7. オレはロリコンじゃねえっていってるだろ!
ロリコン無罪。結局、オレは不起訴処分となって釈放された。前科がつかなかったことにホッとする。もとより失うものなんてなにもなかったけど。
出てきたオレを出迎えたのは両親と兄、それと姪だった。三年ぶりの姪は大きくなっていた。今は中学生だろうか。兄嫁の姿はない。まあそれはそうだろう。あれだけオレのことを警戒していて、さらに今回はロリコン逮捕だ。
両親たちもこんなオレを迎えにくるなんて嫌だったろうな。それだけにここに姪がいることが意外だった。
「……この度はご迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした」
四人に向けて大きく頭を下げた。何を言われるかと思ったが気まずい沈黙があるだけだった。それは無視されているのとは違った沈黙だった。
「お兄ちゃん、あの……」
最初に声をかけてきたのは姪だった。
「大丈夫だった?」
「ああ、うん、大丈夫。というか、こっちが迷惑かけて本当に申し訳ない」
「ちがうの……」
最初から暗く沈んだ表情だったが、今度は目尻にじわりと涙を浮かべ始めた。
「ごめんなさい、本当に……」
どうして謝るんだろうか。
「あのときのことずっと謝れなくて。お兄ちゃんは何もしてないのに、全部、お母さん仕業だった」
場所を移して話を聞いた。
衝撃の事実。あの糾弾の場で見せられた本やAVはすべて兄嫁の仕業だったらしい。だろうなあという感想しか出てこない。
今回の件で警察から連絡がいくと、兄嫁が「ほら見たことか」と散々オレの悪口を言い始めたらしい。それまで言えずにいた姪は溜め込んでいたものを爆発させたそうだ。
「わたし、見てたの。お母さんがお兄ちゃんの部屋に忍び込んでるとこも。全部」
そういえば、あのとき―――姪が泣き出したとき。顔を真っ赤にしながらなにかを必死に話そうとしていた。
あの場で唯一味方してくれようとしていた。怖い顔をした大人たちに必死に訴えようとしていたのだろう。 だけど、まだ小さかった姪はそれをちゃんと説明することができなかった。
「いまさらだって思うだろうけど、あのとき何もできなくて、本当にごめんなさい」
顔を真っ赤にして泣きながら話す姪の横で、両親や兄は気まずそうにしていた。いろいろ思うことはあるけれど、不思議なほど怒りは湧いてこなかった。
どうして兄嫁にあそこまで目の敵にされたのかはわからない。もしかしたら、姪と仲良くしているところを見て色々考えたのだろう。母親だったら色々心配するだろうからね。ちょっと娘を思う心が強すぎただけなんだ。
それから、両親や兄からも謝られた。
兄嫁とは離婚の話もでているらしい。姪のことも考えて兄に考え直さないかと言ったが、彼女の心は完全に母親から離れているらしい。
「もうあんな人を母親なんて思えない」
あのときのことはずっと心に影を落としていたのだろう。兄が何かをいいかけるが、娘の苦しそうな顔を見て結局黙った。結局、誰も幸せになれない結果に終わってしまった。
アパートに戻ってからのオレは忙しい日々を送っていた。動画投稿や生放送もやめてバイトの面接もいくつか受けてきた。オレは何も成し遂げていない。勘違いしてはいけないと自分を戒めていた。今日は区切りの意味をこめて最後の放送を始める。
配信画面にはたくさんのコメントが流れている。ひさしぶりだというのに物好きは残っていた。
警察につかまった後の経緯を話したりしている間にも好き勝手にコメントをしてくる。
『え、なにそれ、マヌケすぎるだろ』
マヌケとか言うな。感動的だろ。ニートから犯罪者を経て立ち直っていくストーリーだ。
「放送もやめるからな。ここまで聞いてくれてありがとよ」
引越しの準備も進めている。気持ちを切り替えるつもりでこのアパートから離れるつもりだ。何かから逃げるのは得意なんだ。
『ふーん、わかった。じゃあまた明日な』
『やめるっていってるやつ絶対やめない説』
絶対にやめる。決めたのだ。ここからオレの第一歩が始まる。最後に「じゃあな」と締めようとしたところでチャイムがなった。
『はよいってこい』とコメントが流れ、しまらねー最後だななんて思いながら玄関のドアを開けた。今度は誰だ。ヤーさんでも警察でもなんでもきやがれ。
「お兄さん、会いにきたよ」
ヒナ……!?
早すぎる。こんなに積極的な子だったっけ。
施設から許可は出たのかと聞くがヒナは首を横に振る。
「だって、今いかないとこのままいなくなるような気がしたんだもん」
このまま玄関前で押し問答するわけにも行かず部屋の中にあがらせる。ヒナの声をマイクが拾うと、途端にコメントが一気に増える。
『ヒナちゃんキターーー』
『お、また逮捕か?』
『やっぱりどうあがいてもロリコン』
「オレはロリコンじゃねえっていってるだろ! もう放送閉じるからな」
『ちょっと待て! ヒナちゃんの声もっと』
『いいのか? 今放送やめたらオレ達が解き放たれるぞ』
『ロリコニア帝国バンザイ!!』
やかましい! マイクを切ってさっさと放送画面も閉じた。
施設に連絡するときは頭の中でパトカーのサイレンの音が再生していた。また捕まったら今度こそ家族に愛想つかされるだろう。オレは身の潔白を必死に訴えた。
だけど、思いのほか応対する職員の声は柔らかかった。
『子供というのは本当に困ったときほど頼れそうな大人についていくものですよ』
それからもヒナとは何度も関わっていった。姪っ子ともときどき連絡もとり相談を聞いた。
そんな二人が鉢合わせしたときのことなど、それはまた別の話。