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第三日目 1節「銀狼の望み」(ギルファス)(2)

  *   *   *


『宴』の繰り広げられる広場は、ぐるりを森で囲まれている。

 昨夜ギルファスらが奇襲作戦のために通った南側は本当に深い森で、中に入ってしまえば頭上も見えぬくらい木々が密集していたが、北側の森はそうでもなかった。こちらは、もし上空から見ることができれば、森というよりもこんもりと茂った木立が点在しているのだとすぐに見て取ることができるだろう。そして木立の隙間を縫うように、きらきらときらめく水面も見ることができる――そう、森の中央を、川が流れているのだ。

 その川の水はとても澄んでいて、ギルファスら少年たちにとっては格好の遊び場所である。水の中を覗き込めば、手で触れそうなところを魚が泳いでいる。ミンスター地区の人々にとって、貴重な飲み水や食料を運んできてくれる、生活に密接した重要な川だ。ガルシア国の搾取が一番厳しかった時期にも、ミンスター地区の人々の生活を文字通り支えてきた。一番辛い時期を餓死者を出さずに乗り切ることができたのは、正しくその川があったおかげだった。その名前にもミンスターの名がつけられているほどである。

 その川は『宴』の境界線としても重要な目印となっている。北側の岸に上がれば戦線離脱したと見なされ、即座に『戦死』が宣言される。しかし川の中はいくら通っても構わない。おまけに視界の利きにくい森の中を西から東へと流れている。これだけの条件が揃えば、広場中央の小高い丘とあわせて、『宴』の重要な拠点とされてもおかしくないはずなのだが、『宴』の長い歴史を紐解いてみても、この川を攻略して勝利をつかんだという事実はほとんど見られない。

 その理由は簡単だった。

 流れが急すぎるのである。

『宴』が繰り広げられる季節、平地では晴天が続くが、西にある山の上では雨天が続く。他の時期にはそれほど流れが急でないその川も、この時期には水かさを増している。敵の背後に回りこむのに打ってつけのルートではあったが、大人数の兵を運べる大きさの筏を浮かべるには川幅が足りず、おまけに曲がりくねりすぎている。危険を避けるために岸に上陸しようにも、南側には巨石が続き、水かさの増したこの時期には飛び移るには危険に過ぎ、比較的平らな北側に上がったら即座に『戦死』と見なされる。以前は何度か、ここを通ろうとした試みがあったようだが、そのあまりのリスクの多さにいつしか断念された。今ではこの川は、『宴』では単なる境界線としか見なされていない。

 だから、ここを通って行ったらどうかとの意見が出されたとき、はじめは相手にされなかった。

 

 

 夜はいつしか明け、銀狼隊は、最後の戦いに備えて朝食をとっていた。

 皆口数が少なかった。ラムズが黙りこくっているので、どうしてもそうなってしまうのだった。ラムズは銀狼隊の中では一番の年上で、口数が多いほうではなかったが、いつもどっしりと落ち着いていた。二年程前に銀狼を経験しており、ギルファスにとっては、とても頼りになる先輩だったのだ。

 そのラムズが黙りこくっていると、どうしても雰囲気が重くなってしまう。口数が少なくても、ラムズは銀狼隊の、貴重なムードメーカーだったのだ。こんな事態になって、初めて気づいた。

 ルーディや、いつもうるさいくらいに元気のよいマディルスまで、口をつぐんだまま練り粉を練っている。ギルファスも初めは何とか、場をほぐそうと口を開いたのだが、もともとギルファスは自分から場を盛り上げるのが得手ではなかった。話題は自然と宙に浮き、いつしか消えていってしまう。何度か試みたあとで、ギルファスは諦めた。もうこうなったら成り行きに任せるしかない。媛隊と一緒だったときは、まだしも雰囲気が明るかったのに。

 暗澹たる気持ちになっていても、若者であるギルファスの腹は執拗に朝食を要求する。

 しゃべるために口を使わないのだから、自然、食べるためだけに口を使うことになるわけで。

「――いい食べっぷりだな、相変わらず」

 いきなり頭上から声をかけられたとき、ギルファスは三つ目の練り粉を口に放り込んだところだった。口の中が一杯だったので返事もせずに見上げると、ゴードの晴れやかな顔が目に入る。ゴードは軽やかな動きでギルファスの隣に腰をおろした。総大将がこんな時にこんなところに何の用だ、と思ったとき、みんなが居心地悪そうに身じろぎしたのが見える。

 ゴードは銀狼隊の重苦しい雰囲気と、それをゴードに見られたことに対する後ろめたさとに気づいただろうが、何も言わなかった。

 持参してきたバスケットをひざに抱えて、中から取り出したのは……

「葡萄酒じゃないですか」

 口を開いたのはルーディだ。そうさ、とゴードは言って、瓶の蓋をきゅぽんと抜いた。ミンスター地区の葡萄酒は最高級との誉れが高く、ガルシア国では高い値段で売れる。ミンスター地区の重要な輸出品目となっているが、その分、地区の人々の手においそれと入るものではなかった。

「ミンスターの白だ。今日は『宴』の最後の日だからな。酔っ払うと困るから、一口ずつだが」

 言いながら、小さな器を取り出して、その薫り高い液体を少しずつ注いでくれる。ラムズ、ルーディ、マディルス、そしてギルファスの手に器が渡された。手の中の器から、いい香りが立ち上ってくる。

 子供の頃は、この液体を作るために、老人の話を聞きながら、葡萄を一粒一粒処理したものだ。

 自分の口に入ることがあるなんて、あの頃は考えもしなかった。

 ゴードはもう一つ器を取り出して、葡萄酒を満たすと、地面に――車座になった銀狼隊の中央に、置いた。そしてもう一つを満たして、目の前に掲げて見せる。

 地面に置かれた器は、ウィルフレッドのものだ。

 ゴードが何も言わなくても、銀狼隊全員がそれを悟った。地面の器を見るみんなの目の動きでそれがわかる。ギルファスも黙ったまま、地面の器を見つめる。

 ――『宴』が終わったら、ウィルフレッドに話してやろう。

 そしてその『宴』が終わるときは、もう間近に迫っている。

 全員揃ってこの器を受けることができなかったのが、ひどく残念だった。

「銀狼隊の昨日までの華々しい活躍に、西軍大将の、心からの感謝を」

 ゴードの声が、耳に染み入って来る。

「そして今日の活躍の前祝だ。――乾杯」

 唱和しなければと思っても、声が、出ない。

 全員が無言で、器を掲げた。

 口に含んだ『ミンスターの白』は、草原を渡る風のような味がした。

 

 器を干すと、自然と笑みが浮かんできた。ルーディと目が合うと、照れくさそうにニヤリと笑う。先ほどの重苦しい気分まで、葡萄酒と一緒に飲み下してしまったみたいだ。ゴードは酒の余韻を味わうようにしばらく黙っていたが、急に、がしっとギルファスの肩に手を置いた。決して大きくはないその手に似合わぬ力がこめられる。

「さて、銀狼隊に頼みがある」

 顔をあげるとゴードの真剣な視線にぶつかった。ゴードは一人一人の顔を真剣に見回して、言葉を継いだ。

「今日は総力戦になるだろう。昨日の活躍で西軍が弱冠有利にはなったが、東軍の陣取る館を落とすのはそう容易なことじゃない。三日目だからな、やつらも必死だろう。ガスタールを真っ向からねじ伏せるのは難しい」

 そうだろう? とゴードの目がギルファスを覗き込んだ。ギルファスは肯いた。その通り――グスタフをねじ伏せるのは、とても難しい。

「そこで、銀狼隊に頼みがある。我々が中央の丘を越えて進軍している隙に、やつらの度肝を抜いてほしいのさ」

 そういうと、ゴードはギルファスの肩を放して、持ってきていた石板を地面に置いた。白墨を用いて、その石板にいびつな楕円を描く。

「これが『宴』の舞台だ。東側に館があり、その周囲を森がぐるりと囲んでいる」

 かつかつと石板に音を立てて白墨が走る。楕円はもこもことした線で縁取られ、いびつなドーナツ状の絵が出来上がった。ゴードはあまり絵が上手くないが、作戦図に絵心は必要ない。

「このあたりに――とゴードは東よりの森に線を引いた――東軍の防衛線がある。これはかなり強固な防衛線で、我らが銀狼隊の夜襲以降に作られた。この防衛線を作るのに、東軍の兵力がかなりの割で当てられている。あの夜襲で、東軍は『勝つ戦』から『負けない戦』に切り替えなければならなかったのだと俺は思っている。西軍の急ごしらえの本部と違って、館は不落城と言ってもいい。森を抜けて背後に回られるのさえ警戒すれば、全滅するのだけは免れるからな。――いいか、東軍は、西軍攻撃に使える兵力を減らしてでも、警戒しなければならなくなったんだ。これは銀狼隊の手柄だ」

 ゴードは石板から顔をあげて、にっこりした。

「中央の広場にもかなりの兵力が集められているが、俺たちが総攻撃をかければ、館のすぐそばまで迫るのは簡単だろう。でも、館に逃げ込まれてしまえば容易には落とせなくなる。篭城戦になれば完全勝利は無理だろう」

「そうですね」

 ラムズが肯いた。

「東軍は時間切れになるまで持ちこたえればいいんですから」

「そうさ。そこで我らが銀狼隊の出番だ」

「待ってました!」

 マディルスが明るい声を上げて、笑いが起こった。ゴードがニヤリとする。

「そう、まさに『待ってました!』だ。銀狼隊に頼みたいのは、どんな手段を使ってもいい、どこを通ってもいいから、防衛線の向こう側に回って欲しいということなんだ。防衛線の向こう側に西軍兵士が出現したとなったら、東軍のやつらは慌てふためくだろう。館への入り口をふさがれるということだからな。要は挟み撃ちにされる、とやつらに錯覚させればいいんだ、それも一瞬でいい。一瞬だけもらえれば、あとは俺たちが何とかする」

「でも、どうやって……」

 呟いたのはルーディだ。ラムズも肯いた。

「防衛線は強固だって先ほどおっしゃいましたね。俺たちだけで抜けられるものでしょうか」

「抜けられなきゃ困るんだ」

 ゴードの目が、ギルファスを見据えた。

 ギルファスは、手にしたままの器を握り締めた。

 何とかしてくれ、とゴードは言った。どんな手段を使ってもいい、どこを通ってもいいから、と。大将はして欲しいことを示した、それを成し遂げるのはお前の仕事だと、ゴードの目が言っていた。ゴードにそんなことを言われたのは初めてだった。一から十までやり方を示され、それを忠実に実行するだけの段階は終わったのだ。一人前になるということは、そういうことだ。

 これで燃えずにいられるわけがない。

「わかりました」

 自分でも意識しないうちに、そう答えていた。戦いの前に、大将から、最高級の酒を振舞われた。それだけの仕事をしろということだ。ゴードの目が、微笑む。

「頼むぜ、銀狼」

 砕けた口調でそう言って、ゴードはギルファスの肩を叩いた。

 そして立ち上がりながら、地面に置かれたままの、ウィルフレッドの器を手に取る。

「草原の神よ、銀狼隊に――そして西軍に、ご加護を」

 ゴードの手で注がれた酒は、風に吹かれて、きらきら輝きながら草原に散った。


  *   *   *


 そして『川を下る』という、考えられる限りで一番有効な方法が採用されたわけである。

 その方法を言い出したのはルーディだ。ルーディは狩よりも、釣の得意な少年だった。森の中では圧倒的な機動力と野生の勘を発揮するギルファスだったが、川ではルーディの後をついていくことしかできない。ルーディの足の裏と手のひらには、何か特殊な仕掛けがしてあるのではないかと思うほどだった。濡れた巨石の上に無理な体勢で飛び乗っても、川に転げ落ちたところを見たことがない。

「西軍の本拠地を作ったときに木をたくさん切っただろう。あのあまりが川べりに放置してある。あれに乗って川を下ればいい」

「無茶言うなよ」

 マディルスが早速反論した。ギルファスは黙ったままルーディの主張について考えていた。マディルスは先ほどから、防衛線を強行突破するという主張を続けていたが、それよりは幾分現実味のありそうなルートであることは確かだ。しかしあの激しい急流を、丸太一本で下ることなどできるだろうか。

「ルーディはいつも俺を無鉄砲だの考えなしだの言うけどさ、丸太一本で下るって、それこそできるわけないだろ? 曲がりくねってて岩が張り出してて、あの急流にのって岩に激突したら大けがだ。下手すりゃ死ぬかもしれない」

「防衛線を真正面から突破するよりは現実的だろ」

 ルーディは主張を変えなかった。考えているギルファスの目から視線をそらさず、ゆっくりと冷静に、言葉をつむぐ。

「それに、ずっと水の中を通っていかなきゃいけないわけじゃないんだ。防衛線があるところだけ迂回すればいいんだから。川の中を進むのはわずかな距離でいいんだ」

「そこまで丸太をどうやって運ぶんだよ。あんな重いもの、四人で運べるわけが……」

「あのな。いくら重くたって、木は水につけたら浮くんだよ。丸太は浮かべて、ロープをつけて、防衛線のところまで運べばいいんだ。流れはあっち向きなんだから、俺たちは引っ張る必要もない。舵取りは俺がやる」

 ギルファスはルーディの目を見返した。射るようなルーディの視線が、目の中に食い込んでくる。

「……できるのか」

「できる」

 即答だった。ギルファスはルーディの目を見据え、にっと笑った。ルーディも、笑い返してくる。

「じゃあ、それで行こう」

「おい!」

 マディルスが声を上げる。ギルファスはそちらに視線を移した。

「川でのルーディは、他の誰より頼りになる。ルーディができるというのなら、できる」

 そして黙ったままのラムズに視線を移す。

 ラムズはギルファスの視線を受けて、迷うようなそぶりを見せた。

「……防衛線を正面突破してもさ、『戦死』と目付に叫ばれるだけで、本当に死ぬわけじゃない。でも、川を行ったら……本当に死ぬかもしれないよな」

「失敗すれば、それもありえる」

 ギルファスは肯いた。でもルーディの言葉を聞いていると、失敗するとは思えなかった。防衛線のある辺りは比較的直線の多い場所だ。曲がりくねりが少ないから、激突しそうな巨石もそう多くはない。その分流れは急だが、投げ縄を用意して木に引っ掛けるなりすれば、最悪の事態だけは避けられるだろう。

 ラムズはギルファスを見たまま一度首をかしげ、……そして肯いた。

「わかってるんなら大丈夫だ。それで行こう」

「俺わかんねぇよ」

 マディルスはブツブツ言っている。ギルファスはマディルスの目を捉えて、言った。

「でもそれしかないんだ。よく考えてみると、これしかない。正面突破するわけには行かないんだよ。だってさ、ゴードは、『防衛線の向こう側に出ることで、東軍の度肝を抜いて欲しい』って言ったんだ。正面突破したって度肝を抜くことにはならない」

「あ。……そーか」

「川越えしかないってことだよな」

「木の上を飛んでいくってのは……無理だし」

 マディルスは言って、苦笑した。そして立ち上がる。一つ肯いたところを見ると、肝が据わったのだろうか。

「それしかないなら、やるしかないよな」

「よし決まった!」

 ルーディが勢いよく立ち上がる。続けて立ち上がったギルファスの肩をつかんで、ルーディは晴れやかな声で言った。

「任せろよギルファス、お前を『宴』の歴史の中で、一番有名な銀狼にしてやるからな!」


  *   *   *


 四人の銀狼隊員たちが駆け出していくのを、ゴードは座り込んで、見ていた。

 彼の手にはまたしても、満たされた杯が握られている。

 彼の前には三人の少女と、一人の女性が座っていて、同じように器を手にしていた。少女の一人、シャティアーナが、ゴードの視線を追って、声を上げる。

「銀狼隊が出かけましたね」

「頼りになる銀狼だ」

 ゴードはそう言った。それは呟きに過ぎなかったが、シャティアーナには聞こえていたらしい。ゴードの鋭い目は、シャティアーナが一瞬、嬉しげに微笑むのを見逃さなかった。表情の変化に乏しいこの少女の微笑みは、雄弁な者が百の言を尽くすのよりも効果がある。ゴードは悟られぬよう胸のうちだけでこっそり微笑んで、傍らの女性、カーラに視線をやった。カーラも長い髪を風になびかせて、銀狼隊が森の向こう、川の方へ走っていくのを見ていた。ほつれ毛が顔にかかるのを手で抑えて、にっこりと笑う。

「川に行きましたねえ。果敢だわ」

「思い切りがいいな。少しくらい悩むかと思ったが」

「川に行けって言ったんですか?」

 口を開いたのはガートルードだ。ゴードは彼女に視線をやって、首を振った。

「いいや。自分たちで考えて動けって言ったのさ」

「……いいなあ」

 シャティアーナが呟く。頭のいい少女だとゴードは思った。ゴードがギルファスたちを、もう一人前の戦力だと認めたのだということを、敏感に察している。

 そう、ゴードとて、防衛線の向こうに出現するには川を使うしかないことはわかっていた。ギルファスたちが怖気づくのではないかという不安は確かにあった。人に言われてそれを遂行するよりも、自分たちで決めたことを実行するほうが何倍も勇気がいることを、ゴードはよく知っていた。

 ――俺は賭けに勝った。

 ゴードは満足だった。

「媛隊たちにも働いてもらわなければならない。羨ましいのは俺のほうだよ、シャティアーナ。俺は総大将だ。銀狼隊を助けてやりたくても、俺が自分で走っていくわけにはいかないからな」

 冗談めかした言い方だったが、三人の少女たちは一斉に居住まいを正した。緊張した顔を見回して、ゴードははるか昔、自分が彼女らと同じくらいの年齢だった頃のことを思い出した。あのころの総大将に、三日目の朝に、杯を渡されたときのことを。ちっぽけな杯が、手に食い込むほどに重く感じられたときのことを。

「銀狼隊が防衛線の向こうを越えるときが一番危険だ。見つかったら元も子もない。媛よ、わたしはまた、あなた方を、前線に送らねばならないが」

「媛としての特性をこんなに有効に使えた年は、珍しいのじゃないでしょうか」

 シャティアーナは晴れやかに笑った。頭のいい子だ、とゴードはもう一度思った。そう、媛を一番有効に使えるのは、囮という立場なのだ。媛を取れば銀狼を封じることができる。『宴』の戦況を左右することができる。だからこそ、媛の存在に敵の目は引き付けられる。

「杯を受けてくれるか」

「もちろんです。あなたが大将である年に、媛になることができたことは、わたしの生涯の誉れです」

 シャティアーナが器を持った手を掲げる。その腕は細かに震えていた。ミネルヴァとガートルードが、嬉しそうにそれにならう。

 自力脱出を宣言した媛でなければ、ここまで積極的に用いることはできなかっただろう。そう思ったが、ゴードは口に出さなかった。代わりに微笑んで、杯を掲げる。

 この子達は知っているだろうか。三日目の朝に、大将から杯を受けた媛隊なんて、『宴』の長い歴史の中でもごくわずか――そう、片手の指が余るほどしかいないのだということを。

 車座に座った彼らの前の地面には、二つの杯が置かれていた。どちらにも並々と葡萄酒が注がれている。

「乾杯」

 ゴードの声が響く。

 誇らしげに唱和し、杯を傾けながら、アイナ、とカーラは胸のうちだけで呟いた。

 これは草原に流さずに、あなたのために取っておくから。

 ――あなたが帰ってきたときのために。

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