五の③
この一連が山本くんの知らない、きっかけである。先生の調子がいまいち悪い、所以である。山本くんがこれを知らされたのは、大学である。
「君、君」と知らぬ男に呼び止められた。その男こそ青年である。
「君、だよね」
「はあ?」
「あの、森の先生の所へ良く行ってる?」
「ああ! 先生」
山本くんはちょっと明るくなる。
「行きますけど……」
「ちょっと話せない? お昼は空いてるかな」
「空いてないことも無いです」
流されるままに、山本くんは食堂の列へ誘われる。青年は、流暢に語りかけてくる。山本くんからその図体を見上げてみると、明らかに年上である。
「あの先生には、関わらない方が良い」
「何だってそんな……」
「あの先生は、人一人死んだって、自分に関係が無いなら構わないと言うんだ」
列が進む。
「ああ」
「ああって、知ってるのか?」
「はい。でも、」
「でも?」
「最近は何だか元気が無くて、今なら『死にたい』なんて人が訪れてきたら、途方に暮れてしまいそうです」
「誰が」
「先生が」
「それが通常さ。どうして良いか分からないから、勉強して学ぶんだろう? 資格をとるんだろう? ——あの先生、資格は」
「無いです」
「やっぱり。酷いな、それで先生なんて呼ばれてるのか」
ちょっと間を置いて、「警察に突き出してやろうか」
「それはやめてください!」
山本くんは咄嗟かばう。
「どうして?」
「先生を頼りにしているお客さんが、いっぱいいるんです」
「……それは驚いたな」
青年はいささか面食らって、暫し列を進むのに集中する。次、口を開いて言うことには、「先生が大人しくなったのは、僕のせいかもしれないな。でも、君、名前はなんて言うの」
「山本です」
「山本くん、伝えておいてくれ。これを機に心理学を勉強した方が良いって、それこそうちの大学にでも入って。だって、患者を惹きつけるものを持ってるんだろう? それは凄いことだよ。才能だと思う。だからこそ、ちゃんとした方法論を学んで欲しい」
「——先生は患者って言い方をしません。お客さんって言います。それに——それに、先生の魅力は、きっと大学で勉強をしたら消えてしまいます」
青年は山本くんの言うことがいまいち分からず、首を傾げる。ようやく順番が回って来て、列を離れる時、
「じゃ」と声かけすると、そのまま去ってしまった。山本くんは、結果取り残されて、この昼は一人で飯を食わなければならなくなった。
だが、得たものはあった。先生の不調の原因が大方分かったのだ。先生を快復させるべく、山本くんは授業を終えると、さっさと森へ入る。