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第六話 戦闘開始


 遠くの空に薄く白い光が差し始めた。

 はるか上空に見える世界樹の枝葉の部分は、もう既に明るい。

 まもなく日の出だ。


 マリ村の広場には村人全員が集まり、ヒソヒソと会話をしていた。

 人々は緊張しながら、今か今かとジョンを待ち続けている。


 すると、一人の赤ん坊が泣いた。

 村人達は、赤ん坊を抱いている母親に一斉に視線を送る。

 母親は慌てて我が子をあやした。

 すると今度は、一人の子供が声を上げた。


「ねえ。なんでみんな、お外にいるの?」

「シーッ、静かに」


 子供の問いに大人達は答えてくれない。

 子供が不服そうに、ほっぺたを(ふく)らますと……。


「ウウウウウウウウ……」

「‼︎」


 森の方角から、重く低い不気味な唸り声が聞こえてきた。

 同時に木々から鳥が飛び立つ。

 その恐ろしい声を聞いた子供達は一斉に泣き出した。


「エエエエエエンッ‼︎」

「ねえ、なんで。なんでお外にいなくちゃいけないの? 帰ろうよ!」

「かあちゃん怖いよ!」


 子供達は恐怖で震え、泣き叫んだ。

 いや、恐怖していたのは子供だけではない。

 大人達も皆、足がすくんでいた。

 大人は皆、目を見開いて森の様子を伺っている。


 やがて、森の中から三つの人間のシルエットが現れた。

 昨日、村にやってきた魔王教団のようだ。

 

 村人達は近づいてくる三人の姿を見ながら唾を飲み込む。

 すると、例の冴えない茶髪が叫んだ。


「ハーハハハハッ! おはよう諸君! 昨夜はよく眠れたかな?」

「……」

 

 村人達は無言でジョンを睨みつけた。

 やがてジョンは広場にたどり着く。

 そして村長の目の前に立ち、尋ねた。


「答えは決まったかな?」

「ん……」

「なんだ? どうした?」


 村長は煮え切らない様子で視線を地面に落としている。

 彼は、やがて弱々しい声で尋ねた。


「入信すれば、村人の命は保障されるのですな?」

「もちろんだ! だが一人、生贄にだけは死んでもらうがな!」

「ん……」

「おい、生贄は用意したんだろうな?」


 村長は渋々、背後を振り向いた。

 それに合わせて群衆が道を開ける。


 開かれた道の先には、縄で縛られたクリフが地べたに座っていた。

 それを見てジョンは口角を上げる。

 そして、村長に告げた。


「素晴らしい!」

「……」


 ジョンは村人が注文通りに動いたことを喜び、村長に笑みを見せた。

 村長は顔を背ける。

 すると、ジョンは言った。


「それでは早速、殺せ!」

「えっ……」

「お前の手で殺すのだ! それが入信の(あかし)となる」


 村長は開いた口が塞がらない。

 彼は、そのままの表情で村人達の顔を見渡した。

 すると皆、村長の視線から顔を背ける。


 母親達は子供達を背後へと隠した。

 村長はその様子を見て一度目を瞑り、口を閉じる。

 そして、鼻から大きく息を吸って吐き出した。

 やがて覚悟を決めた様子でキリッと力強く目を開ける。


 村長は、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 腰のホルダーから魔法の杖を抜き、右手で強く握りしめる。

 彼は自分の行動を心配そうに見つめる村人達の間を通り抜けると、クリフと目が合った。

 村長は咄嗟(とっさ)に目線をそらす。

 そして、クリフに告げた。


「すまない旅の男よ……悪く思うな……」

「……」


 クリフは無言だ。

 村長は顔を背けながら、魔法の杖の先端に魔力を集中させた。


 すると、同時にクリフは息を吸い込んだ。

 クリフは、何やら全身に力を込めている様子だ。


 やがて、村長の杖先に魔力が充填(じゅうてん)される。

 村長の魔法の杖の先端には、鋭い緑色の光が輝いている。

 そして、今まさに魔法が発射されようとされようとした。

 その時。


「待てっ‼︎」


 甲高い少女の声が辺りに驚き渡った。

 人々は驚いて振り返る。

 すると、そこにはロゼッタの姿があった。

 村長は彼女の姿を見るや驚き、睨みつけ、怒鳴りつけた。


「なんのつもりじゃ、ロゼッタちゃん!」

「そんな奴らに従う必要などない!」

「なんじゃと!」


 村長は冷や汗をかいて、背後を振り返った。

 ジョンの顔がひきつっているのが見える。

 ジョンは村長を睨みつけながら告げた。


「おいおいおいおい、入信しない奴は即刻死刑だと言ったよな?」

「まっ、待ってください!」

「いいや、待たねぇ‼︎ 生贄もろともそいつも殺せ!」

「そんな!」


 ジョンが言うと、ロゼッタが静かに前進しながら叫んだ。


「お前は、自分の手では何もできない腰抜けか?」

「あ?」


 ジョンは呆気に取られた。

 ロゼッタは大胆不敵にも、ジョンに向かって正面から突き進んでいく。


「聞こえなかったか? 腰抜けと言ったのだ!」

「おい、貴様……」


 そのやりとりを見ていた村人と村長の顔は青ざめた。

 村人達は、ジョンへ向かって進むロゼッタを見送りながら後退りをする。

 ロゼッタは、群衆が開けてくれた道を真っ直ぐと進んだ。

 途中、地べたに座らせられていたクリフが何か言おうとする。


「なあ……ロゼッタ」


 しかし、ロゼッタは気にもとめず突き進む。

 目の前のジョンは歯を食いしばりながら、ロゼッタを睨みつけていた。


「貴様! 魔王教団四天王が一角、風の司教、狂気の(ルナティック)ジョンを侮辱した罪は重いぞ!」

「ふん。ならば、お前が私を罰してみろ!」

「なに‼︎」


 ロゼッタは、ジョンまであと少しの距離まで至ると立ち止まり、彼に指をさした。

 彼女は強気に告げる。


「私と勝負をしろ!」

 

 すると、ジョンは腰のホルダーから勢いよく魔法の杖を引き抜きながら叫んだ。


「上等だ‼︎ ゴラァ‼︎」


 ロゼッタも腰にぶら下げていたテディを勢い良くつかみ、正面に構える。

 そして、彼女は真剣な眼差しでジョンを睨みつけた。

 彼女の右手の先では、テディもジョンのことをしっかりと睨んでいる。

 

 すると。

 その様子を見ていたジョンは度肝を抜かれて、あんぐりと口を開けた。

 そして、先ほどの怒りをすっかり忘れてしまったかのようにスッと杖を下ろす。

 彼の表情は先ほどまでとは打って変わって完全に気が抜けていた。

 彼は、にわかに引きつった笑みを浮かべる。


「ハッ、ハハハ……冗談だろ?」

「何かおかしいか?」


 ジョンは一瞬、背後にいる仲間達に視線を送った。

 そして……。


「アハハハハハハハハハッ‼︎」


 魔王教団の三人は盛大に笑い転げた。


「アハハハッ、アハ! アハ! アハハハハハッ‼︎」


 腹を抱えて転げ回るジョン。

 膝を叩き、指を指して笑う信者達。

 彼らは、とにかく笑いが止まらない。

 やがて、ジョンが笑い死にそうになりながら立ち上がった。


「おい、おいおい! どおりで言動がおかしいと思ったら、コイツ頭のネジが飛んでるぜ! 最高だ!」

「アハハハハハハハハハッ!」

「笑いすぎて腹いてぇ!」


 ジョンは突然、小さい子供をあやすように姿勢を低くしながらロゼッタに語りかけた。


「可愛いクマちゃんでちゅね~。お人形遊びでちゅか~?」


 ジョンはニヤニヤしながら、自分の右の頬を差し出して指でトントンと指し示す。


「ほ~らクマちゃん、僕のほっぺを殴ってごらん?」


 ジョンは言いながら、何かの気配を察した。

 彼は笑いながら正面に視線を送る。

 すると……。

 何かが顔のすぐ近くまで接近しているのが見えた。


「……ん?」


 ジョンの目と鼻の先に、クマのぬいぐるみの顔があった。

 テディだ。

 ジョンは、テディのつぶらな瞳と目が合ってしまった。

 その直後。


「ゲフッッツツ‼︎」 


 テディの重い右ストレートパンチが、ジョンの頬に直撃。

 ジョンは後方に勢い良く弾き飛ばされた。


 彼は後方にいた二人の信者の間をグルグルと転がっていく。

 やがて、地面に強く打ち付けられて止まった。

 ジョンは驚いてサッとすぐに顔を上げる。

 すると、彼の前歯がポロリと抜け落ちた。


「は? いま何が? はぁ?」


 ジョンは信じられない光景を目の当たりにして困惑していた。

 ロゼッタが真っ直ぐと、こちらに右腕を伸ばしている。

 その腕の先に、黄色く光り輝くテディベアがフワフワと浮いたのだ。

 ロゼッタとテディは鋭い眼差しでこちらを睨んでいた。


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