君がいてくれたから
当たり前だけど、私はベッドに寝かせられる際に病院の入院服を着せられていた。
着替えさせられたことに関しては、おそらく女性の看護師さんがしてくれただろうから、問題はない。
だけど。だけどね。
問題は、入院服がびっくりするほど薄かったこと。
たぶん、体に負担がかからないようにってことなんだけど……。
そして、横で寝ている望亜くんも、もちろん、入院服を着ている。
そんな望亜くんが私の腕を抱き枕のようにして抱き着いているのだ。
なんていうか、その……。
密着具合が、お兄ちゃんと一緒に寝てた時とは段違いだ。
もう、薄い布一枚挟んでるだけって感じで……正直、ドキドキしてしまう。
可愛くて、とても年上には見えない。
その寝顔は、実際よりもずっと幼く見えた。
心臓がバクバクと音を立てて跳ね上がる。
望亜くんの顔を見ていると、目がゆっくりと開いた。
「おはよ」
「お、おはよう……」
まだ眠そうな望亜くん。
半分しか開いていない目のまま、望亜くんが微笑む。
そして。
「おやすみなさい」
今度は腕じゃなく私の体に抱き着いて望亜くんが眠ってしまう。
「うあっ!」
私の鼻から熱いものが噴き出した瞬間、望亜くんの頬がぽっと赤くなった。
……ごめん、望亜くん。本当にごめん。
今度から鼻ティッシュしておきます……。
その後、血だらけの私たちを見た看護師さんたちが大騒ぎしていたが、私は無事に退院できた。
お医者さんが言うには極度の疲労から来る貧血だったらしい。
確かに、ここ2週間の間はお母さんが家事をしてくれていたけど、私は私で色々と動き回っていた。
寝不足もたたっていたのかもしれない。
麗香さんにはそのことで、結構、ガチめに怒られた。
望亜くんが事件に巻き込まれたときよりも、というか今まで一番怒られた。
正直、凹むね。
怒られたこと自体が久しぶりだったんだもん。
でも、最後に麗香さんは、
「もう二度と、こんな無茶するのは禁止。いいわね?」
と言った後、笑って頭を撫でてくれた。
本気で心配させてしまったことの罪悪感と、本気で心配してくれたことの嬉しさが混じった変な気持ちだ。
……嬉しさの方が強かったかな。
そして、望亜くんは1週間後、色々な検査を得て退院が許されたのだった。
「あのね。お姉ちゃんね、望亜お兄ちゃんがいない間、毎日ずーっと来てくれたんだよ」
「うん。みんなから聞いてる。ありがとう」
「あ、ううん。いいの」
私は学校が終わった後、いつもここに来てから望亜くんの病室に行ってたのだ。
掃除、洗濯、ご飯支度を一通り済ませていたわけである。
そして、今日は望亜くんの退院祝いだ。
いつもよりも豪華な料理を作って、望亜くんをお出迎えした。
最初こそは、みんな望亜くんが帰ってきたことを大喜びしていたが、今はもうご馳走にはしゃいでいる。
まあ、子供なんてそういうものだよね。
今はご飯を食べ終えて、ソファーでまったりしていたところだ。
左隣の穂波ちゃんがいて、右隣には望亜くんが座っている。
ふと、望亜くんが前を見つめたまま、口を開く。
「……僕にはお姉ちゃんがいたんだ」
ポツリと望亜くんが言った。
自分から話すことも、自分のことを話すことも凄く珍しい。
「僕の両親は共働きで、ほとんど家にいなかったから、お姉ちゃんが僕のお母さんだったんだ」
望亜くんのお姉さんか。
きっと、とても綺麗な人だったんだろうな。
「お姉ちゃんはいつも僕の味方だった。いつも僕のために頑張ってくれた」
望亜くんはいつものように無表情で、天井を見ながら話している。
だから、どんな感情なのかは読み取れない。
「僕は、お姉ちゃんが大好きだった。だけど……僕は子供で、何もできなかった。何も――」
「……」
自分が子供で悔しいという思いは私も味わってきた。
お母さんを助けたいと思っても、何もできない私に、当時は苛立ってお母さんに八つ当たりしてた。
……今考えると、逆に迷惑かけてどうするんだって感じだけど。
本当に恥ずかしい思い出だ。
「だからね、大きくなったら、お姉ちゃんを幸せにしようって決めてたんだ。大好きなお姉ちゃんを」
望亜くんがにこりと笑って私を見た。
その笑顔を見て、すぐにわかった。
望亜くんの心には、今もお姉さんがいる。
きっと、それは消えない想いなんだと思う。
「だけど、僕が6歳の頃、家族で旅行に行ったときに事故に遭ったんだ」
「……」
「そして、僕だけが生き残って、ここに来た」
「……望亜くん」
「そのとき、僕は、生きる理由を失ったんだ。幸せにしたいお姉ちゃんを失ったから」
望亜くんの顔はまたいつもの無表情に戻ってしまう。
「僕もお姉ちゃんのところへ行こうかと思ってた。そんなとき、学校の先生が言ったんだ。お姉さんにできなかったことを他の子にしてあげなさいって」
そっか。そういうことだったんだ。
望亜くんが子供たちの面倒をしっかりみてたのって、お姉さんにできなかったことをやろうとしていたのかもしれない。
まあ、元々、子供好きだったのかもしれないけど。
「そして、たくさんの人を笑顔にしたいって思ったんだ」
「……もしかして、だからアイドルに?」
「うん。高校の時に麗香さんにスカウトされて、アイドルならみんなを笑顔に出来るって言われて」
「そうだったんだ」
望亜くんはなんでもソツなくこなすけど、正直に言って、アイドルを楽しんでいるようには見えなかった。
だから、結構、不思議だった。
どうしてアイドルをやっているんだろうって。
「……こんなことを話すのは君が初めてだ」
そう言うと、望亜くんはジッと私を見てくる。
「ど、どどうして話してくれたんですか?」
「見つけたから」
一拍置いて、望亜くんが言った。
「本当に笑顔にしたい人を」
……どういうことだろう?
よくわからなくて、首を傾げる私に望亜くんが続ける。
「君のこと、お姉ちゃんって呼んでいい?」
「え?」
年下なのにお姉ちゃんって……。
あ、でも、そっか。
マネージャー赤井は21歳って設定だった。
年上の望亜くんにお姉ちゃんって呼ばれるのは変な感じだけど……そのうちなれる、かな。
「私がお姉さんの代わりになれるかはわからないですけど、望亜くんの支えになれるように頑張ります」
私はそう言って笑うと、望亜くんが嬉しそうに笑った。
「うん。ありがとう」
……でも、そのときの私は、まだ知らなかった。
あの言葉が、二人の関係を大きく変えていく始まりだったなんて。




