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04、本番

 鳥居の前で目覚めた。

「何度やっても上手くいかないなあ」

 大きなため息をつく。

 俺はヤクザに拉致されて事務所に連れて行かれる運命なのだろうか。

 いや、そうではない。最初は交通事故を回避することができた。よく考えて、きちんと準備をすれば成功するはず。

 リュックから缶コーヒーを出してチビチビと飲んだ。

 しかし、あの黒スーツの男は頭が切れる。最近のヤクザは優秀なのか。

 気を引き締めて、本気でやらないとダメなんだよな。次は本番だ、本番なんだ、絶対に失敗は許されない。必ず成功させよう。

 覚悟を決めてからコーヒーを飲み干した。


  *


 山道に立ってヒロシが来るのを待っていた。

 俺は、赤っぽい派手なトレーナーを着てチューリップ型の帽子をかぶり、サングラスをかけている。これは変装しているつもり。

 スマホを見ると午後3時25分だった。そろそろか……。

 向こうからヒロシがやってきた。

「これを持っていろ」

 俺に鞄を押しつける。毎度のことだ。

 あわてずに茂みに隠れて、しばらくすると黒スーツの男と手下達が現れて通り過ぎていった。

 茂みから出て俺は小屋に向かう。

 小屋の窓から忍び込み、床板を外して鞄を入れた。

 そして、床下から大きな袋を引き上げる。それには着替えを入れておいたのだ。

 薄茶色のズボンに灰色のワークシャツ。それに灰色の地味なジャケットを羽織った。トレーナーとサングラスなどを袋に入れて床下に放り込む。マスクをつけてコスチュームチェンジ完了だ。

 老人が来たので、それが通り過ぎるのを待つ。

 誰もいないのを確認して、窓から出た。

 小道から外れて森の中に入る。伸び放題の草をかき分けて茂みの奥に進んだ。

 静寂の森で夕方まで待機して、俺は山を下りることにした。

 ふもとの駐車場からは離れた場所に出て、バス停まで歩いてバスに乗った。コンビニ前の停車場で降りて、コンビニの駐車場の端に止めてあった俺の車に乗り込んだ。

 ホッとして、どっと疲れが出た。

 成功だ。黒スーツの男もコンビニまでは来ないだろう。

 車を降りてコンビニに入ってパンなどを買った。


 無事に山形の自宅に帰ってから1週間が経過した。

 そろそろ、あの小屋に行って鞄を回収しても良いだろう。しかし、行く気が起きない。行くと黒スーツの男が待ちかまえているような不安がある。

 ロトト6を買っているが、結果を見る気がしない。何となく怖いというか面倒な気がしてスマホで当選番号を見る気が起きないのだ。


 ヤクザのお金でも、それを奪うのは泥棒と言うものではないのか。ずっと、わだかまりが心に残って仕方がない。結局、俺は小心者なのだと思い知った。


 昼過ぎにダラダラとテレビを見ていると玄関のチャイムが鳴った。

「客が来るなど滅多にないのに……。宗教の勧誘かな」

 出てみると、そこに立っていたのは、あの黒スーツの男だった。

 心臓の鼓動が一気に速まる。

 6月だというのに、その男は黒スーツに黒のサングラスだった。それしか服を持っていないわけではないだろうに。

「あんたが佐藤さんかい?」

 偉そうな言い方だ。

「ええ、そうですけど」

「あんた、先週の30日に新潟の山に来ていたよなあ」

 体の芯が冷えた。たぶん、表情に出ていただろう。

 ここにやってきたということは、調べはついているのだな。否定したら嘘をついたことになる。

「ああ、そうだなあ。行ったと思うけど、よく覚えていないなあ。最近、歳のせいか記憶力が落ちてきてなあ」

「いや、あんたは行っているよ。コンビニの監視カメラに写っていたからな」

 そこまで調べているのか。そんなことができるのだろうか。

「記録動画なんて、そんなに簡単に見ることができるかよ」

「ちょっと費用がかかったけどな。裏の方法で、コンビニのビデオ映像も手に入るし、それに写っていた軽自動車のナンバーから持ち主を調べることもできる。日本は資本主義だからな、たいていのことはマネー次第で可能なのさ」

 嘘や冗談で言っている感じではない。事実、この住所を知っているのだから本当のことなんだろう。

 俺が黙り込むと男が話を続ける。

「山の駐車場には車はなかったから、停めるとしたら近くのコンビニだろうと思って、その監視カメラのビデオ映像を手に入れた。そして、1台だけ他県ナンバーだったから、それを調べたというわけさ」

 男はニヤリと笑う。

 前から思っていたが、この人は頭が切れる。ヤクザの兄貴にしておくのがもったいない。

「なあ、うちの組の者から鞄を受け取っただろ。それを返してくれ。返してくれさえすれば何もしない。カタギには手を出したくないからな」

 本当だろうか。本当に鞄を渡せば、それで終わりにしてくれるのだろうか。いや、そんなことはないだろう。鞄を渡したとたんに事務所に連れて行かれてボコボコにされてしまうに違いない。

「組の者って誰だよ」

 何とか先に名前を言わせたい。うっかりヒロシという名前を出してしまったら、グルだと確定される。

「……ヒロシという若いやつだ。知ってんだろ?」

 良かった、名前を言ってくれた。

「いや、知らないよ、そんなやつ。俺が知り合いだという証拠があるのか」

 男は黙り込む。

 やはり、はっきりした根拠はないのだ。ただ、直感で俺が鞄を持ち逃げしたと思っているだけ。

「それに、鞄ってなんだよ。それには何が入っているんだ」

 お金が入っているということを言ってくれ。

「……大金だ。上納金を集めているヒロシが持ち逃げしたのさ」

「いくら入っていたんだ」

 金額だ。早く金額も言ってくれよ、なあ。

「……いくらでもいいだろう」

「1000万円くらい入っていたのか?」

「桁が違う。1億円だ」

「1億円!」

 わざと驚いた振りをする。良かった、金額も話に出た。

「なんか、わざとらしいな。あんたが猫ババしたんだから、知っているくせに」

「知らないと何度も言っているだろう。そのヒロシさんという人は、どんな服装の人に渡したと言っているんだ」

 しらを切り通すしか道はない。

 男は何も言わない。俺は小屋で服を変えたのだから、ビデオに映っている服装とは違う。

 ヒロシさんは偶然、そこにいた俺に鞄を渡したのだ。つまり、事前に変装用の服を俺が用意しているはずがない。

「まあ、いいか……」

 男はフンと鼻で息を吐く。

「盗まれた現金はヒロシに返してもらうことにしよう」

 やっと、あきらめてくれたのか。

「ヒロシさんに返してもらうって、マグロ漁船にでも乗せるのか」

 そのようなことを闇金コミックで読んだ記憶がある。

「フフフ」

 男はバカにしたように鼻で笑う。

「佐藤さんは甘いなあ。文字通り体で返してもらうってことですよ」

「はあ……」

「まず、片腕を切り落とす」

「えっ」

 この男は何を言っているんだ。

「片腕がないと障害手当がもらえるんですよ。生きている間、ずっとね」

 冗談で言っているんだよな。この人は俺を脅しているんだ。

「内蔵を売るという手もある」

 それは聞いたことがあるが、コミックだけの話ではないのか。

「腎臓は高く売れるんですよ。もちろん闇マーケットでね」

 気分が悪くなってきた。柱を右手でつかむ。

「血液を売る方法もある。採血して、数日したら、また採血する。これをずっと続けるんですよ。まあ、血液製造マシーンということ」

 頭がふらついて目の前が薄暗くなってきた。俺は視野狭窄を起こしているのか。

「最後には心臓を売ることになる。これが一番高い値段が付く」

 嘘だ。この男は嘘を言っているんだ。俺をびっくりさせて喜んでいるんだ。

「冗談はやめてくださいよ」

 俺の声がうわずっている。

「冗談? そうですか、冗談と思いましたか……」

 男はニンマリと笑った。

「まあ、あんたが鞄を盗んだ証拠はない。もう、あんたには構わないことにするよ。カタギには手を出さないのが俺のモットーだからな」

 男はサングラスを外した。細い目で俺を見ていた。笑いながら細目で見られると、悪魔に見入られているような感覚を覚えた。

 背筋に冷水をかけられたよう。俺の心臓は激しく動き、冷や汗が額を伝った。


感想などよろしくお願いします。


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