六の①
六
先生の最後の問いに答えることのできなかった山本くんは、今日も森の小屋へと向かう。小屋には、恐らく何も変わらず先生が、背を丸めて机に向かっている。その後ろ姿を想像しながら、山本くんは一本道を辿る。
先生は、通常の人である。では、通常でないとは何か。山本くんは、先生の最後の問いを深く考え込む。考えていなくては、落ち着かない。が、考えても考えても答えが浮かび上がってくるはずもない。それなのにともすると『異常』と頭の中に単語が呟かれる。
その日、先生の元にはまた、新たな客が訪れている。この頃の客に比べると、ずっと若い。高校生くらいの少年だろうか。窓から覗くと、二人が真剣に話をしている様子なので、山本くんは立ち入るのを憚った。池の淵に、三角座りして待つことにした。
小屋の内では少年が、「何故人を殺してはいけないんですか?」と言う。先生は一旦、押し黙る。
「何で人をいじめたらいけないんですか? いじめられる方が、悪いんじゃないんですか?」
先生は眉間に皺を寄せて、何とも言わない。
「先生、答えてください」と少年は催促する。
「例えばの話だが、」と先生は話を始める。
「人が人を殺して、君はその人の命を背負うことができるのかね。そうでなくとも、僕たちは多くの植物や動物の命を奪って生きているんだ」
「命を、背負う?」
「命には『価値』という重みがあるんだ。分かるだろう?」
「ちっとも」
「そうか。それなら、それで良い」
先生はまた静かになるが、少年の方は納得しない。
「人間なんて、みんないなくなれば良いのに」
「君はそう思うのかもしれんが……僕はそう思わない。人間にも価値のあるものはいる。君の周りには、少ないのかしらんが……」
少年は『なぜ人を殺してはいけないのか』と問うのが無意義であることを理解している。けれども、愚問でも、問うためにここへ来たのである。簡単には、引き下がれない。何だか口にすると恐ろしいことを、平然と言ってのけてやらなくてはならない。
なぜと問うが、人を殺すというのは何だか底知れず恐ろしいことだし、殺しても良いということになれば当然、自分が殺されても文句は言えなくなるわけである。殺すつもりも無いし、殺されるのも御免だというところで、大抵の人間は決着する。けれどもそんなことを説いてやっても、少年は決して納得しない。少年は質問をしているようで、ただ呼びかけているだけなのである。