第八話 補助技能
妖巨人は、がむしゃらに巨大な腕で地面を打ち鳴らした。
その巨大な腕の隙間をクリフが移動する。
彼は妖巨人の大ぶりの一撃を回避すると詠唱した。
「我が拳は鋼となる!」
彼は詠唱を終えると、拳を握りしめて妖巨人の懐に入り込む。
そして腹に重いパンチを打ち込んだ。
ドンッ。
すると妖巨人はパンチの勢いに押されてヨタヨタと後退。
打たれた腹を痛そうに摩った。
クリフも攻撃に使った右手を摩る。
「思ったよりも硬いな……」
彼が呟いているうちに、妖巨人はテディによる追撃を受けていた。
硬い皮膚に何度となくテディがぶつかっていく。
しかし、妖巨人は打たれ強い。
多少たじろぎはするが致命傷にまでは至らない。
それを見てロゼッタは驚きの声を漏らした。
「なんと硬い奴だ! 硬化したテディの攻撃を凌ぐとは!」
「厄介な奴だな……」
クリフは、ロゼッタの横に歩み寄った。
そして息を整えながら妖巨人を観察する。
彼は妖巨人の全身をくまなく確認するとロゼッタに告げた。
「アイツの弱点は、恐らく頭部だ」
「そうなのか?」
「ああ。アイツは先程から頭部だけはキッチリとガードしている。頭部を叩けば倒せるかもしれない」
「なるほど! しかし、ガードを崩さない事にはテディの攻撃も届かんぞ」
「まずは、脚を攻撃して体勢を崩すか……」
二人が作戦を練っていると、突然。
様子を伺っていたジョンが叫んだ。
「今だ妖巨人‼︎ お前の必殺技をお見舞いしてやれ‼︎」
ロゼッタとクリフは驚いて身構える。
すると、妖巨人は、ハエのようにまとわりつくテディをパシッと弾いた。
そして直後、予想外の行動を取った。
なんと急に大きく息を吸って腹を膨らませたのだ。
ロゼッタ達は、その謎の動きに動揺する。
すると、クリフが叫んだ。
「これはまずいぞ!」
「え?」
ロゼッタが、クリフの声に反応したその瞬間。
妖巨人の大きく膨らんだ腹が青く発光する。
これは魔法攻撃の前兆だ!
その直後、妖巨人は吸い込んだ息をブハーーッと口から思いっ切り吹き出した。
紫色のグロテスクな煙が妖巨人の前方に伸び広がっていく。
煙は勢い良くグングン突き進む。
その煙が通った道は草花が一瞬にして萎れてしまう。
そしてロゼッタ達は逃げるまもなく、その煙に飲まれてしまった。
ジョンは、二人が煙に飲み込まれる様を見て口角を上げた。
「毒霧噴射。この毒の中に入ったものは死に至る! これで終わりだ! アハハハハッ!」
ジョンは不気味な笑いを響かせた。
不意打ちによる完全勝利だ。
これで抵抗する者は消え去った。
ジョンは一安心して毒霧の方を見る。
すると……。
「クリフ無事か?」
「ああ……何とか……」
「⁉︎」
「この息、めちゃくちゃ臭いぞ!」
「ブハー。死ぬかと思った……」
「ええええええええええええっ⁉︎」
ジョンは眼球が飛び出しそうなほど目を見開いた。
なんと、ロゼッタとクリフが無傷で毒霧から出てきたのだ。
ロゼッタは服についた汚いものを払いながら呟く。
「これはもしや毒霧か? という事は……なるほどな! 補助技能とはこうやって使うのか」
「……ん? どう言うことだ?」
「ああ、私がテディと接続しているときに受ける恩恵みたいなものだ。今回は毒耐性が発動したのだな」
「まあ、なんだかよくわからないが……オエッ、無事でよかった……オエッ」
「……それよりも、お前がなぜ無事なのかの方が疑問だ」
「ああ、俺は……オエッ、息を止めていたからな……オエッ」
「お前……馬鹿なのか? そんな事で無事でいられるわけがなかろう」
「オエッ、オロロロロ……」
ジョンは、ロゼッタ達がピンピンしている姿を見て歯を食いしばった。
「クソが! どうなってやがる!」
そこへ、森から二人の信者が戻ってくる。
すると、ジョンは怒りに任せて二人に命令した。
「遅いぞ貴様ら! 妖巨人の援護だ、ここから援護射撃をする!」
彼がそう言うと、信者二人は慌てて杖を構えた。
ジョンも杖を構えようとする。
その時。
「そうはさせるか!」
「何⁉︎」
ジョンが振り向くと、目の前までテディが迫っていた。
ジョンは驚いて草地にダイブ。
ギリギリでテディを回避した。
「クソッ! まずは赤毛から始末するぞ!」
ジョンは言いながら立ち上がり、ロゼッタを目掛けて魔法攻撃を開始。
二人の信者もそれに続く。
三人は火球を連続発射した。
火の玉が、雨の如くロゼッタに降り注ぐ。
しかし、ロゼッタは円盾を展開して攻撃を全てを弾いてしまう。
火の玉は、次々に魔法の盾に衝突して炸裂した。
高火力の魔法だ。
だが、強固な円盾は一切の攻撃を通さない。
ロゼッタは余裕の表情だった。
そして彼女は、一瞬の隙をついてテディを突撃させた。
テディは火球の間を掻いくぐり、時には向いくる火球を破壊しながら高速で敵に接近した。
空飛ぶクマは、ジョンに付き従う信者の一人を狙う。
狙われた信者は詠唱を中断し、悲鳴を上げた。
「うわあああああああああああ‼︎」
テディは、狼狽える信者の腹に強力なパンチを打ち込む。
重い一撃は信者の腹にめり込んだ。
ペキッ。
何かが折れたような嫌な音が響く。
そして、その勢いのまま信者は空中へと打ち上げられた。
信者は胃液を吐きながら白目を剥いている。
ジョンは、その光景を見て一瞬たじろいだ。
しかし、すぐに残ったもう一人の信者に命じる。
「クマが近くに居ない今がチャンスだ! 撃て!」
「はっ、ハイッ! 火球!」
ジョンの手下は慌てて魔法を放つ。
放たれた炎魔法は一直線にロゼッタに向かった。
火球は高速で突き進む。ロゼッタの周りにテディはいない。
これは回避不可能だ。
ドーーン!
火球はロゼッタに直撃。
ジョン達は、ガッツポーズをとった。
あの高火力の炎に触れれば一瞬で消し炭だ。
「ハッ! やったぞ!」
「やってやりました!」
「訳のわからん魔法だったが、クマが近くにいなければ何もできんわけだ! アハハハッ」
ジョンは勝利を確信した。
ところが……。
「な……」
ジョンと、その手下の表情は一変。
喜びから恐怖の表情へと変わった。
なんと、炎の中からロゼッタがこちらを鋭く睨みつけていたのだ。
ロゼッタは呟く。
「これが……炎耐性」
ロゼッタは、テディと魔法の糸によって接続されている。
例えテディと離れていたとしても、糸で繋がっている限りは補助技能を受けることができるのだ。
今回は、先ほど手に入れた炎耐性が発動してロゼッタの体が炎を弾いていた。
「バカな! あの攻撃を喰らって無傷だと……生身の人間だぞ!」
ロゼッタは動じる様子がない。
彼女は炎の中から左手を正面にまっすぐと伸ばした。
その姿は、まるで魔物か悪魔だ。
ジョンは恐ろしくなって後退りをした。
「おいおい、アイツ人間じゃねぇ!」
その直後。
「いやあああああああああ‼︎」
「はあ⁉︎」
ジョンは目を疑った。
攻撃を受けたわけでもないのに、残っていたもう一人の味方が突然、空宙に放り出されたのだ。
一体なぜ⁉︎
ジョンは吹き飛ばされた仲間を凝視した。
すると……。
足に何かが巻きついているのが見える。
「あれは……糸?」
吹き飛ばされた仲間の足に、青く輝く糸が巻き付いていた。
糸の出どころを目で追って確認してみる。
すると、そこに見えたのはロゼッタの左手だ。
ロゼッタは右手でテディを突撃させると同時に、左手で密かに魔法の糸も放っていたのだ。
魔法の糸はジョンの手下の足に強く絡みついている。
ロゼッタは右手でテディを自在に操り、左手の糸でジョンの手下を宙吊りにしていた。
ジョンはパニックになりながら状況を確認している。
すると、宙吊りにされた彼の手下が叫んだ。
「うわあああああああああ‼︎」
「おい、嘘だろ⁉︎」
ロゼッタに縛られた手下がジョンを目掛けて落下してくる。
「縛り上げた人間を使って攻撃だと⁉︎ んなバカな‼︎!」
ズドンッ!
ジョンと、その手下は正面衝突。
二人は倒れた。