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ファンだとバレたら即死!? 推しと同居中

 私の推しは、ケモノ耳が似合うアイドル。

 ……で、その推しが今、我が家のキッチンでエプロンつけてカレー作ってます。


 家族として――お兄ちゃんとして。


 ***


 熱狂の塊。

 

 アイドルとファンとの一体感。

 推しと同じ空間で、同じ音楽を感じる。

 一緒に声を重ねる瞬間。

 

 これぞ、ライブの醍醐味。

 

「圭吾―!」

 

 力いっぱい叫ぶ。


 ステージの上から、圭吾はクールな視線を投げかけてくる。

 その真剣な表情に、胸が締めつけられる。

 でも、曲が終わると――無邪気な笑顔で、ぴょんと跳ねる。

 そのギャップがたまらない。


 舞台の上で踊っている圭吾がチラリとこっちを見た――気がする。

 

 いや、例えこっちを見たとしても、舞台とここの距離じゃ認識できないはず。

 認識されたら困るんだけども。

 だから念のために最前列は避けている。

 

 でも、声なら大丈夫。

 届いても私だとわからないはずだ。


「圭吾――! 格好いいー!」

 

 だから、精一杯叫ぶ。

 声が枯れるまで。



 地下アイドルグループ、ケモノメンズ。

 通称ケモメン。

 メンバーは圭吾、盛良、望亜の3人。

 

 もちろん、私の推しは圭吾だ。

 

 最近は人気も出てきて、認知度も上がってきている。

 設立当時からファンだった私からしたら、嬉しいような嬉しくないようなちょっと複雑な心境。

 

 純粋に人気が出ることは嬉しい。

 けど、ライブチケットの競争率が高くなるし、箱が大きくなれば値段も高くなっていく。

 高校2年の私に万金は正直厳しい。

 

 今回のライブだって、バイト代を貯めてきたのだ。

 

 本当はグッズも買い漁りたい。

 でもお金がないのと、グッズを大量に家に持って帰れないので諦める。

 

 はー。でも、今日のライブも最高だった。

 やっぱり圭吾は獣耳が似合う。すごく可愛い。

 

 そんな可愛い姿で踊って歌うなんて……思い出しただけで萌え死できる。

 

 ファーストフード店で、ポテトをかじりながら、記憶の中でライブをもう一度楽しむ。

 このひと時も最高。

 

 なんて考えていたら、外が暗くなり始めてしまった。

 私は慌てて、家路へと急いだ。

 

 ***

 

 家のドアの前。

 私は深呼吸する。

 気持ちをリセットするのだ。

 

 この家に入れば、私は圭吾のファンであることは忘れる。

 この家の中では、私は『妹』なのだ。


 ガチャリとドアを開ける。


「ただいまー」

「お帰り、葵」

 

 出迎えてくれたのは、エプロン姿の圭吾――じゃなかった、蒼お兄ちゃんだった。

 

 それにしても可愛い。

 エプロン姿に惚れてしまう。


 ああもう、ケモ耳つけてないのに、なんでこっちのが萌えるの……。

 ……いや、ダメダメダメ!

 今の彼の立場忘れちゃいけないぞ、私!

 

 いい?

 私は妹!

 ファンでも恋する乙女でもない!

 妹なんだからね!

 

 私は靴を脱ぐのを戸惑うふりをして顔を伏せて、にやけ顔を落ち着かせる。

 すると、今度はいい匂いが漂ってきているのに気づいた。


「あれ? なんかいい匂いするね」

「カレー作ったんだよ」

「お兄ちゃんが?」

「ふっふっふ。今回はスパイスからこだわってみた」

 

 ニッコリと笑って、ピースするお兄ちゃん。

 

 ……なんていうか、いちいち可愛いのをやめてくれませんかね?

 

 ただ、お兄ちゃんが料理しているということは……。


「ってことは、またお母さん、旅行行っちゃったの?」

「今回はサイパンに1週間だってさ。親父と」

「……ったく! いつまで新婚気分なのよ!」

「ははは。まあ、実際、新婚だし」

 

 半年前にお母さんにいい人がいることに気付いた。

 

 本当は私が高校を卒業するまで再婚は待つつもりだったらしい。

 でも、私が説得したのだ。

 

 私はもう大丈夫。

 お母さんには幸せになって欲しい。

 母親としてじゃなく女として。

 

 そう言ったら、めちゃめちゃ泣かれてしまった。

 で、入籍したというわけなのだ。

 

 その反動か、結婚してからはお義父さんと頻繁に旅行に出かけるようになった。

 うーん、ラブラブ。

 ちょっぴり恥ずかしいけど、よし。


 けど――。

 

「そのたびに、家事を押し付けられるこっちの身にもなってほしいよね」

「でも、俺は親父が、義母さんと結婚してくれてよかったと思ってるよ」

「え?」

「だって、こうして可愛い妹ができたんだからさ」

「お兄ちゃん、そういうの真顔で言わないでよ……レッドカードだから……」

 

 ポタリ。

 思わず、鼻血が1滴垂れてしまった。

 

 不意打ちだったので油断した。

 幸い、お兄ちゃんには気づかれていない。

 

 さっと、床に落ちた血を靴下でふき取る。

 

 お気に入りだったのに……。

 ありがとう、マイ靴下。

 君の尊い犠牲は忘れないよ。

 

「それに、俺は家事好きだし」

「……うう」


 笑顔でそういうお兄ちゃんの言葉に、私は思わず膝から崩れ落ちる。


「どうしたの、葵?」

「お兄ちゃん……家事、完璧すぎて……」


 私は、その場にがくりと膝をつく。


「私の、女としての立場がない……!」


 そう、そうなのである。

 お兄ちゃんはイケメンで、優しくて、ちょっと抜けてて、家事ができるというパーフェクト超人なのだ。


「何言ってるんだよ。今時、女が家事をするなんて時代遅れだって」


 やめて!

 これ以上、私の男子へのハードルを上げないで!

 お嫁に行けなくなっちゃう。


「それより、ご飯食べようよ」

「うん。じゃあ、着替えてくるね」

 

 その笑顔にとどめを刺された。

 私のライフはもう0だ。

 

 ガチャリとドアを開けて、自分の部屋に入る。

 

「……はあ」

 

 思わず、ベッドに座り込んでしまう。

 

 半年も経つのに、この生活に全然慣れない。

 

 ずっとファンだったケモメンの圭吾。

 遠くから見て、憧れるだけの存在だった。

 それが今は私のお兄ちゃんとして、一つ屋根の下で生活しているのだ。

 

 お兄ちゃんは自分がアイドルだということを私に隠している。

 今はまだ地下のローカルアイドルだから知名度が全然ない。

 だから、私にバレてないと思っている。

 私も、本当は重度のアイドルオタクなんだけどアイドルには興味がないって言ってあるし。

 

 はあ……。知らないふりを続けるのって、こんなにも苦しいんだ。

 でも、言えない。

 言ったら、きっと――今の関係が壊れてしまう気がするから。

 お兄ちゃんもこの関係を崩したくないから、アイドルだってことを言わないんだと思う。

 だから、私も隠さないといけない。

 

 私の推しがお兄ちゃんであること。

 このままだと推しから恋になってしまいそうなことを。


 隠し続けていれば、ずっとこの関係が続いていく。

 そう思っていた。

 

 でも、この後すぐに、そんな私の思いは見事に砕け散ってしまうのだけれど。

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