6. 声が枯れるまで叫んだって誰にも届かない
オレはこれからナニをされるのだろうか。そこはお世辞にも衛生的とは言えないが趣のある部屋だった。入ってきた三人の男がオレを囲んでじっと見つめてくる。
見知らぬ場所で知らない人間たちに見つめられる状況にストレスはどんどん上がっていく。時間経過と共に増す圧迫感にオレは思わず口を割ってしまう。
「21歳、無職。趣味はネットサーフィンと掲示板でのレスバです」
言ってしまった。恥ずかしい。
机を挟んで座っている警官がオレのいうことをメモしている。質問してくるのは目の前の警官が担当のようで、残り二人は部屋の隅の長いすに座って傍観していた。
二人はぼそぼそと何かをしゃべっている。ときおりこちらに向けられる視線に好意的なものではなかった。
「動画投稿者でしたっけ。自宅に連れ込んだ女の子の動画でもうけてたらしいですね」
「押収したパソコンにも証拠が大量に残っていた。未成年略取は確定だろう」
「監禁にはならないんですか?」
「踏み込んだとき、鍵がかかっていなかったんだよ。逃げようと思えば逃げられた。そのせいで複雑になっている。女の子の方はカウンセラー同席で聞き取りしてるけどな、“お兄さんは悪くない”って頑なに言っている」
「よくあるらしいですね。こういう事件では洗脳状態になって正常な判断ができなくなるって。聞けば、体中に傷痕もあったらしいじゃないですか。あんな男、さっさと死刑台おくりにすればいいんだ。初犯だからって罪が軽くなるなんて甘いんですよ」
たぶん聞こえるようにわざと言っているんだろう。顔を向けてカッと目に力をこめてみるが、オレの視線は無視された。
なんだかとてもなつかしくなった。嘲り、ののしり、冷ややかな視線。誰も味方してくれる人間なんていない。まったくもって最低だけれど、元の場所に戻ってきただけだ。
「ねえ、お巡りさん」
取調べ担当の警官がこちらを見てくる。
「オレってロリコンなんですかね?」
こいつ何言ってんだという感情が顔全体にでている。その視線を無視して話を続ける。少し思い出話をしよう。
「家でも言われたんですよ、ロリコンって。家族みんなから」
いまじゃ一人暮らしでニートしているが、それまでは家族との仲は円満だった。
うちは四人家族で年の離れた兄がいた。ある日見知らぬお姉さんを連れてきて結婚すると報告してきた。さすがオレの兄ちゃんと驚き両親も喜んだ。
兄夫婦の仲は順調で子供も生まれた。びっくりするぐらいかわいい女の子だった。兄夫婦が忙しいときなどは預けにくることがあって、小さい頃から世話をすることもあった。よくなついてくれて可愛がっていたつもりだった。
だけどある休みの日、帰ってくるとリビングに家族がみんな揃って待っていた。ぴりぴりした雰囲気で何かあったのかと思ったら、リビングのテーブルに並べられていたものに視線が向く。
『弟君の部屋を掃除していたら見つけた』
そういって兄嫁がこちらをにらみつけたあと、テーブルの上のものを指差した。それはいわゆる幼い子が好きな人向けの雑誌やAVだった。
『前からあやしいと思っていたのよ。こんな物を持っているひとと娘を会わせるなんてできない』
見に覚えのないものばかりだった。だけどいくら説明しても『変態、ロリコン、犯罪者!』と怒鳴られるだけだった。
兄や両親に助けをもとめたが返ってきたのは冷ややかな視線だけだった。兄嫁の言うことをすべて信じて、こちらの言い分には一切取り合わなかった。
『ちがう……。聞いてくれよ、ちゃんとオレの言うことを』
心臓が変な感じでばくばくと脈打ち、ひざががくがくと揺れだした。さまよう視線は家族の上を行ったり来たりして、最後に姪の方にむいた。視線が合うと、姪は火がついたように泣き出した。それが決定的となった。
それから一週間、家族との会話は一切なかった。部屋に引きこもっていると、金を渡されて家から出て行くように言われた
それから何もする気が起きず、高校は中退。自堕落なニート生活を送るようになった。
それまでだまっていた警官は一言
「それは今回の事件に関係あるのかね?」
あるわけないから話したんだよ。なんとかして身の潔白を証明しようとしたが材料がまるでない。
ふと思い出したのは配信チャンネルの連中だ。もしかしてあいつらのことも調べられたのだろうか。あいつらの反応を想像すると愉快な気分になれた。そうだ、あいつらにそそのかされたと言えば罪が軽くなるかもしれない。
そんな思い付きに水を差したのは隣室からの騒ぎ声だった。こんなとこでも隣室の騒音にまた悩まされるのか。そう思っていたら聞こえてきたのは意外な声だった。
「お兄さんはどこ!」
ヒナ……? 保護されたとは聞いていたけどまさか隣の部屋かよ。
足音が近づいてくる。ロリっ子の高い声とそれをなだめようとする複数の大人の低い声がドア越しに聞こえてくる。何してんだよ、あいつ。
「みんな、うそつき! お兄さんに会わせてよ!」
あんなにいい子だったヒナがわがままを言っている。ドアノブががちゃがちゃと激しくまわされる。だがあいにく鍵がかかっていた。
「あなたは何も悪くない。騙されていただけなのよ。もう怖がらなくていいから」
大勢の大人たちが必死に一人の子供を止めようとしている。
「だれもきづいてくれなかったくせに、お兄さんだけが助けてくれた!」
ヒナが必死に叫んでいた。そんな声だして、あんま無茶すんなよ。だけど、その声が無性にうれしかった。
『お兄さんはどうして優しくしてくれるの?』と聞かれたことがあった。そのときは答えなかったけれど、ヒナを助けた理由は単純なものだ。
誰か、そばにいてほしかった。ただそれだけ。
でもその相手はヒナみたいに家庭に問題のある傷ついた子じゃないとだめだった。そのほうが離れていく不安がないから。最初に見た瞬間に、『この子ならいける』と直感で思った。
それはヒナの方も一緒だったのかもしれない。オレみたいにニートのダメ人間じゃないといけなかった。
なおも部屋の外ではヒナが必死になって抵抗している。
どんと心の内に迫ってくる何かがあった。衝動という名前でオレを急き立てるもの。それは親愛とか友情なんてきれいなものじゃない。
「くくっ、あははははは」
どうしようもなかった。急に笑い出したオレを刑事たちがおかしな顔で見てくる。ほんとに、おかしいよな。
あれだけ動画投稿にこだわっていたが、実際のところそこまで情熱があったわけじゃない。結局、自己顕示欲を満たすための手段でしかなかった。
もっと言ってしまえば、自己顕示欲さえ満たせられれば別に動画を投稿なんかしなくたっていい。
ああ、そうだ。オレがほしかったもの。
それは、自分が作り上げた閉じた世界では決して生まれないもの。
オレという人間を知って、オレという存在を認めてくれるたった一人。
「ねえお巡りさん、もうちょっと話きいてもらえますか?」
それから、オレは何度も同じ話をした。ヒナの両親のことや、あいつらがヒナにしていたこと。ヒナについて知っていることを全部。
事情聴取が一段落ついたころ、警官に別の部屋に連れて行かれた。
入った先はオレのいた部屋とはだいぶ違っている。やわらかそうなソファもあったし、そこにはヒナが座っていた。チラリとこちらに視線を向けるだけで何もいってこない。
「あー、隣いいか?」
返事はない。暴れて仕方がないからとここに連れてこられたのだが、ヒナはうつむいたままじっとしている。
どうするか迷ったけれど、監視の警官の視線をチラチラと気にしながら腰を下ろした。
何を言われるのだろう。ヒナの両親のことを黙っていたことか。それともさっさと警察にヒナのことを知らせなかったことか。様々な考えが交錯するが答えはでない。
「ヒナ、いろいろ黙っててごめんな」
結局言えたのはそれだけ。気まずくて離れようとすると、小さな手がのばされた。手の先ではヒナが泣きそうな顔をしていた。突き放すこともできなくて、浮かせかけた腰をすぐ隣に下ろした。
「……パパとママ、もう帰ってこないんだよね」
「そうだな」
それからいろいろな話をした。これまで我慢していたようにヒナはたくさんしゃべりたがった。
「お兄さんはパパとママのことは好き?」
「オレは……あんまり」
「お兄さんは友達いる?」
「学校に行ってた頃はいた、かな。今はいないよ」
「学校いいなぁ。ずっとね、友達がほしかったんだ」
横目で見るヒナは何かを期待している顔でこっちを見ている。どんな返事を待っているのか丸分かりだった。この子にもこういったずる賢さもあるんだなと初めて知った。
「あー、じゃあ、オレとなるか? 友達に」
「うんっ! なる!」
パッと顔を明るくさせると大きくうなずいた。
「それでね、わたし新しいおうちにいくみたいなの。お兄さんに会いに行ってもいい?」
監視の警官の視線が鋭くなったような気がした。ここは大人として断るべきだ。これからのヒナの人生にオレみたいのがいちゃだめだろう。
なるべく傷つけないように返事を考えていると、ヒナは消え入るような声で不安そうに言った。
「……ダメ?」
ダメなんていうやついねえよなぁ!!
「それなら、オレから会いにいくよ」
「よかったぁ」
警官的にはダメだったらしい。がたりと立ち上がって怒った顔で近づいてくる。部屋から連れ出されるオレに「またね」とヒナは手を振っていた。