七の③
先生は小屋の内で、椅子に座り何故だか宙を見つめながら思案していた。何について考えているのだかは、先生にも分からなかった。ただ少年との事件に関してかもしれないし、全く別のことでないとも限らない。とにかく、次に小屋の戸が開くまでその姿勢のままであった。
入ってきたのは山本くんである。山本くんは先刻の件など知る由も無いから、涼しい顔をして「お弁当食べますか?」と手首に提げていた袋を持ち上げた。
「気がきくな」
先生は、この時分には間違い無く、弁当の具材の事を考えていた。
食べながら山本くんが尋ねる。
「昨日の感じ悪い奴、今日も来るでしょうか」
「もう来たよ」
「え?」
山本くんは割り箸に挟み上げていた卵焼きを落っことした。
「来ましたか」
「うん」
「どうでした?」
「酷かった」
「どう酷いんです」
先生はここで口をつぐむ。そして、自分の卵焼きを確かに頬張る。山本くんは暫く呆然と待っている。が、返答をなかなか得られないと見ると、ご飯をかきこむ。
まだ先生は話さない。山本くんもいい加減諦めようかとよぎったが、どうしても二人のやり取りが気になるので、しつこく問いかける。
「どんなこと聞かれました?」
「どんなことを聞かれた? 何も聞かれちゃいない」
「じゃ、どんな話したんです」
「……説教だ。これ以上は、顧客のプライバシーだ」
普段プライバシーなど微塵も考慮しない先生が言うから、おかしい。山本くんは、何か話したくないようなことでもあったのだなと見当つける。あるいは、単に説明するのが面倒なのか。
山本くんは弁当をつまんでいる間、ずっと引こうか引くまいか思案している。けれども思案していると、段々時間が話題を塵で埋めていく。掘り返そうとすると、徒になる。だから、引かざるを得なくなる。だって、もう先生の思考は、すっかり味覚に支配されている。