にコンビニのサンドイッチを渡す。

「やだなぁ。要求と期待は違いますよ」

「同じよ」

　ぺりぺりと包みを破ってサンドイッチを頬張る圭吾。

「で、望亜はこれね」

　そう言って、麗香さんは望亜くんにカロリースティックを渡す。

　望亜くんは無言で受け取り、包みを取って、まるでリスのようにかじっていく。

　……可愛い。

　普段天然の感じがするけど、私生活でも天然だ。

「おら、さっさと行こうぜ」

　着替え終わった盛良くんが不機嫌に言う。

　うーん。

　アイドルって本当に着替えるのが早いなぁ。

　***

「それじゃ、お願いします」

　軽く会釈をしたのは、４０過ぎくらいの女性の記者さんだ。

　髪は腰まで伸びていて、ちょっとぼさっとしていた。

　化粧もしてるんだかしてないんだか分からないくらいで、目の下のクマもそのまま。

　……ていうか、たぶん隠す気ないんだろうな。

　なんていうか、麗香さんと真逆の大人の女性って感じ。

　インタビューの場所は、まさかの喫茶店だった。

　昼下がりのせいか、マダムたちが楽しげに話していたり、パソコンを打つサラリーマンの姿もちらほら。

　私たちの席は隅っこの方だけど、それでもなんだか落ち着かない。

　私は普通、部屋の中でやるものだと思っていたのだけど、違うんだろうか。

　と、思っていたが、麗香さんがこめかみに青筋を立てていたので、これは特殊な事例らしい。

「……ちっ」

「よろしくお願いします」

「……」

　明らかに不機嫌そうな盛良くん。

　嫌そうな顔を全く出さない圭吾。

　何を考えているかわからない望亜くん。

「えーっと、野獣メンズはいつデビューでしたっけ？」

「ケモノメンズ！」

　記者の間違いに、ぶっきらぼうに訂正する盛良くん。

　だが、記者の人は口元だけを歪めるようにして笑った。

　まるでこちらを試すような、嘲るような表情だった。

「あーごめんなさいね。こういう名前、多すぎて覚えきれなくて。まあ、似たようなもんでしょ？」

「もう記者引退したらどうすか？ ボケてるならさ」

「盛良、止めなさい！　……すみません。うちのメンバーが無礼を言いまして」

「……そういうところが、人気が出ない理由だと思いますけど」

　麗香さんの口元は笑ってるのに、目がまるで氷のようだった。

　にしても、本当に失礼な記者だ。

　インタビューする気があるのだろうか。

「記者さんの時間も限られてると思いますし、始めましょうか、インタビュー」

　笑顔でそう言ったのは圭吾だった。

　すごい！

　この場で、一番圭吾が大人かもしれない。

　普通、あそこまで馬鹿にしたようなことを言われたら、盛良くんじゃなくても苛立つはず。

　それなのに、あの営業スマイルだ。

　さすがに記者も気まずそうに咳払いをして、インタビューを始めた。

「メンバーの名前を窺っていいですか？」

「俺が圭吾、で、こっちが盛良。その隣に座っているのが望亜です」

「メンバーのそれぞれの年齢は伺っても大丈夫ですか？」

「３人とも１９歳です」

「デビューしてからどのくらいが経つんでしたっけ？」

「２年ですね」

「ということは、１７歳から活動し始めたってことですよね？」

「はい」

「今時にしては遅くないですか？」

「その分、努力でカバーしようと思ってます」

　時折、イラっとすることを言われても、淡々と答えていく圭吾。

　すると、段々、記者も苛立っていくようだった。

　なんでだろう？

　てか、どうしてこんなに喧嘩腰なのかわからない。

　……いや、これってもしかして、わざと怒らせようとしてない？

　ネガティブ記事でも書きたいとか、そういうパターンかも。

　弱小のアイドルを叩くことで、炎上させて記事を注目させるとか？

　ということは相手の挑発に乗ってはいけない。

　だから、麗香さんも盛良くんも苛立っているのに、しゃべろうとしないのだろう。

　口を開けば、暴言を吐いてしまうから。

　それは私だって同じ。

　さっきから、イライラしているのが自分でもわかる。

「ケモノメンズのコンセプトは、文字通り獣、なんですよね？」

「はい。そうです」

「ケモノ耳を付けたり、尻尾を付けたりして踊ってるとか？」

「はい。ファンからは可愛いって言われてます」

「……でも、本当のところはバカみたいと思ってません？　ふふっ、あなたたち、よくそれで笑われないわね。いや、笑われてるのか。私も笑っちゃったし」

「……どういうことですか？」

「だって、ケモノ耳って……。安いメイド喫茶じゃないんだから」

「……」

　すっごい腹立つ。なんか言ってやりたい。

　――いや、言わせて。

　意味なんてなくても、これは我慢できない！

「まあ、仕方ないですよね。個性って大事ですし。中身で勝負できないなら、耳とか尻尾とか……外見で目立つしかないですもんね。心中、お察しします」

　頭の奥で、何かがプツンと切れるような音が響き、ぐらりと視界が揺れる。

　私の手が、勝手に動いていた。

　気づけば、私の手が勝手に動いていた。

「ケモメンは全力でアイドルをやってます！　あなたにそこまで言われる筋合いはありません！」

　記者に水をぶっかけていたのは――私だった。