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第二日目 2節「戦死」(ギルファス)

 ギルファスは、一人で、夜の森を歩いていた。

 時刻は夜の三時。夜明けにはまだほど遠い時間である。夜露にぬれた足元の草を踏みしめる。冷えた夜気が肺の中に滑り込んできて、ようやく少しずつ、まどろんでいた頭が冴えていくのを感じていた。

 彼が目指しているのは、昼間占領したばかりの、小高い丘である。そこここに西軍の見張りが焚くかがり火が見え、闇の中にぽつぽつとオレンジ色の彩りが散らばる。頭上には満天の星。今日もいい天気になりそうだ。

 ――夜中に、誰か、あの小屋を出て行っただろうか。

 ギルファスの脳裏を占めているのは、今はそのことだけだった。

 注意しようと思っていたのに、つい熟睡してしまった。俺はグスタフにはなれないな、とそんなことを思う。

 木立を抜けると、正面に丘が見えた。あそこには昼間よりもたくさんの、白い旗が立てられていて、見張りも多い。かがり火が盛大に焚かれていて、闇に浮かび上がるそのさまは、なにやら幻想的な雰囲気を醸していた。

 あそこには、ゴードがいる。

 そして、この時間には、各隊の隊長も集っているはずだ。シャティアーナもやってくるだろう。いや、もう来ているだろうか。

 ギルファスの足取りは、重かった。

 気をつけるつもりだったのに。気をつけろといわれていたのに。気合が足りぬと言われるだろうか。

 萎えそうになる足を励まして、ギルファスは足早に、小高い丘に続く緩やかな斜面を登り始めた。

「あ、来た!」

 いくらも上らぬうちに、丘の上の人影が手を振った。シャティアーナの声。ここからではかがり火に後ろから照らされた、シルエットにしか見えない。彼女は今、長い髪を解いて背に垂らしているようだ。彼女の輪郭を、オレンジ色の光がくまどっている。ギルファスはいっそう足を速めた。みんなそろっているらしい。

「きたか。早く起こして悪かったな」

 ゴードの落ち着いた声も聞こえる。ギルファスたち銀狼隊の受け持ち時間までは、あと一時間ある。彼は眠っている仲間を起こさぬように、そっと小屋を抜け出してきたのだった。

 みんなと一緒にこなかったのは、無論、スパイを警戒してのことである。

「遅くなりました」

 ようやく頂上にたどり着くと、そこは赤々と、かがり火に照らし出されていた。丘の頂上をぐるりと囲む形で、大きな焚き火がいくつも焚かれている。火が燃え移らぬよう程よく離れた場所に、旗が均等の間隔を保って立てられている。光の中に入っていくと、西軍の主だったもののほとんどが、そこに勢ぞろいしているのが見て取れた。見張りたちも一様に緊張の面持ちで、その集まりを遠巻きに見つめている。

「全員揃ったな。……それじゃ作戦会議だ」

 ゴードは一同を見回し、草の上に敷いた防水布の上に、腰を下ろすよう促した。ぴんと張り詰めた空気が、丘の上に満ちている。

 ギルファスとシャティアーナ、そして各隊の隊長という、この作戦会議のメンバーが腰をおろすや、ゴードはまず周囲を取り囲む見張りたちに向けて、いつもと変わらぬ穏やかな口調でいった。

「これより夜明けまで、君たちはこの丘から降りることを許されない。すまないが、理解してもらえるね」

「はい、大将」

 見張り隊のまとめ役が、代表して口を開いた。

「心得てます。俺たちの中にスパイはいない。我々はあなた方を敵の襲撃から守るため、夜明けがくるまで、一人たりとも欠けずにここにとどまるでしょう」

「よし」

 ゴードは満足そうに、にっこりした。ギルファスは見張りたちを見回した。彼らの大半は、ギルファスと同年代の若者たちである。彼らには、この会議での発言権はない。なんだか不思議な気がする。去年は、ギルファスは彼らと同じ、秘密の作戦会議を外から見守る立場にいたのだ。

 銀狼という肩書きだけで、こんなにも立場が違ってしまう。昨年と比べ、それほど成長したようにも思えないのに。

「それじゃはじめよう」

 ゴードの言葉は簡潔だった。彼は細いが貧弱ではないその身を、布の上にどっかりと下ろし、一同を見回した。

「まず、悪い知らせがある。先ほど届いたばかりの知らせだ。――ルーカが『戦死』した」

「……なんですって」

 食糧補給隊隊長、ドーラが、真っ先に声をあげた。ゴードが軽く手をあげて、彼女を制する。

「一日目は生き延びたらしい。真夜中を過ぎた時点で、見つかった。彼女に『戦死』を宣言したのは、東軍大将ガスタール」

「ガスタールが!」

 そこここで、息を飲む声があがった。周囲を取り囲んでいる見張りたちも、お互いの顔を見合わせて、感嘆の呟きをもらしている。

「華々しい最期と言えるだろう。問題なのは……彼女が最期にいた場所に、ガスタールとグスタフ、そしてエルリカがいたことだ」

「……エルリカが?」

 カーラが呟きをもらす。カーラは副将であるが、彼女の本職は伝令隊である。伝令隊の有望な一人、エルリカの名を聞いて、思い当たることがあったのだろう。きりりと整った眉を上げた彼女に、ゴードはうなずいた。

「真夜中に、ガスタールとグスタフ、そしてエルリカが集まっていた。ルーカはそこに居合わせ、見つかったらしい。西軍スパイの名を探ろうとしたのかもしれない。それには失敗したとはいえ、この情報はありがたい」

「西軍スパイとの連絡役は、エルリカというわけね」

「だろうな。皆、明日の戦いでエルリカを見かけたら、彼女の動きに注意することだ。それによって西軍スパイを割り出せるかもしれない。特に銀狼、媛は目を光らせておいてくれ」

「わかりました」

 シャティアーナがはきはきと答えた。ギルファスも、どこかにひっかかりを感じながら、同じように返事をする。ひっかかるのは、仲間に目を光らせなければならないということ。それは理屈ではなく、純粋に厭なことだった。シャティアーナは、特に厭なこととも思っていないのだろうか……

 かがり火に照らされた、許婚の美しい横顔を盗み見る。彼女の端正な顔立ちからは、何の表情も読み取れない。

「で……アイナは?」

 カーラが抑えた声で言った。ギルファスは顔をあげた。そうだ。ルーカと共にいたはずの、アイミネアは……今、どうしているのだろう?

「わからない。『戦死』したという情報は入っていない。アイナのことだ、何とか逃げ延びているだろう」

「あの子に何とか連絡を取れればいいんだけど。今ごろは西軍スパイの名をつかんでいるかもしれないしねえ」

 カーラの言葉には、アイミネアに対する純粋な誇りと、信頼がこもっている。アイミネアに聞かせてやりたいな、とギルファスは思った。カーラに心酔しているアイミネアがこの言葉を聞いたら、どんなに喜ぶことだろう。

「『宴』はまだ二日ある。そのうち彼女を助け出す算段もできるだろう。……さて、時間がない。本題に入るぞ」

 ゴードは再び一堂を見回し、笑みを見せた。

「この早い時間に緊急に集まってもらったのは、夜襲の計画を実行に移すためだ」

「……!」

 周囲を取り巻く見張りたちに衝撃が走る。会議に参加しているものたちは、単に居住まいを正しただけだった。寝る前に、夜襲をかける話は聞いている。ただ、それが今夜なのか、明日の夜なのかは知らされていなかった。ゴードが東軍にもぐりこんでいるスパイから、敵の見張りの配置を聞くことができたら、という話になっていた。

 先ほどルーカ戦死の知らせを持ってきた伝令隊が、その情報を伝えたのだろう。スパイがくじ引きで決められるのなら、今年はずいぶん有能な人物にあたったようだ。

「大声を立てるなよ。東軍に悟られるわけには行かないからな」

 ゴードは見張りたちにそう釘をさし、カーラを促した。何もかも心得た副将は、物入れから石盤を取り出した。石盤の黒ずんだ表面には、白墨で地図が描いてある。カーラはそれを一同の前に見せつつ、説明をはじめた。

「スパイからの情報を元に、地図作成隊隊長の協力を得て、この図を作りました。地図をお渡しするわけには行きません。この図をよく覚えてください。皆さんが見終えたらこれも消しますから、そのつもりで。

 これが、今夜の東軍の見張りがいる配置です」

 地図には、館を頂点にした、簡単な半円が描かれていた。ところどころに丸印とバツ印が記されている。

「丸がかがり火の位置、バツが見張りの位置です。お分かりのとおり、かがり火のない暗い場所にも、いくつかのバツ印があります。南側と北側の森の中に特に集中しています。夜襲の本隊が動き出す前に、この見張りを無力化する必要があります」

「先発隊を出すことになるが……ギルファス、シャティアーナ」

 ゴードは座ったまま体を少しずらし、こちらをまっすぐに見つめた。ギルファスは、背筋を伸ばす。

「先発隊に加わって欲しいのだが。いいかね?」

「……」

 ギルファスはぽかんとした。銀狼隊は、わかる。媛が脱出した以上、銀狼を阻むものはもうなにもない。しかしシャティアーナまで?

 彼が戸惑っているうちに、同じく背筋を伸ばしたシャティアーナが、うなずいていた。

「はい。作戦に加えていただき、光栄です」

「よし」

 ゴードは満足そうにうなずき、促すようにこちらを見る。ギルファスは、咳払いをして、のどのつかえをとろうとした。

「銀狼隊は、了解しました。しかし媛隊がなぜ……」

「作戦的に有効だからさ」

 答えは簡潔だった。ゴードはギルファスを見つめ、微笑んだ。

「銀狼隊は北から、媛隊は南から、それぞれ回ってもらう。両方が同時に戦死することはまずないだろう。ギルファス、敵の見張りになった気持ちで考えてみろ。目の前に、昼間脱出したばかりの媛隊が再び姿を見せたら、お前はどう思う?」

「……夢だろうか、と思う」

 周りにいた人々が、吹き出した。くすくすと忍び笑いがもれ、雰囲気が柔くなる。ゴードも苦笑した。

「ま、そうだろうな。で、それから?」

「それから……」

 ギルファスは眉をしかめて考え込んだ。去年、夜中に見張りについたときのことを思い出す。夜、森の中。かがり火は遠く、視界は闇に閉ざされている。あのとき、もし敵の媛がいきなり目の前に現れたら。俺はどう思うだろう?

 驚いて、それから。

 それから……

「媛がなぜこんなところにいるのかと考えて、何か裏があるのじゃないかと疑う……」

「例え遭遇したのが少数でも。後ろに本隊がいるだろうと考える」

 ゴードが後を引き継ぎ、うなずいた。

「まあ、とっさにそこまで考えはしないだろうが。たとえ見張りを倒す前に気づかれても、東軍に、本隊のルートを錯覚させることはできる。銀狼も同様だろうな」

「そうすることで、スパイを抑えることもできる」

 カーラが口をはさんだ。

「銀狼隊か媛隊のどちらかに、スパイがいることは疑いない。先発隊にスパイを組み入れておけば、少数だから一人で抜け出したら目立つし、わざと騒いで東軍の注意を引いたとしても。本隊のルートを錯覚させるという目的は果たせる」

「問題は、あと一人のスパイがどこにいるかということだな。まさか二人とも銀狼隊か媛隊にいることはないだろうが……」

「それはないでしょう。可能性はゼロとは言えないけれど、今の時点ではその考えは排除してもいいと思うわ」

「そうだな。各隊の隊長は、くれぐれも隊員に目を配って、敵に夜襲を知らせる隙を作らぬようにしてくれ。特にギルファス、シャティアーナ。今度の作戦では、スパイを絞り込むチャンスでもある。頼むぞ」

「はい」

 シャティアーナが答え、ギルファスも釈然としないままに了解の意を示した。いつのまにか、媛隊が先発の一翼を担うことが決定してしまっている。ゴードはどういうつもりなのだろう、とギルファスは思う。媛を再び危地に赴かせては、自力脱出の意味がないではないか。媛が無事でいてくれると思うからこそ、銀狼は思う存分力を揮えるというのに。

「よし。それでは、先発隊の出発は午前四時とする。あと半時というところか。皆戻って、準備を整えてくれ」

 ゴードはそう締めくくり、解散、と言った。集まっていた人々が立ち上がり、それぞれささやき交わしながら、丘を下っていく。

 ギルファスが思い切れずにとどまっていると、ゴードがにやりとした。

「何か言いたそうだな、ギルファス?」

「いえ……」

 言いよどんでいるのを察したカーラが、とどまっていたシャティアーナを促して、先に丘を降りていく。二人が十分に遠ざかるのを待ってから、ゴードが言った。

「俺の考えが不満か? 媛を生き延びさせるのを一番に考えないことが」

 まるで本物の銀狼のようだな、とゴードは笑った。ギルファスはうろたえた。ゴードの声は低かったので、見張りたちに聞かれたとは思えないが、それでも顔が赤くなるのを自覚する。そうなのだろうか、と彼は自問した。シャティアーナの無事を一番に考えていないことが、俺は不満なのだろうか。

 そうかもしれない。シャティアーナに危険なことをして欲しくない。『宴』は本物の戦争ではないとはいえ、怪我をすることはありえる。ましてやこの暗闇の中だ。相手が手加減できるとは限らないではないか?

「まだ時間がある。少し歩こう」

 ゴードはそう言い、立ち上がって、身振りでギルファスを促した。ギルファスも素直に立ち上がった。ここで見張りの耳を気にしてひそひそと話すよりは、まったく二人きりのほうがいろいろと聞きやすい。

 連れだって丘を降りるうち、ギルファスは、自分の身長がゴードに追いつきそうになっていることに唐突に気づいた。ゴードは、その豪胆な内面とは裏腹に、それほど体格は良くない。ガスタールに比べると色素も薄いし、背もそれほど高くない。筋肉のつき方も、よく見ると引き締まり、無駄な肉の一切ないことはわかるが、隆々としているとはお世辞にもいえない。ずっと尊敬してきたミンスターの英雄に、体格で追いつきそうになっているという事実は、ギルファスには一瞬たじろぐほどの衝撃だった。

 ガスタールと、ゴードは、幼いころからの親友だという。

 ゴードは、ガスタールと、敵味方に分かれる『宴』を何度も経験してきたことだろう。

 この偉大な男も、今のギルファスのような感情を持ったことがあるのだろうか。親友に少しでも認められるようになりたいと、身を焼くような焦燥を抱いたことがあるだろうか。

「シャティは自分を責めてる」

 ゴードが囁くように言い、ギルファスは我に返った。暗闇の中で顔をあげる。月明かりに照らされてはいたが、かがり火の明かりに慣れていた目には、彼の表情まではほとんど読めない。

「ルーカとアイナを置いてきたのを後悔してる。仕方ないことだったと言ってやるのは簡単だが、納得はするまいな。自力脱出を主張したのが自分だっただけに、なおさら」

「でも……」

 ギルファスは言いよどんだ。シャティアーナが自分を責めてる? 彼はまったく気づかなかった。シャティアーナの様子はいつもどおりで、内心の動揺はまったく窺えなかった。

「わからなかったか。あの子も意地っ張りだからな。特に……」

 ゴードは何か言いかけ、虚空をにらんだ。まるで誰かにたしなめられでもしたかのように、肩をすくめる。

「……まあ、いい。とにかく、これだけは覚えておけよ。シャティアーナも一人の人間なんだ。お前の許婚としてだけのために存在しているわけじゃない、自分の足で立ちたいと願う、一人の若者なんだよ」

「それはわかっています」

 いまさら何を言うんだと、ギルファスはあっけにとられた。シャティアーナも一人の人間なんだ。そんなこと、当たり前じゃないか?

 しかしゴードは、暗闇の中で、きっぱりと首を振った。

「お前はシャティアーナの気持ちになって考えてみたことがあるか? 彼女は女性だというだけで、無条件にその能力を認めてもらえない立場にいる。『宴』における媛の立場を見ればわかるだろう。『宴』において、媛は、銀狼の足かせでしかない」

「そんなことは……」

「ないか? お前はさっき何といった? 銀狼隊が危地に赴くのは承諾するが、なぜ媛隊までそのような危ない目にあわせなければならないのかと言わなかったか」

 ギルファスは口を閉じて、脳裏を探った。そう……深く考えてみるまでもなく、そう思って、実際に口に出したことを思い出す。

「男ならみんなそう思うだろうな。そう思うことは罪じゃない。好きな女性に、安全な場所で、自分の帰りを待っていて欲しいと思うのは当然だ。しかしそれでは、シャティは、自分の失態を取り戻すチャンスが与えられないことになる」

 ゴードは足をとめ、こちらをくるりと振り返った。自分とそう変わらぬ高さのところに、ゴードの真剣な顔があった。闇にだいぶ慣れてきた目には、ゴードが射抜くようにこちらを見据えるその目の輝きまで見て取ることができた。

「『戦死』してもいいんだよ、ギルファス」

 言った声は、優しかった。

「俺は自分が銀狼になったときから、疑問に思っていた。なぜ銀狼と媛が『戦死』した時点で、『宴』が終了するのか。おかしな設定だと思わないか。両軍の兵の大半が生き残っている状態でも、強制的に敗北が決定する。……五十年前の戦いだったら、銀狼と媛が死んだからといって何だと言うんだ? あのときミンスターが負けたのは、銀狼と媛が死んだからじゃない。国民の大半が殺されたからだ。未だに俺たちがこんな境遇にいなきゃいけないのは、断じて銀狼のせいじゃない」

 話す間に、ゴードの視線はギルファスの目から離れ、遠くをさまよい始めていた。それにつれて口調が熱っぽくなっていく。視線は今、東のほうに向けられている。ガスタールのいる東軍陣地を見つめているのだろうか、とギルファスは思った。それとも、東のもっと向こうにある、未だにミンスターを占領している大国の首都に向けられているのだろうか。

「だから、『戦死』しても俺は責めない。この夜襲で銀狼と媛が同時に戦死しても、それで東軍を叩きのめすことができるなら、そして俺の兵たちが生き延びることができるなら。俺にとっては勝ち戦だ。それに……」

 ゴードの口調に、笑みが混じる。ギルファスはまるで魅入られたかのように、ゴードの口元だけを見つめている。

「それに、シャティには悪いが。俺は別に彼女にチャンスをやろうとして、先発隊に加えたわけじゃない。さっき言ったとおり、それが戦術的に一番有効だと思ったからさ」

「それは……」

 ギルファスは、金縛りにあっていたかのような硬直状態から抜け出して、囁いていた。自分でも意識しない間に、口が勝手に言葉をつむぐ。

「……『宴』ではなく、本当の戦いで、勝つ方法を探っているということですか」

 ゴードは、沈黙した。

 月明かりに、彼の薄い唇がゆがむ。

「本当に戦いを起こそうとしているわけじゃない」

 数瞬の沈黙の後、抑えた声が聞こえてきた。

「ただ……そうだな。ミンスターが、もう少し良い立場を手に入れるためなら、俺は何でもするだろう」

 その声は、抑えられてはいたものの、ゴードの激しい心情を、確かに隠していた。

 

 広場の両脇、『宴』の繰り広げられる場所をぐるりと取り囲んだ森の中から、行く筋かの煙がたなびいているのが見える。森の中に点在する、両軍の見張りが焚く、焚き火の煙だろう。

 風のない夜、ゆらゆらと立ち上るその煙の筋は、二色の月光に照らされて、何か夢の中の風景のように、美しく見えた。

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