孤児院のプリンス
「説明、してもらおうかしら?」
ピリピリした空気と共に、麗香さんがスマホ片手に迫ってくる。明らかに怒ってる……!
「え、えーと……その……」
思わず盛良くんの方を見ると、「任せた」と口パクされる。
うそでしょ!? ずるいっ!
「あんたたち、今、どれだけ注目されてるか分かってるわよね?」
「だ、だからこそです!」
「……は?」
「記事のせいで、ケモメンのメンバーが裏で何やってるか分からないって思われました。でも、それがひっくり返った今こそ、“普通の男の子”の一面を見せるチャンスだと思ったんです。等身大の大学生だって……」
――やば。思いつきで喋りすぎたかも。
麗香さんがじっと私の目を見つめる。
ああ、絶対怒られる。今にも説教タイム突入の予感――
……と思ったら、麗香さんはふっと口元を緩めた。
「へえ。意外と考えてるのね」
「え?」
「いい着眼点よ。実際、SNSでも好意的な反応が多いわ」
「本当ですか?」
「見てないの?」
慌ててスマホを取り出して、盛良くんの名前で検索する。
すると――『オフでもカッコいい』『自然体が魅力』『一緒に遊びたい!』なんてコメントがずらり。思ってたよりずっとポジティブだ。
「5人って人数もよかったわね。これが女性と2人だけだったら、大炎上だったでしょうけど」
「ほっ……」
「それに、あなたが一緒だったのも大きいわ」
「えっ?」
「マネージャー公認の外出、ってことで、スキャンダルの芽も摘めた。マネージャーが黙認してる以上、怪しい関係じゃないって、証明になるもの」
「……」
いや、実際、盛良くんの恋を応援してます……。マネージャーとしては完全にアウトです、ごめんなさい。
「でも、今度からはちゃんと報告して。今回は結果オーライだったけど、運が良かっただけよ?」
「す、すみませんでした……」
「本当は二時間くらい怒る予定だったけど、ちゃんと考えてたみたいだから今回は見逃すわ」
私と盛良くんは目を見合わせ、ほっと笑みを交わした。
「じゃ、今日はもう帰っていいわ」
「失礼します!」
二人並んでドアに向かう途中、盛良くんがふっと笑って、私の頭をぐしゃぐしゃっと撫でてきた。
「やるじゃん」
「もー、相変わらず乱暴なんだから……」
そう思いながらも、ちょっとだけ、胸の奥があったかくなった。
ドアノブに手をかけた、その時だった。
「――あ、赤井ちゃん、ちょっと待って」
振り返ると、麗香さんが意味深な表情をしていた。
「こうなってくると、望亜が浮くのよね」
「浮く、って……?」
「圭吾と盛良のオフショットは出たのに、望亜のだけ無い。ファン目線では“ミステリアス”で済むかもしれないけど、マネージャー的には微妙じゃない?」
「……それ、私も思ってました。連絡先すら知らないですし……」
「でしょ? だから、行ってきなさい」
「ど、どこにですか?」
「望亜の家よ」
電車を乗り継いで三十分。
駅からは地図アプリを頼りに、麗香さんがくれた住所へ向かう。
到着したのは郊外の静かな住宅地。
その中でもひときわ目立つ、大きな日本家屋だった。
《恒星寮》――
30人の子供たちが暮らす、孤児院。
……知らなかった。望亜くんが、孤児だったなんて。
どこか夢の住人みたいで、現実感がなかった。
けど、そうだよね。彼だって、ちゃんと人間で、生活がある。
門をくぐり、中庭を見渡すと、小さな子供たちが楽しそうに遊んでいた。
見た感じ、10歳未満ばかり。中には3歳くらいの子も混じってる。
「望亜兄ちゃん、こっちこっちー!」
「……引っ張らないで」
玄関の方から望亜くんが現れる。
肩に4歳くらいの女の子、背中には同じ年頃の男の子、そして腕を6歳くらいの男の子に引っ張られてる。
……あれ? 意外と力あるんだ。
マイクより重いもの、持てないと思ってたのに。
と、ぽけっと見とれていたら、彼が私に気づいた。
「あれ……赤井さん?」
「ど、どうも。突然ごめんなさい」
「このお姉ちゃん、だれー? お兄ちゃんのカノジョ?」
「……」
肩車の女の子が、純真な目で望亜くんに問いかける。
しばし考えたあと、無表情でぽつり。
「……まあ、そんな感じ」
「違います!」
絶対今、面倒くさいから適当に答えたよね!?
「私は望亜くんのマネージャーで――あっ」
「大丈夫。活動のこと、みんなには話してるから」
「そうなんだ……」
ちょっと意外だった。圭吾くんや盛良くんは家族にも秘密にしてたのに。望亜くん、オープンなんだ。
「で、何しに来たの?」
「えっ? えーと……仲良くなりに?」
「……?」
リスみたいに首を傾げる望亜くん。
うん、自分でも何言ってるかわからない。
「その、ちょっと遊びに……」
「――みんな、このお姉ちゃんが遊んでくれるって!」
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
その瞬間、中庭の子供たちがワッと私に群がってきた。
「ホントに遊んでくれるの!?」
「やったー!」
「何して遊ぶ!?」
「かくれんぼ? 鬼ごっこ? サッカー!?」
まさに嵐のような子供パワーに囲まれ、私は――
観念した。