信じる力
望亜くんが意識を失ってから1週間。
ずっと学校を休むわけにもいかなかったので、学校に行き、ある場所に寄ってから病院に行くというのが、私の1日の流れになっていた。
「そしたら、美希がBLだと思ってみればいい、だってさ。笑っちゃうよね。あ、そうだ。穂波ちゃんが、今度、みんなと一緒にお見舞いに来るって。望亜くんが起きたら、ピクニックに連れて行ってもらうんだって……」
ジワリと涙が溢れ、握っている望亜くんの手の甲に落ちる。
「望亜くん、お願い。起きて……」
だけど、私の声は望亜くんには届かない。
望亜くんはずっと眠り続けている。
すると、後ろから病室のドアが開く音が聞こえてくる。
「……今日はもう帰りなさい」
麗香さんの声だ。
今は望亜くんがこうなってしまったことで、ケモメンの活動は停止している。
もちろん、このことはファンにも公表済みだ。
ネットでは様々な憶測が流れている。
メンバーの不仲や、女性関係のもつれ、ファンからの恨みなんて言ってる人もいた。
いつもなら、勝手なことを言って、と怒るところだが、そんな気力もわかない。
「……面会時間、まだ2時間ありますので」
「赤井ちゃんには、今は少しでも体を休めて欲しいのよ」
「……」
「……またマネージャーとして働いてもらわないといけなんだから」
「え? それって!?」
その言葉に驚き、私は振り返って麗香さんを見た。
「2週間後、ライブをやるわ。新曲のお披露目」
「でも、望亜くんが……」
「望亜なしの2人でやるしかないわね」
「そんな!」
「聞いて。……今は、せっかくの追い風状態なのよ。望亜がいなくても、活動していかないと」
「……それは……わかってますけど」
「望亜だって、きっとケモノメンズの停滞を望んでないと思うの」
「……」
圭吾、盛良くん、望亜くんの3人でケモノメンズだ。
誰一人欠けても、ケモメンじゃない。
……でもそれは私の感情であって、プロデュースする立場からすると、ここでの停滞は痛い。
話題になっている今こそ、派手に動かなければならないはずだ。
「望亜くん、また明日来るね」
望亜くんの手を放して、立ち上がる。
「失礼します」
「気を付けて帰りなさい」
私は麗香さんに頭を下げて、病室を出た。
「ご飯にするから、すぐに着替えてらっしゃ~い」
「……え?」
家に帰ると、そこにはなんと、お母さんがいた。
まあ、ここはお母さんの家でもあるので、お母さんがいることは当然と言えば当然なのだけど。
「一瞬、誰かと思ったわよ」
「ひどーい。実の母親の顔を、忘れる~?」
「3ヶ月も家を空けるのが悪い」
「それを言わないでよ~」
まったく。
世界一周でも行ってきたのかってくらい、お母さんとお父さんは帰ってきていなかった。
そのせいか、お兄ちゃんと2人暮らしという感覚になっていたのだ。
「いなかった分、これからはちゃんと家のことやるからね~。それで許して~」
「あー、うん。お願い」
このタイミングでお母さんが帰ってきてくれたのは、本当に助かる。
私もお兄ちゃんも、今は精神的にも体力的にも家事をやるのはしんどかった。
ここ一週間はお弁当が続いていたくらいだ。
「ねえ、葵ちゃん」
「なに?」
「お母さんは応援してるからね」
「なにが?」
「大丈夫。子供が1人くらい増えても、問題ないわよ~」
「……何の話?」
うちのお母さんはかなりの天然だ。
こうやって時々、会話が通じないと気が多々ある。
「兄妹でもね、血が繋がってなければ、結婚できるらしいわよ~」
「……だから、何の話?」
「……? 子供出来たんじゃないの~?」
「はああああ!? ななななななんで?」
「いや、葵ちゃん、何か悩んでるみたいだし、蒼も部屋から出て来ないから」
「それで、なんで私が身ごもるってことになるのよ?」
「まさか、子供でもできちゃったのかと思ったわよ~」
「なんでそうなるのよ!」
「だって、2人とも元気ないし、部屋に閉じこもってるし……違ったのね、よかった~」
まったく。
娘と息子をどういう目で見てるのよ。
「あれれ? そうだったんだ。じゃあ、違う悩み?」
「……」
会って10分もしないうちに、悩みがあることは見破られてしまった。
そういう変なところが妙に鋭いんだよね、お母さん。
「……あのさ、お母さん。今ね、大切なお友達が事故に遭っちゃって……」
私はマネージャーをやっていることを隠しながら、今の悩みをお母さんに話した。
「なるほどね~」
テーブルに座り、お互い、紅茶を飲んでいる。
やっぱり、お母さんが淹れてくれる紅茶は最高だ。
なんか、心の底から温まる感じがする。
「やっぱり、無駄なことなのかな?」
「そんなことないんじゃない~」
お母さんはいつもなんの根拠もないことを簡単に言う。
だけど、それでも私にとっては凄く心強い。
「葵ちゃんが強く願えば、叶うんだから。大丈夫だよ~」
「……いや、さすがにそれは適当過ぎない?」
「そんなことないわよ~。ほら、覚えてない? 葵ちゃんの小学校の修学旅行のお金を払うとき、お母さん、その月の給料、全部落としちゃったじゃない?」
「……ああ。うん。覚えてるよ」
あれには本当にビックリした。
普通、給料、全額落とすかな。
「それで、葵ちゃんが見つかりますように、って強く願ってくれたじゃない?」
「そりゃ、修学旅行に行けるかどうかの瀬戸際だったからね」
「そしたら、次の日、警察に届いてたんだよ~! あれは葵ちゃんの力だよ、絶対」
「……」
そうかなぁ。
違うと思うけど。
単に、お母さんの運が良かっただけじゃないかな……。
「とにかく、葵ちゃんはその子が起きることを信じて、行動すればいいんだよ~」
「起きることを信じる……」
「そうよ。その子が起きた時、困らないように助けてあげなきゃね」
「……そっか。ありがと、お母さん」
「ふふ。困ったら、いつでもお母さんを頼ってね」
このことで、私は吹っ切れた。
そう。
望亜くんは絶対に起きる。
2週間後のライブまでに。
だから、私にできることは……。
あれしかない。




