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4. やましい気持ちなんてなかった

 朝、起おこそうとした体に抵抗があった。振り向くと小さな手がきゅっと服のすそをつかんでいた。その寝顔はまだ幼く、赤ちゃんがつかんでくる仕草に似ている。

 ぽんぽんと腕を軽くたたくとヒナは眠そうな目をこすりだす。

 

 朝ごはんを用意しようとしたとき、冷蔵庫の中が空っぽなことに気がついた。

 

「ヒナ、買い物にいってくるから。留守番頼む」

 

「え……」

 

「大丈夫だって、すぐ帰ってくるから」

 

「すぐって、どれぐらい?」

 

「すぐはすぐだよ。一時間もあれば戻るからさ」

 

 むかう先は近所のスーパーだ。それでも、妖しさ満点のオレがヒナを連れて外にでたら「親戚の子です」で押し通すしかない。

 ヒナに何度もいいきかせたけれど、玄関を閉めるときまでずっとこちらを見ていた。

 

 スーパーにつくとカゴに商品を放り込んでいく。ヒナが好きそうなものも見つけた。お留守番のご褒美にでも渡せば機嫌を直すだろう。

 早く帰ろうとレジに並ぶ。列が進んでいき、あと一人のはずだったが前に進まない。前にいるのは若い女と小さい女の子。手元のスマホに注意が全部いっているらしい。

 店員が声をかけるのを待てばよかったのだろうけど、このときのオレは急いでいた。

 

「あの、すいません」

 

 声をかけても返事がない。イヤホンでもしてるのかと思って、肩を控えめにとんとんとたたいた。

 

「いやっ! なにっ!?」

 

 いきなり悲鳴みたいな大声をだした。びっくりしていると警備員が飛んでくると、オレから守るようにぐいぐいと体を割り込ませてきた。突然のことに混乱していると向こうはさらにエキサイトしていく。まくしたてるように警備員に「いきなり体を触られた」と言い出した。

 

 鵜呑みにした警備員がにらみつけてくるものだから事情を説明しようとしたが、スーツを着た店員に「話はこちらでうかがいます」と隔離された。

 他の客にも迷惑になるだろうからと、おとなしくついていく。だけど女性の方はそのまま。え、なんでオレだけと思ったときにはもう遅かった。

 従業員用の部屋で何度も説明したが意味はなかった。

 

「しかし、被害者の女性がそういっているもので……」


 スーツ姿の社員がひたいの汗を拭きながら同じことをくり返す。正面から話し合おうとしても無駄だ。このままだとオレは負ける。絶対とは言い切れないがそういう雰囲気だ。他の従業員はめんどくさそうで、さっさとこのバカなやりとりを終わらせたいらしい。なんて悲しい戦いなんだ。しかたがない、ここはオレが傷を負おう。


「そんなやましい気持ちなんてあるわけないでしょう。オレは14歳以下の女の子にしか興味はありません!」


 おっと? 目の前の社員の表情が変わった。他の従業員はサッと目をそらした。オレは決してロリコンではないが、人として大切なものを失った分の成果はあったみたいだ。 

 

 その後すぐに警察が到着した。


 警察官に連れられてパトカーに乗せられる様子はさぞかし目立ったろう。人生初のパトカーでのドライブだ。車内を覗き込んでくる主婦や子供たちに手を振ってみせた。

 楽しかったのはそこまでで、署につくとさっきと同じことを説明させられた。

 

「今回は逮捕しませんが、呼び出しがあったときは出頭してください」

 

 供述調書にサインをすると釈放された。警察署はアパートから一駅分遠い場所だ。パトカーでつれてこられたが、帰るときはのせてくれなかった。

 

 時間とバス代を無駄にしてアパートに着く頃には夕陽が沈んでいた。

 行き場のないもやもやを抱えているせいで階段を昇る足音が荒っぽくなる。怒っても叫んでも誰もオレの言葉なんて聞こうとはしない。しょうがないことだと割り切る。それに、不機嫌な顔で帰ればヒナを怖がらせるだけだ。

 

 深呼吸を一回、二回。気分を落ち着けて玄関をあけると、暗がりにヒナがいた。

 

「お、おい、なんだよ。明かりぐらいつけろよ」

 

「……あ、お兄さん」

 

 いつもみたいに笑おうとしているみたいだけどその表情はぎこちない。なんなんだと思いながら玄関脇のスイッチを押して明かりをつけた。

 そうして気がつく。ヒナが立っている位置に。それはちょうど5時間前に出かけたときと同じ場所だった。

 

 待っていた。ずっと?

 

「遅くなって悪かったよ。いろいろあってさ」

 

「ううん、だいじょうぶ。だいじょうぶだから……」

 

 その日のヒナは、オレがトイレに行こうと立ち上がっただけでも不安そうな顔をしていた。

 

 ヒナが寝た後、パソコンを開いた。

 そういえば今日は生放送もしなかったなと思いながら、ユーザーページを開いた。

 投稿した動画が並べられて再生数が表示される。どれもパッとしない。だけど一つだけ、再生数が飛びぬけているものがある。そのサムネにはヒナが映っている。

 

「…………ほんとに笑えるよな」

 

 オレは動画を作るのが好きだ。

 だけど、投稿すればするほどむなしさは増すばかりだった。

 数字がすべてじゃないなんて聞くけど、そんなものは恵まれた立場にいる人間のキレイごとか、弱者の弱音か、動画の作り方すら知らない人間のたわごとだ。自分が心血注いだ作品を見て欲しいに決まっている。

 

 いままで投稿した動画の再生数を全部足しても、人気投稿者の動画ひとつにも勝てやしない。こうして愚痴を吐くほどにみじめさばかりが襲ってくるだけだった。


 オレは悔しかった。だって、好きなことしてお金をもらえるって最高じゃん。トップ層とは言わず中間層って月にどれぐらい稼げてるの?

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