八の②
でも、夢の先生の言説は、言い得て妙であった。山本くんの夢で先生が語るわけだから、結局は山本くんの考えたことな訳だが……山本くんは、夢と同じ質問を先生に投げかけてみることにする。
小屋にこもっている先生に向かって第一声、
「先生は心理テストとかやらないんですか」と聞く。先生は珍しく眼鏡をかけており、間の抜けた顔つきで、振り向く。
「やらない」
「何故ですか?」
「何故って……必要無いからさ」
「必要無いって?」
ここらで先生は面倒になる。
「何だ、心理テストなんか面白くも何とも無い」
「心理テストなんか、全部自己満足って事ですか?」
「まあ、そういうことだ」
「じゃあ、次の質問です」
先生はうんざりする。
「感情って何でしょう?」
「感情? 何だ、そんな簡単なことが分からんのか」
山本くんは大いに期待する。
「感情は——喜怒哀楽だ」
瞬刻の内、落胆に突き落とされる。
山本くんの夢は何を示すのか分からない。あれは先生でも何でもない、全く別の、山本くんが実は求めている先生の人物像なのか。
とりあえず、最後の質問までやってみる。
「先生は、何でこんな森の中に相談所を開いているんですか?」
「それは、そうだな。気まぐれだ」
山本くんは何だか途端に安堵の気持ちで満たされた。これが先生なのだ。あやふやで霧がかった、縹渺の魅力を纏った先生。資格も無い、称号も無い、名言も金言も無い、ただいい加減で、それでいて繊細である。また、先生の底は深いようで浅く、浅いようで深く、定められないけれども、山本くんはちっとも先生のことが怖くない。それどころかいくらか舐めてかかっている。ところが、先生を慕っている。
先生は一枚も手札を持たぬ。持っているカードと言えば、自作の画用紙製くらいのものである。そういうのでなくて、状況に応じて、カウンセラーとして切る手札がゼロである。客はしばしば、自分の家族構成や生い立ちを聞いてこない先生に驚く。先生は呑気に話をするだけである。すると、客は救われたとも救われなかったとも考えないうちに街へ戻る。
先生は、非常に柔らかい存在であるが、一つ頑なところがあるとすれば、それは彼と言う人間である。先生は大概を恐れないが、恐れるとすれば自身と違和感との同化である。
先生の価値は、先生が人でいるところにある。人は人であるだけで価値がある。ところが、街には歪な仮面ばかりが流行っている。山本くんはこの面を見飽きて、やはり森の先生のもとを訪れることになる。