ごめんなさい。でも、終わってほしくないから
事務所に到着すると、麗香さんはもちろん、圭吾、盛良くん、望亜くんが揃っていた。
部屋に入った瞬間、空気の重さに息が詰まる。私でもすぐにわかるほどだった。
「……考えられる中で、最悪の状況と言っていいわ」
麗香さんが私に1冊の雑誌を手渡してくれる。
『excavation』
通称、エクス。
この業界では、有名なアイドル雑誌になる。
例の、あのインタビューの記者だ。
受け取ったエクスに目を落とすと、表紙にデカデカと『ケモメンの裏の顔』と書かれている。
これはもう、ケモメンの特集になってるんだろう。
悪い意味での特集……。
雑誌を開いて、特集を読んでみる。
圭吾、盛良くん、望亜くんがアイドルになった切っ掛けから始まり、ケモメンの結成までの経緯。
それに、人気が出てきてからの裏の顔について。
最後に、マネージャーである私の蛮行もキッチリと書かれていた。
水をかけられて、筆者のスマホが壊れたとも綴られている。
パタンと本を閉じて、私はその場に崩れ落ちる。
手が震える。喉は乾ききって、心臓の鼓動だけが耳に響く。
それほどまでに、絶望的な記事だった。
圭吾と盛良くんがアイドルになった切っ掛け。
それはお金のためと書かれていた。
女の子はアイドルに対しては無限にお金を使う。
だから、アイドルになれば、大金持ちになれると思ってアイドルになった、と。
望亜くんは、女の子にモテたいという欲求を満たすため。
ここまででも、冷めるファンはいるだろう。
でも、なにより問題なのは売れてからは、裏でファンを馬鹿にしているところだ。
直接そう書くのではなく、台詞の端々にそう感じるような言葉を散りばめているのが妙にリアルだった。
しかも、関係者にも話を聞いたと書いている。
より一層、外堀を埋められたという感じだ。
「ねえ、麗香さん。こんなめちゃくちゃなこと書かれて黙ってる気?」
ソファーに座って、腕を組んで不機嫌そうな盛良くんが麗香さんの方を見る。
「え? ……めちゃくちゃ?」
「あんなの、完全なでっち上げだろ」
ファンを馬鹿にしている箇所は完全に創作だ。
あのインタビューで聞かれたことは何一つ書かれていない。
「じゃあ、アイドルになった経緯のところは?」
「……お前。俺がそんなに金に困ってるようにみえるか?」
「え?」
そう言われてみると盛良くんは逆にお金に関しては結構、ズボラなイメージがある。
それに圭吾だって、楽しいからアイドルをやっているとライブで言っていた。
望亜くんに限っては、女性にモテたいというより、そもそもあまり人に興味がなさそうだ。
現に今も、重い雰囲気の中、一人だけ無表情で座っている。
「じゃあ、この記事、全部デタラメってことですか?」
「だから言ってんだろ! 合ってるのはお前が水をぶっかけたところくらいじゃねーの?」
「うっ!」
「盛良、意地悪を言うなよ。赤井さん、気にしないでいいからね」
「お前が気にしなくても、相手が訴えるって言ってるけど?」
「え?」
私は慌てて雑誌を拾い上げ、パラパラとめくる。
記事には、私が水をかけたことに関して器物損壊で訴えることも検討していると書かれていた。
どうしよう。
私、捕まっちゃうんだろうか。
……そうなったら学校も退学になるんだろうな。
顔をしかめて考え事をしていた麗香さんが、ようやく口を開いた。
「確かにメチャクチャな記事よ。このことに関しては抗議するつもりだけど……」
「けど?」
「赤井ちゃんの件は、完全にこっちが悪いわ」
「……」
何も言えない。
そう。あれは私が100パーセント悪い。
みんな我慢してたのに、私が怒りに任せてやってしまったことだ。
「だから、赤井ちゃんにはマネージャーを辞めてもらって、謝罪に行くしかない。きっと、それで訴えだけは取り下げてもらえるはずう」
「……待てよ。それなら、記事のことは?」
「多分、無視されると思うわ」
私の件が無ければ、事務所としては出版社に強く出られただろう。
だけど、訴えることができることを考えれば、主導権はあちらになってしまう。
「……どうすんだよ?」
「インタビューの記事なんて、結局、言った言わないの話になるわ。だから、フリプリも記事を覆せなかった」
「……」
その場にいる全員が沈黙する。
おそらく、あのインタビューを受けに行った時点で、ケモメンの運命はほぼ決まっていたのかもしれない。
そこに私が止めを刺してしまったようなものだ。
それがあるから、記者もここまで悪意をもってこの記事を書いたんだろう。
「終わりか? 俺たち」
「……」
盛良くんの言葉にどう返していいのかわからないといった表情をする麗香さん。
「……コアなファンはわかってくれると思うわ。ケモメンがこんなことを思っていないって。でも、一般の、ライト層は信じると思う」
「いいんじゃない? また、一からやろうよ! ファンを大事にしていけば、またみんな戻ってきてくれるよ」
圭吾がみんなを鼓舞するように、わざと明るい声で言ったんだろう。
だけど、みんながそれは虚勢だと感じ取ってしまう。
1度離れたファンが戻ってくることはないと言ってもいい。
そのくらい、アイドルの世界はシビアで入れ替わりが激しいのだ。
「ごめんね、赤井ちゃん。赤井ちゃんにはマネージャーを辞めてもらう。それでなんとか、先方に訴えることだけは取り下げてもらうから」
訴えられる。
それがどういうことになるかはわからない。
すごく怖い。
でも、私はそれ以上にケモメンが終わることの方がよっぽど怖かった。
「麗香さん。謝りに行かないでください」
「え?」
「訴えられても構いません! だから、お願いです、私のことで弱気にならないでください! この記事が嘘だって、強気で突っぱねてください!」
気が付けば叫んでいた。
私のせいでケモメンが終わるなんて絶対に嫌だ。
それなら、私はどうなってもいいから、戦ってほしい。
「何言ってるんだよ、赤井さん」
圭吾が私のところへやってきて、寄り添ってくれる。
「あなたを巻き込んだのは私の責任よ。だから、あなたは何も心配しなくていいの」
麗香さんが優しく声を掛けてくれた。
涙が止まらない。もう、自分の気持ちさえわからないほど、心がぐちゃぐちゃだった。
でも、そんなときだった。
「大丈夫。心配ない」
沈黙を破ったのは、これまで一言も発さなかった望亜くんだった。