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01、洞窟

おじさんの妄想のような話を書いてみました。


 俺は真っ暗な洞窟を進んでいた。

 60歳を過ぎて仕事を辞め、今は野山の散策や洞窟探検を趣味にしている。

 1時間も歩くと息切れがしてきたので大きな石に腰掛けてヘルメットを地面に置く。それにはライトが取り付けてあるので、その明かりをランタン代わりに、リュックから缶コーヒーを取り出してプルキャップを開けた。

「体も衰えてきたし、これからどうするかな……」

 貯金はあるが、数年もすれば使い切ってしまう。生きて行くには、お金が必要だが仕事をするのは体力的にキツいのだ。

 やっと立って歩くことができる様な狭い洞窟。その暗闇に俺の息づかいだけが流れる。

 ふと奥に目をやると、何かの構造物がボンヤリと浮かび上がっていた。

「何だろうな……」

 一人暮らしで癖になった独り言をつぶやくと、俺は立ち上がってヘルメットをかぶり、その構造物に向かう。

 それは人間くらいの高さの鳥居だった。

 ライトで照らすと古びた木製の物で、土台はなくて柱が深く岩に埋まっている。その奥は穴が続いていた。

 心がざわつく。

 不安と期待が攪拌された心持ちで、俺は鳥居の奥に足を踏み入れていた。


  *


 気がつくと俺は車を運転していた。

 流れていく町並みの風景には見覚えがある。それは俺が住んでいるアパートの近所で、いつも利用しているスーパーの帰り道。助手席を見ると弁当などが入っている買い物袋があった。

「何なんだ。さっきまで洞窟にいたはずだが……」

 アクセルを緩めると後ろの車からクラクションを鳴らされた。あわててスピードを上げる。

 とにかくアパートに帰ることにしよう。

 そのまま運転して交差点に差し掛かる。前方の信号は青だったので、そのまま交差点を抜けようとした。

 視界のすみに銀色の車が現れ、それが急激に大きくなり俺の車に衝撃が響く。左の窓が勢いよく割れて白いエアバッグが視界を覆った。車は横転して右肩に激痛が起こった。

 エアバッグとはこのような物だったのか。上半身の痛みに襲われながら、のんきに思う自分がいる。今まで経験したことがない、もう勘弁してくれよと言うほどの苦痛に俺の意識は遠のいた。


  *


 目が覚めるとあたりは薄暗い。洞窟の中、鳥居の前に倒れていた。

 動悸が激しく呼吸が荒い。

「……夢だったのか?」

 それにしては生々しかった。体中を探ってみたが傷はないし痛みもない。しかし、右肩の痛みをはっきりと覚えている。幻覚とは思えないほどの現実感があった。

 ゆっくりと立ち上がる。足が小刻みに震えていた。

「もしかしたら、有毒ガスか」

 洞窟の中に一酸化炭素などが充満していたのかもしれない。私は急いでリュックを背負い、出口に向かって早足で歩き出した。


  *


 山形県のアパートに帰り、3日も経つと俺は洞窟の件をすっかり忘れていた。

 昼過ぎ、俺は近所の大型スーパーで買い物をしてアパートに向かって車を走らせていた。

 もうすぐアパートに着くという交差点に近づく。

 信号は青。俺は強いデジャブを感じた。

 あわてて小刻みにブレーキを踏み、後ろの車を牽制する。交差点の手前で車を停止させた。

 後ろからは激しいクラクション。俺はハザードランプを点滅させた。

 五月晴れの暖かい日。汗ばむ手でハンドルを握りしめ、交差点を睨む。

 すぐに左から銀色のクーペが信号無視で交差点に突入し、そのまま走り去っていった。

 停止していなかったら事故になっていただろう。俺は大きくため息をつく。

 不意に窓ガラスを叩く音がしたので、右を見ると中年の男が立っていた。

「大丈夫か? 何かあったのか」

 それは後ろの車の運転手だった。

「あ、いや……ちょっと気分が悪くなったので。……すいません」

「なんだよ、危ねえなあ。病院に行って診てもらえよ」

 そう言って男は後ろの車に乗り込んでいく。

 信号はすでに赤に変わっていたので、俺はブレーキを強く踏んで、気を落ち着かせていた。


 洞窟で見た夢が現実になってしまった。

「あれは予知夢だったのか?」

 夢と言うには現実的だった。まるで精神だけが未来の自分に乗り移ったような感じ。タイムリープというものだろうか。

 未来を知り、それを改変することができる。俺の胸には、不安と期待が渦巻いた。


 アパートに帰ったら、すぐに準備を始めて、3日後に新潟の洞窟に向けて車を走らせた。

 朝に出発して、高速道路と海沿いの一般道を通り、洞窟のある山に着いたのは昼過ぎだった。

 草が伸び放題の細い山道。車が通ることができる限界まで洞窟に近づいて駐車した。ヘルメットをかぶり、装備を整えて俺は洞窟に入っていった。

 洞窟の所々にはマジックで矢印を書いた反射テープが張ってある。迷ったらテープの矢印通りに進めば出口にたどり着く。


 1時間くらい歩いて鳥居の前に来た。

 古びた鳥居がライトの明かりでボンヤリと暗闇に浮かび上がっている。

 少し休憩してから、俺は意を決して鳥居をくぐった。


  *


 視界が暗くなり、直後に明るくなった。

 俺は山道に立っていた。そこは緩い坂道で、道の両側には木や雑草が茂っている。

 ここは見覚えがあった。ここがどこで、いつ来たのかはっきりしないが、おぼろげに記憶がある。

 この場所を思いだそうとしているときに、草をかき分けて誰かが道を上がってきた。

 それは背の低いパンチパーマの男で、派手な銀色のジャンパーを着ていた。

 足早に近寄ってきて、黒い鞄を俺に押しつける。

「これを持っていろ」

 鞄はずっしりと重く、両手で受け取ったのに落としそうになる。

 その男の眉の上には古い傷があった。彼は振り返ることもなく坂を駆け上がっていった。

「何なんだ、これは。いったい、どういうことだ……」

 両手で抱えるくらいの大きさで、重さは10キロくらいだろうか。

「開けてみるかな」

 チャックに手をかけたとき、下手しもてから数人の男達が駆けてきた。

「おい、てめえ、その鞄をよこせ」

 そう言ってヤクザ風の男がバッグをもぎ取る。

「中を確認しろ」

 黒いスーツで決めた男が命令すると、手下らしき男が鞄のチャックを開けた。

 中にはビニール袋に包まれた札束。量から考えて1億円はあるだろうか。

 目を丸くして鞄を見つめていると、黒スーツの男が俺の胸ぐらをつかんだ。

「てめえはヒロシの仲間か?」

 サングラスの奥から鋭い目で俺を睨む。

「いえいえ、俺は関係ないです。さっきの男から鞄を押しつけられただけで、全く関係ありません」

 弁解しても聞く耳を持たないよう。

「お前らはヒロシを追いかけろ。俺はこの男を連れていく」

「へいっ」

 手下の3人はパンチパーマの男を追いかけていき、黒スーツの男は俺の手をねじって後ろに回った。

「いてて。痛いですよ」

「さっさと歩け」

 俺が苦痛を訴えても気にかけない。

 いったい、どういうことなんだ。俺はどうなるんだろう。

 山道を下りながら、自分の行く末を不安に思う。


 ふもとの駐車場に着くと、高級ミニバンがドーンと停まっていた。その狭い駐車場の奥には俺の軽自動車がぽつんと停車している。


「入れ」

 俺はミニバンの後部座席に押し込まれた。

「違うんですよ。俺は無関係なんです」

「ああ、そうかい」

 スーツの男は聞く耳を持たない。

 青くなりながら、しばらく待っていると3人の手下達がパンチパーマのヒロシを連れてきた。

「おい、ヒロシ。組の金を盗むとは、やってくれたなあ」

 ふらりとパンチパーマの前に立つスーツの男。言いようもないオーラを放っている。

「すんません、兄貴。出来心です。許してくだせえ」

 ヒロシは土下座した。

「それで、こいつは仲間か?」

 兄貴が俺を指さす。

「はい、そうです。俺とグルです」

「違うだろう!」

 平然と嘘をつくヒロシに、俺は大声で否定した。

「俺は関係ない。巻き込まれただけだ。無関係なんだあ!」

「うるせえんだよ」

 スーツの男は車に乗り込み、ガムテープで俺の口をふさぐ。さらに結束バンドで俺の両手を後ろ手に固定した。

 もがく俺は腹にパンチをくらい、痛さで動けなくなった。


  *


 鳥居の前で目が覚めた。

 薄暗い洞窟の中、腹に手をやるが痛くない。呼吸が荒く、冷や汗で全身が濡れていた。

「あれが俺の未来なのか……」

 とんでもないことに巻き込まれるのだなあ。まあ、未来は変えることができるのだから、その場所に行かなければ済むことさ。

 そうは思ったが、脳裏に1億円の札束が浮かぶ。

 あれが俺の物なら老後の生活は安泰だ。あくせく働くこともなく、ずっと遊びまくることができる。

 ムズムズと欲望が心にわき上がってきた。

 どうせ、ろくでもない方法で稼いだお金に違いない。俺がもらって正当に使えば、札束も喜ぶだろう。

 勝手な妄想がグルグルと頭の中を回った。

 俺にはタイムリープというチートな方法がある。この鳥居を使って完全犯罪をするのだ。そう思うと体中の血が騒いだ。若い頃の気力が戻ってきた感じ。

 あの1億円を横取りしてやる。俺は自分の未来のために決意した。


 山形のアパートに帰って、撮りためた写真のファイルを見た。

 例の場所は見た覚えがある。ということは、散策したときには写真を撮っているので、その画像があるはず。

 パソコンの画面で、スマホからアップロードしておいた写真を順番に見ていく。やがて、あの場所の写真を捜し当てた。


感想などよろしくお願いします。


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