五の②
「君は?」
「街の大学に通っている、心理学部の三回生です。川田と言います」
「心理学部……」
先生も無資格とは言っても無能な人間では無いから、心理学と聞いて、思うところがある。
「聞く話によると、先生はこの森の中の小屋でカウンセリング業を営まれていらっしゃるとか。その事でお話を聞きたくて、」
「なるほど」
先生は調子を合わすのではなく、心底了解する。
「じゃあ、早速聞いても良いですか? 先生は最近、どんな客に会われました? ——あっ、もちろん、顧客の個人情報なんてのは絶対に秘密で構いませんから、ただ概要だけ……」
「死にたい、と言う客が来たよ」
青年は、そら来た! と言わんばかりに目を烱々と光らせて、先生に詰め寄る。
「どう対応されましたか? 差し支え無い範囲で、お願いします」
「どうって……なら死んだら良いとだけ言った」
青年は唖然とする。
「そんな! 先生、先生はカウンセラーなのでしょう」
「いや。僕はお客さんにとってただの話し相手だ」
「はあ?」
青年はメモを取ろうと開いていたノートをあれよと言う間に仕舞ってしまった。
「先生、あり得ません。死にたい、何て言って相談に来る方は、本気で悩まれているんですよ? 悩んで悩んで、最終苦し紛れに助けを、泉を求めてカウンセラーの所にやって来るんです。それを、死んでしまえば良いだなんて」
「ふうん。でも僕には関係の無い事だ。彼が死のうが死ぬまいが、どうでも良い」
先生の態度に、若き青年は一層憤慨する。
「どうでも良いって……あなた本当に人間の心の苦しみってものを分かっているのか。心が病に蝕まれる辛さがどんなにやり切れないか」
青年は妙に真に迫った言葉づかいで攻める。
「カウンセラーの仕事は、心に病気を抱えた人の治療をしてやることです。明快な解法はありません、でも、患者と二人三脚になって一生懸命模索するのです。そうして——言葉一つにも気を配って——無理の無いよう共に歩んで、生きて——そう言うのが本当のカウンセラーってものです。あなたはまるで駄目だ」
先生は青年のあまりの剣幕に恐れ入った。が、屈したつもりはなかった。平然と叱咤を受け流しているつもりであった。
「すみません、熱くなって、つい」
青年は礼儀正しく退席する。
取り残された先生は、何だか疼いている、どこだか分からない場所が、疼いている、と感じる。——青年は、先生を傷害した。