光を紡ぐ歌声
学校が終わってから、ある場所に行き、すぐに病室へと向かう。
望亜くんのベッドの横の椅子に座り、望亜くんの手を握る。
ここまでは昨日と同じ。
私はずっと望亜くんが起きることだけしか考えてなかった。
でも、今日からは違う。
絶対に望亜くんは起きる。
だから、望亜くんが起きた後のことを考えてできること、それは――。
「あなたの心に光る~」
そう。歌うこと。
もちろん、ただの歌じゃない。
ケモメンの新曲『あなたの太陽はここにある』だ。
昨日の夜に麗香さんにデモの音源を送ってもらった。
そこから必死に聞いて覚えたのだ。
望亜くんはまだこの新曲を聞いていない。
私が歌って聞かせる。それしかできない……。
ううん。違う。
望亜くんに対してできることはやるだけだ。
私は望亜くんがライブまでに目が覚めることを信じてる。
それから10日が経った。
圭吾と盛良くんは綿密なリハーサルを繰り返し、ライブに向けて完璧な仕上がりだ。
急遽決まった新曲のお披露目ライブは、正直に言って規模は小さい。
観客は200人前後だろう。
でも、圭吾も盛良くんもかなり気合が入っている。
練習嫌いな盛良くんが連日遅くまでダンスの練習をしているらしい。
ライブまで残り4日。
まだ望亜くんが目覚める気配はない。
でも大丈夫。
望亜くんは絶対に目を覚ます。
私は信じてる。
「……そろそろ会場に向かわないと」
「……」
そして、ライブの当日。
ついに望亜くんは目を覚ますことはなかった。
麗香さんもギリギリまで待ってくれた。
いや、本当ならもうとっくに病室を出ていないといけない時間だ。
私はギュッと望亜くんの手を握る。
すると、握り返してくれたような、ほんの一瞬の感触があった。
「……望亜くん?」
鼓動が高鳴る。
けれど、彼の瞼は閉じたままで、呼びかけても返事はない。
それでも――私は感じた。確かに、あれはただの偶然じゃなかった。
「行ってくるね」
私は涙を拭いて、病室を出た。
ライブ会場は小規模ながらも、ファンのみんなはライブを盛り上げようと必死に声を出してくれている。
「どもども。みんな、久しぶりー」
「あははは。っていっても1ヶ月も休んでないけどね」
「でもほら、俺たちって週に一回はなにかしらやってたじゃん」
「そうだね。だから、今日のライブは本当に久しぶりって感じだね」
圭吾と盛良くんのオープニングトーク。
2人のトークに笑いも起きているが、望亜くんのファンは、やっぱり望亜くんは来ないんだと残念そうな顔をしている。
「ごめん! みんな! 望亜は頑張り屋だからさ、もうちょっとだけ休ませてやりたいんだよね」
「その分、俺たちが頑張るから。俺たちで盛り上げるから」
ファン全員の心が一つになろうとしている。
会場内が揺れるんじゃないかってくらいの必死な声援が飛ぶ。
大丈夫。たとえ2人だったとしてもライブを成功させよう。
そんな意思がファンから届いてくる。
実は私も叫んでいた。
舞台裏で。
マネージャーなのに。
「それじゃ、俺たちの新曲」
「あなたの太陽はここにある、聞いていってね」
音楽が流れる。
圭吾と盛良くんが大きく息を吸った。
そして――。
「あなたの心に光る~」
一瞬、会場が静まり返った。
音楽は流れているのに、誰も動けなかった。
その歌声は――3人の中で、誰のものでもない。
いや、誰よりも聞きたかった“あの声”だった。
「……うそ……」「まさか……」「本物……?」
ステージ奥の薄暗いスポットライトの中から、ゆっくりと歩いてきたのは――
白い衣装に身を包んだ、望亜くんだった。
望亜くんが圭吾と盛良くんをチラリと見ると、2人はハッとする。
『広がっていく~』
3人の声がハモった。
今まで2人でのハモりでしか聞いたことがなかった。
それが3人になると、まるで別の曲なんじゃないかってくらい違う。
これがケモノメンズの曲なんだ。
3人揃ってこそ意味がある曲だったんだ。
私の気持ちは会場にいるファンと全く同じだったと思う。
望亜くんが登場した、というよりも『3人揃った』ことで会場は一気に盛り上がる。
最高のライブはここから始まるんだ。
最高潮の声援の声が会場内を爆発させたのだった。
ライブは大成功を収めた。
ファンはみんな大号泣。
圭吾も盛良くんも、涙ぐんでいた。
だけど、本人の望亜くんだけが無表情だった。
そしてライブ後の控室。
「いや、望亜。美味しいとこ、全部持っていきすぎでしょ」
「赤井さんや麗香さんは知ってたの?」
圭吾にそう聞かれて、私と麗香さんはブンブンと首を横に振った。
「……」
「……なんか言えよ」
望亜くんは相変わらず、あの調子だった。
「2人が出て行った後、すぐに目が覚めたっぽい」
「ドラマみてーな展開だな」
「それにしても、望亜。よく新曲歌えたね」
「あ、それ、俺も思った。お前が寝てた時に完成したんだぞ?」
「ずっと聞いてたから」
それだけ言って、彼は少し照れたように笑った。
「……毎日、聞こえてたよ。君の声。あれが、目覚めたいって気持ちを強くしてくれたんだ」
望亜くんはそう言うと、泣いている私の方へ歩いてきた。
そして、私を抱きしめてくれた。
「ありがとう。君が呼んでくれたから、僕はここにいられるんだ」
……もうね。
半端なく泣いた。
きっと、みんな引いてたと思う。
だけど、私は泣くことを止められなかった。
嬉し涙。
私の思いはちゃんと望亜くんに届いていたんだ。
それが嬉しかった。
「そんなに泣いたら、目が腫れちゃうよ」
望亜くんが私の頬を流れる涙を、優しく手で拭ってくれる。
そして、私はここで緊張の糸が切れたのか、突然、体の力がスッと抜けた。
「お姉ちゃん!」
倒れそうになる私を、力強く抱きしめてくれる望亜くん。
……お姉ちゃん?
望亜くんが叫ぶなんて珍しい。
なんで『お姉ちゃん』って?
そんなことを思いながら、私の意識は深い暗闇に沈んでいった。
目が覚めると、見知らぬ天井が目に入る。
そして、ベッドの上に寝かされていた。
確か、前にもこんなことあったよなぁと思う。
そうだ。
あのときは目を覚ますとお兄ちゃんの部屋だった。
そして、隣を見るとお兄ちゃんが一緒に寝てた。
なんとなく布団の感触と独特の薬品っぽい匂いからして、ここは病院だろう。
だから、あのときみたいに隣に誰か寝てるなんてことはないはずだ。
そう思って私は横を向いた。
すると、そこには――。
望亜くんが気持ちよさそうに眠っていた。




