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03、試行錯誤

 もう見飽きたくらいの山道。天気が良く、うららかな昼下がり。この自然の中で人間は紙切れの奪い合いをしているのだ。

「もう来る頃だな」

 そう思ったとき、草むらから派手なジャンパーを着たヒロシが飛び出してきた。

「これを持っていろ」

 押しつけられた黒い鞄。重いことは知っているので、力を込めて受け取る。

 ヒロシは何も言わず走り去っていった。

 俺は鞄を持って茂みに隠れる。しばらくして、4人の男が現れてヒロシを追いかけていった。

 イメージトレーニングしておいたとおりに、俺は鞄を持って小道を早足で進む。少し先の小屋にたどり着くと、かんぬきを抜いて中に入った。

 鞄を小屋の隅に置いて、床に放置されていたボロボロのブルーシートをかぶせた。小屋から出て、ふもとの駐車場に向かってゆっくり歩いていく。

 向こうから老人がやってきた。動じることもなく無関心を装って彼とすれ違う。相手はジロジロと俺を見ていた。

 気を落ち着かせて緩い坂道を下る。

 これから駐車場に行って、マイカーに乗って山形に帰ればいい。それだけだ、それだけで大金が手に入るんだ。1週間くらい経って、ほとぼりが冷めてから小屋に行って鞄を持ってくればいいのだ。

 そのとき、ふと不安になる。

「戸のかんぬきを入れていなかったよな……」

 小屋の扉が開いていれば、さっきの老人が不審に思うのではないか。中に入って少し調べれば鞄を見つけるはず。

「うっかりしたな……」

 俺は方向転換して、来た道を戻っていく。

 早足で坂を上っていくと、小屋のそばで老人が鞄を調べているのが見えた。

「ちょっと、じいさん。それは俺のだ」

 駆け寄っていくと老人は目を細めて俺を見た。

「こんな大金、どうしたんだよ」

 すでに鞄を開けて、中の札束を見られている。

「いや、ちょっとな……。とにかく返してくれ」

 鞄を引っ張ると、相手はしっかりと押さえた。毎日のように農作業をしているのだろう、半端のない力で固定している。

「こんな大金、警察に届けなきゃダメだろう」

 そう言われると返す言葉がない。

 人の気配が近づいてきた。

「ああ、あいつだ。あいつに鞄を渡したんだ」

 そう言って俺を指し示しているのはヒロシ。4人の男たちは、こちらに走ってくる。

 反射的に逃げる。しかし、走ってすぐに捕まってしまった。

「俺は関係ない。鞄を受け取っただけだ。無関係なんだよ」

 男たちは俺の腕をねじ上げ、グリグリと地面に顔を押しつける。

 向こうでは老人が俺のことをベラベラと話していた。

 もうダメか……。今度も失敗してしまった。


  *


 いつもの鳥居の前で目が覚めた。

 またダメだったか。きちんと計画しても、どこかで抜けてしまうよなあ。完全犯罪は難しい。

 立ち上がってリュックから缶コーヒーを出した。

 どうしたもんかなあ……。

 薄暗い洞窟の壁をボンヤリと眺めながらコーヒーを飲む。

 シチューのように混濁した思考になり、一時的に現実から離れて漂った。

 そのとき、ある考えがピーンとひらめく。

 そうだ! 別に1億円にこだわる必要はない。未来が分かるのだから、ロトト6などを買えば数億円が手に入るじゃないか。

 1億円の札束が目に焼き付いていたので、視野が狭くなって他のことを考える余裕がなかった。だが、ロトトなどの数字選択式の当選番号を知れば楽をして大金持ちだ。ヒロシ達と危ない駆け引きをする必要はない。

 タイムリープしたときにスマホを使うことができた。それならば、スマホでロトトの当選番号を調べて、しっかりとそれを暗記してから現実に戻ってくればいい。

 俺の心はスキップで踊り始めた。


 またホテルに泊まってから翌朝、洞窟に来た。

 何度も来ているので、反射テープの印を見なくても鳥居に着くことができる。

 意気揚々と鳥居をくぐった。

 しかし、タイムループしなかった。ただ、鳥居を通過しただけ。 

「変だな、どうしたんだろう」

 戻ってから、もう一度、鳥居に入った。同じく、何も起きない。

 近くの大きな石に腰掛けて考えた。

 もしかしたら、未来の俺は現場に行かなかったのだろうか。

 宝くじを当てたならば、拉致されるかもしれない所には怖くていけないだろう。大金を得たならば危険を冒して現場に行く必要がない。

 そうなると鞄を押しつけられるというイベントは発生しないので、タイムリープも起こらない。……そういうことなのか。

 そうとしか考えられない。

 だとしたら当然、宝くじの番号を知ることができなくなる。

 立ち上がって深呼吸した。

 俺は絶対に現場に行き、鞄を受け取る。必ず何があっても宝くじで数億円を手にしても、30日には山に行くのだ。強く決心して心に刻みつけた。危険があったとしても絶対に行く。

 覚悟を持って鳥居に挑む。すると目の前が暗くなった。


  *


 俺は例の山道に立っていた。

 やったー! リープ成功だー。

 しばらくすると見慣れたヒロシの顔が現れた。

「これを持っていろ」

 恒例の黒い鞄を俺に押しつける。

 それを無言で受け取り、ヒロシが去っていくのを見送った。

 もう、俺の行動には迷いがない。

 鞄を持って茂みの中に隠れる。しばし息を殺して道の方を監視し、4人のヤクザが走ってきて通り過ぎるのを待った。

 小道を早足で歩いてゆき、小屋にたどり着く。かんぬきが扉に差し込んでいることを確認して、あらかじめ開けておいた窓から小屋の中に入った。

 床を探っていると床板が外れた。前に来たときにガタツいていたことを見ていたのだ。

 床下に鞄を置き、床板を元通りにした。

 壁の隙間から道の方を見ていると、あの老人がやってきた。

 こちらを見向きもしないで老人は通り過ぎてゆく。誰もいないことを確認してから俺は窓から外に出て森の奥に入っていった。


 草をかき分け、高い木が林立している場所に来た。

 大きな岩が転がっている場所で休憩する。岩に腰掛けてペットボトルのお茶を飲むと、疲れた体も落ち着いてきた。

 ときおり鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいで、森の奥は静かだった。

 スマホを取り出してロトト6の当選番号を確認する。

 1等の当選者はいない。それにキャリーオーバーが追加されるので、俺が1等になれば1口に付き6億円が入ってくることになる。

 その6個の数字を繰り返しつぶやいて記憶した。

 ふと、辺りを見渡す。

「俺が大金を得ても、拉致されても、この場所は静寂なんだろうなあ……」

 何をしているのだろうか俺は。

 札束は所詮、紙切れであり、銀行預金はデジタルデータだ。そんなモノにあくせくする価値があるのだろうか。

 いや、生活にはお金が必要だ。老後には2000万円が必要になるという。お金を得ることは重要なんだよ。

 1時間以上も待機してから、ふもとの駐車場に向かって歩き出した。


 駐車場に着いた頃には日も沈んで暗くなっていた。

 こっそり覗くと、そこには俺の軽自動車しか停まっていない。

 車に歩いていき、キーのスイッチでロックを解除。

 すると茂みから数人の人影が飛び出してきた。俺を囲むようにして立ちはだかる。

「な、なんなんですか。あんたたちは」

「こいつだ。こいつに鞄を渡したんですぜ」

 ヒロシは縛られている両手で俺を指し示す。

「何を言ってんだ。意味が分からない」

 逃げようとしたが、二人に両腕を捕まれた。

「お前だよ。お前に鞄を渡したろうが」

 口をとがらせてヒロシが主張する。

「知らないよ。本当に俺だったのか。よく見たのかよ、人違いだろう」

 彼が黙り込む。鞄を押しつけたのは瞬間的な出来事だったから、はっきり記憶しているのかと問われれば迷うだろう。

 黒スーツの男が進み出る。辺りは薄暗いのにサングラスを外さないのか。

「こんなところに車が1台だけ停まっていたんで、怪しいと思って張り込んでいたんだがな」

「俺は山を散策していただけだ。いい加減にしないと警察に連絡するぞ」

 警察の名前を出すと彼らは気まずそうに黙り込む。

「でもよう、あんたに間違いないと思うんだよなあ……」

 ヒロシが眉をひそめて俺を見ている。

 この場を早く乗り切らなければ。

「なあ、あんた。俺を仲間ということにしたってヒロシさんの責任が半分にはならないぞ。組に帰ったら土下座して謝って許してもらえよ。お金は働いて返すことにしてさあ」

 スーツの男がずいっと向かってきて俺の胸ぐらをつかむ。

「お前は何でヒロシの名前を知っているんだ。やっぱりヒロシとグルなんだな」

 しまった! 俺は何度もリープしているので、ヒロシの名前は周知されていると勘違いしてしまったのだ。

「それに鞄の金のことも知っている。やはり、お前が持ち逃げしたのか」

 胸ぐらをつかんだまま相手はぐいっと俺を持ち上げた。スマートな体形をしているのにスーツの男は怪力の持ち主だ。

 そして、いきなり駐車場のコンクリートの上に放り投げられた。

「こいつを車に詰め込め。事務所に帰ったら締め上げてやる」

 俺は無理矢理引きずられ、茂みに停めてあったミニバンに押し込まれてしまった。


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