憧れと恋のあいだ
少し遅くなってしまったので、駅まで小走りで向かう。
改札を通り、階段を上っているときに、駅員さんの出発のアナウンスが聞こえる。
そこから頑張って走ったけど、階段を登り切った時点で電車が行ってしまった。
なんか、今日はついてないなぁ。
私は携帯を出して、由依香さんに少し遅れるかもしれないとメールを送った。
待ち合わせ場所の駅に到着したのは約束の10時から5分が過ぎてしまっていた。
慌てて、待ち合わせ場所に走り、遠目で由依香さんの姿が見える。
手を振ろうとしたが、止めた。
ややゆっくり目に歩きながら向かう。
視線の先では由依香さんと盛良くんが楽しそうに話をしている。
もしかして、遅刻したのはグッジョブだったかな?
そう思うと遅刻しているのに、足取りが遅くなっていく。
そんなとき、いきなり後ろからガッと肩を組まれた。
ビックリして横を向くと萌さんがニヤリと笑っている。
「んー。あれ、声かけづらいよねー」
「そうですよね……」
「一瞬さ、このまま帰ろうかな、なんて思ったよ」
「あははは。私もそれ、思いました」
「このまま二人でフケちゃう?」
悪戯っぽく笑う萌さん。
由依香さんともメールを結構やりとりしているけど、実は萌さんともやり取りをしている。
というか、もしかしたら萌さんとのやり取りの方が多いかもしれない。
なんていうか、由依香さんは3歳くらい年の離れたお姉さん、萌さんは1つくらい上のお姉ちゃんって感じの感覚だ。
由依香さんとは安心、萌さんとは楽しさって感じかな。
だから、萌さんと2人で遊ぶのも、それはそれで楽しそうだな。
なんて、思っていたら……。
「葵ちゃん! 萌ちゃーん!」
由依香さんがこっちに気づいて手を振ってくる。
「あはははは。見つかっちゃったね」
「ですね」
私と萌さんは笑い合って、由依香さんたちと合流した。
ボウリング、カラオケ、水族館。
結構、ベタベタなところばっかりだけど、私たちは遊びに遊びまくった。
ボウリングとカラオケのときは、結構、私と由依香さんと萌さんの3人で話すことが多かったけど、水族館は由依香さんと盛良くん、私と萌さんという組に分かれて回る形になっていた。
「どう? グッジョブじゃない?」
私が遠目で由依香さんと盛良くんの様子を満足そうに見ていると、萌さんがピースしながらそう言った。
「え?」
「ええ? まさか、萌ちゃんの仕事を見てなかったの?」
「……仕事、ですか?」
「もうー。ダメだよー」
萌さんはチッチッチと人差し指を横に振る。
「いい? ボウリングは盛っちと葵ちゃんのペアで、由依香と私だったでしょ?」
「そう……ですね」
「あれはね、最初から盛っちと由依香のペアにすると、由依香の方が変に意識しちゃうからだよ」
「えー? そうなんですか?」
「そうなのだよ! でね、カラオケの席で、葵ちゃん、盛っち、由依香、私っては配置にしたでしょ?」
「あれにも意味あったんですか?」
「ありありだよー。由依香は葵ちゃんと話したがるでしょ? でも、葵ちゃんと話すには盛っちが間にいるじゃん。そうなれば、自然と盛っちも会話に入れるってこと」
「ええー! そこまで計算してたんですか!?」
現に、カラオケボックスでは由依香さんと盛良くんは結構、話をしてた。
2人ともあまり歌わず、その分、私と萌さんがひたすら歌っていたという感じだ。
「凄いですね」
「ふっふっふ。恋の伝道師、天使萌ちゃんです!」
私がパチパチと拍手をすると、萌さんは少し照れたように頭を掻いた。
「葵ちゃんは好きな子、いないの? 萌ちゃんがキューピットになってあげんよ?」
「んー。今は、好きというより憧れに近いって感じですかね」
そう。お兄ちゃんは推しだけど、男女の好きとは違う気がする。
やっぱり、一番近い表現は憧れ、なんだと思う。
「そっかー。でも、盛っちも同じような感じっぽいけどね」
「そうなんですか?」
「由依香はさ、普段はポケーっとしてる感じだけど、ああ見えて芯が強い子なんだよ」
「……なんとなくですが、わかる気がします」
「盛っちはさ、由依香のそういうところに憧れてるんだと思う」
「……なるほど」
チラリと盛良くんと由依香さんの方を見る。
二人はいい感じで仲良さそうに話していた。
まるで恋人同士に見える。
「憧れと恋を間違えちゃうことも多いけど、大体は憧れで付き合うと上手くいかないことが多いんだよね」
「そうなんですか?」
じゃあ、盛良くんは……。
「あー、でも多いってだけで、必ずそうなるとは限らないからね」
「そう、ですよね」
「私は上手くいってほしいなぁ、あの2人」
「私もそう願ってます」
「……由依香は恋を避けてる感じがするから、盛っちにそこをぶっ壊してもらいたいんだよね」
「……」
このときの萌さんの言葉は後々、的を得ているとわかることになる。
ホント、何気に萌さんは凄い。
「って、ダメだなぁ。すぐパターンに当てはめちゃうよ」
「……?」
「いやね、私、大学で心理学を専攻してるんだ」
「そうなんですか?」
なんていうか、ちょっと意外だった。
ごめんなさい、萌さん。
「私さ、将来は心理カウンセラーになりたいんだよね。さすがに医者は無理だからさ」
「……萌さん、大人ですね。もう、将来を考えてるんですか?」
「あははは。葵ちゃんだって同じ年でしょ」
「あー、そうでした」
そういう設定でしたね。
「葵ちゃんは将来の夢とかないの?」
「夢……ですか?」
漠然とマネージャーになりたいというのはある。
だけど、それはたぶん、ケモメンのマネージャーだからだ。
マネージャー業自体が好きかと言われると自信がない。
将来の夢。
考えてみると、私には何もないんだなと思い知ったのだった。