表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/28

手を繋ぐ距離、心の距離

 望亜くんが復帰した新曲お披露目ライブは、ケモメンをさらに盛り上げた。

 ファンの中では伝説のライブとして語り継がれている。

 

「はい、オッケーです。お疲れさまでした」

「「「お疲れさまでした。ありがとうございました」」」

 

 ディレクターの言葉に、ケモメンの3人がぴったりと声を合わせて返す。

 今日は音楽番組の収録だったのだ。


 それにしても、驚いたのは望亜くんだ。

 今まではこういうときでも、ほとんど声を出していなかった。

 口は動いていたので、多分、口パクだったんだと思う。

 

 でも、復帰してからはああやって、ちゃんと声を出すようになった。

 そして、笑顔も多くなった気もする。

 

 麗香さんも明らかに変わったと驚いている。

 それにはファンも気づいているようで、事件によって望亜くんが覚醒した、なんて言われているようだ。

 

「お疲れさまでした」

 

 私も3人に声を掛ける。

 

 すると突然、望亜くんが私に抱き着いてくる。


「ちょ、ちょっと! 望亜くん!?」

「お姉ちゃん、僕、頑張ったよ」

 

 耳元で優しく囁くように言う望亜くん。


 本当は私より年上なのに、『お姉ちゃん』なんて呼ばれると、ちょっとくすぐったい。

 

「が、頑張ったね、望亜」

「えへへへ」

 

 望亜くんが満足そうに笑って、離れてくれる。

 頑張ったとき、お姉さんにいつも、そうやって褒めてもらっていたそうだ。

 その言葉だけで、いつもより頑張れるらしい。

 

 確かに、今回の収録は歌もダンスも、トークも頑張っていた。

 以前の望亜くんからは考えられないくらい。

 

「はいはい、次の現場行くわよ」

「麗香さん、仕事入れすぎ……」

 

 盛良くんが口を尖らせながらも、頭の後ろで手を組みながら麗香さんの後に続く。

 最近の盛良くんはなんだかんだ文句を言いつつも、駄々をこねなくなった。

  

 今のケモメンの勢いのまま突き抜けようと気合が入っているのかもしれない。

 

「お姉ちゃん、行こ」

「あ、うん」

 

 望亜くんが私の右手を握り引っ張るようにして歩き出す。

 

 こういうところも本当に変わった。

 今までだったら、いつの間にかいなくなっていたのに。

 

 でも、なんていうか……。

 可愛い。

 子犬のような可愛さだ。

 懐いた子犬が離れてくれないみたいな感じ。

 

 こうしてみると、本当に弟みたいに思えてくる。

 ……年上なんだけど。

 

「最近、望亜だけズルいよ」

 

 今度は圭吾に左手を繋がれた。


「え?」

 

 圭吾の顔を見上げると、口を尖らせていた。

 

 3人手を繋いで歩くという構図だ。

 

 ……なんか引率されている子供みたい。

 

 とにかく、あの日以来、望亜くんは何かとスキンシップしてきて、それにつられるように圭吾もスキンシップするという流れが多くなったのだった。

 

 そのせいで、私の心臓はいつも高鳴ってばっかりだ。

 



「最近あいつが元気だからって忘れてるけどさ……」

 

 盛良くんの家。

 今日は久しぶりに送った後にご飯を作ったのだ。

 最近は本当に望亜くんを送っていくことが多い。

 というより、望亜くんが放してくれない。


「そういえば、犯人って捕まってないんだよなぁ」 

「え?」

「ほら、望亜を突き落としたやつだよ」

「そっか……。そうだったね。だから、麗香さんが必ず人通りの多いところを通れって言ってたのか……」

 

 盛良くんは私が作ったオムレツにアンコをたっぷりかけ、盛良くんは普通に話している。

 そして、その姿に全く動じていないことに気づき、私自身に戦慄を覚えた。

 慣れって怖いなぁ。

 

「警察は何やってんだろうな」

「仕方ないですよ。手がかりは女ってだけですから」

「ふーむ……」

 

 両手を頭の後ろで組み、背もたれにもたれ掛かかる。

 

「……って、赤井。お前、忘れてることねーか?」

「忘れてること……ですか?」

「今までは望亜がああなってたから、何も言わなかったけどよぉ」

「……えーっと」

 

 忘れてること、忘れてること……。

 なんだろ?


「……由依香さんとは進展してるのか?」

「あっ! そうだった! それ、すっかり忘れてました!」

 

 私は盛良くんの恋を応援するために、由依香さんと仲良くなるっていう作戦中だったんだった。

 

「おまえなぁ……」

「で、でも、結構、メールしてますよ」

「へえ……」

 

 興味なさそうな声を出しているが、気になっているようでチラチラとこっちを見ている。

 

「今は忙しいから、落ち着いたらまた遊びに行きましょうって言ってありますよ」

「でかした!」

「……でも、ケモメンの活動がしばらく忙しいと思いますけど」

「うっ!」

 

 頭を抱える盛良くん。

 

「そうなんだよな。忙しすぎんだよ。おかげで大学でも、あんまり由依香さんに会ってねーし」

「あの、私、麗香さんに言ってみましょうか? 少しメンバーを休ませた方が良いって」

 

 ガバっと顔を上げて、私の手を握ってくる。


「頼んだ! できれば1週間くらい休ませてくれ」

「……さすがにそれは無理です」

 

 

 

 次の日、私は学校が終わってからすぐに事務所に向った。

 

「……んー。休み、ねぇ」

「はい。最近は土日もないですし、たまにはゆっくりお休みをとらせてはどうかなって」

「休みかぁ……」

 

 スーツの内ポケットからスケジュール表を出して、開く麗香さん。

 万年筆の蓋を口で咥えて、抜く。

 

 そして、ガリガリとスケジュール表に何やら書き込んでいる。

 スケジュールを調整してるのだろうか。


「……」

 

 部屋の中には麗香さんの万年筆のガリガリという音だけが響いている。

 私はなんとか休みが捻出されることをひたすら祈る。


「ん!」

 

 麗香さんは口に咥えていた蓋を手に取り、閉める。

 

「2週間後の日曜日を休みにするわ」

 

 私は小さくガッツポーズをした。


 久しぶりにゆっくり休める。


 なんて思っていたが、その前に物凄いイベントが起こることになる。

 このときはまさか、デートをすることになるだなんて、思ってもみなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ