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二の②

 その日の夕方から途端に曇り出して、終いには雨が降った。小屋の中に暖を取っているのは、先生と山本くんの二人である。今朝の客はとっくに帰った。

 屋根を満遍なく打ち付けている。窓の外には、落ちる雨粒が数えられる。山本くんは霜を定期的に拭き取りながら、飽きずに景色を眺めた。池ではたくさん粒が跳ねている。木々の芯は潤い、葉は少々乱暴な風に揺られ、離れたものが何枚か舞い出す。

「山本くん」と背後から呼ばれた。

「はい」

 純粋な顔を、先生の方に向ける。

「山本くん、少しゲームをしよう」

「ゲーム、ですか?」

「ああ。ほら、カードゲームだ」

「カードゲームったって……これ、画用紙で作ってあるじゃないですか」

「それが良いのだ。さあ、これが場だ」

 先生が持ち出してきたのは、カードの形で七かける七行に区切られた升の記された盤面である。これも、画用紙でできている。

「さて、君もそこに将軍カードを置け」

「将軍? それって、戦争ですか?」

「戦争? 何だ、カードを剣にして闘うという意味では戦争だ。人と人とが向かい合って勝敗を争うのだから、そりゃ戦いだ」

「人って戦って競うことが好きなのかもしれませんね」

「そうかもな。つまらんことを言ってないで、カードを山札から引きたまえ」

 いつの間にか山本くんには、三十枚程が束になったカードの山が与えられている。山本くんは訝しがりながら、頂上から一枚取る。

「始めは五枚引くのだ」

 言われるがまま、追加で四枚次々にめくってくる。手描きの絵で、何が何やら判別つかぬ。テキストも細かくて中々解読できぬ。

「さて、始めよう」

「ちょっと待ってください。僕は、やっぱりいいです」

「何だと? ルールは完璧だぞ、何たって、何度も僕が一人で試験を繰り返して——」

「僕、この下手な絵にやる気を削がれちゃいました」

 先生は呆然としている。山本くんが起立して、「じゃあ、僕は今日はこれで」と別れを告げるのを、ずっと目で追っている。

 先生は寂しくなる。幻でも良いから、自分の相手をしてくれる者がいないかと思っている。

 去る山本くんは、ちょっと先生が気の毒になる。大人しく、ほんの始まりだけでも、相手をしてあげれば良かったと後悔する。先生が暇を持て余して、丹念につくった遊びを——そう言えば、と山本くんは先生の昔の言葉を思い出す。

 人は皆、何か一心に努力して、成し遂げることができるが、問題なのは、その成し得たことが世に評価されるか否かであるのだと。例えば、江戸時代にテニスが上手であったって、一文にもならないが、現代なら一年に億単位を稼げる。今は占いができたって胡散臭いだけだが、古代にあれば女王にまでなれる。先生のカードゲームだって、世が世なら、世紀の大発明である。要は、誉や功績などは全部まやかしで、意味があるのは、何を成したかではなく、成して幸せなのかどうかであろう。

 空模様も相まって、山本くんはますます先生が可哀想になる。けれども、足はどんどん街の方へ向かっていく。何せ森にはつまらないゲーム、街には夕飯が待っているのである。

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