第五話 テディ
ロゼッタは自宅の物置から小さな木箱を取り出した。
彼女は、その箱を脇に抱えて居間へと移動する。
そして、そっとテーブルの上に箱をのせた。
「おばあちゃん……ピンチなんだ。悪いが、これを使わせてもらうぞ!」
ロゼッタは自分に言い聞かせるように呟き、箱を開けた。
すると。
中から綺麗な状態のクマのぬいぐるみが現れる。
ロゼッタは、それを見て優しく微笑み、挨拶をした。
「久しぶりだな。テディ」
彼女はテディをつかみ上げ、右手のひらに座らせる。
そして、そのつぶらな瞳を見つめた。
「おばあちゃんは、お前が全てを教えてくれると言っていたぞ。……さあ、時間だ。私に教えてくれ、私たち一族の秘密を!」
ロゼッタは言いながら真剣な眼差しでテディを見つめた。
すると、テディが座っているロゼッタの手のひらが青く発光する。
直後。
ロゼッタの右手の指の一本一本から、青く輝く糸が植物のごとく生えてきた。
糸は生き物のようにクネクネと動いている。
やがて糸の先端はスーッと空中を移動し、テディの手足にくっついた。
ロゼッタは右手のひらに集中しながら、テディの目を見つめる。
すると。
ピカーン!
テディの目が黄色く発光した。
同時に、テディが空中にフワフワと浮遊し始める。
ロゼッタは、それを見て微笑んだ。
「さあ、私が分かるのはここまでだ。この先はどうすればいい? テディ」
彼女が呟くと、突然。
どこからか、聞き覚えのある女性の声がした。
「ロゼッタ」
「⁉︎」
ロゼッタは周囲を見渡した。
確かにはっきりと声が聞こえたのだが、声の主の姿が見えない。
すると、謎の声は続けた。
「ついにテディに接続したんだね?」
「おばあちゃん⁉︎」
これは懐かしいおばあちゃんの声だ。
どこからだ? すごく近い。まさか……頭の中に直接声が響いているのか?
「おばあちゃんどこなの?」
「この声を聞いているということは、成人したんだね。おめでとうロゼッタ!」
ロゼッタは、おばあちゃんの言葉を聞いて急に冷や汗をかいた。
「あっ。成人……は、まだです……」
しかし、おばあちゃんは、ロゼッタの言葉には反応せず一人で喋り続けている。
「ロゼッタ、きっと驚いているだろうね。これは、私の声をテディの中に記憶させたものだよ」
「声の記憶……」
ロゼッタは少し安心した。
安心すると同時に、だんだん目が潤んでくる。
亡くなったおばあちゃんの声が、とても目に沁みたのだ。
「ロゼッタ。約束通り、成人したお前に私たち一族に伝わる戦闘技術を伝授してあげるからね」
「頼むよ、おばあちゃん……」
ロゼッタは手の甲で涙を拭い、頷いた。
「よーし。それじゃあ早速、私ら人形使いの戦い方を教えてあげよう。超簡単だからね!」
「人形使い……」
「まずはテディの安全装置を解除する。やり方は簡単、テディに語りかければいい。やってみな!」
「え! いきなり実践⁉︎」
ロゼッタは、あたふたしながらテディに語りかけた。
「安全装置、解除!」
彼女が言うと。
急に、自分とテディを繋いでいた糸の輝きが増した。
テディの体から、青い発光体が糸を伝ってロゼッタの体に流れ込んでくる。
ロゼッタは驚きのあまり目を丸くして、一歩引き下がった。
すると、その直後。
ピカーン!
ロゼッタの目が黄色く発光した。
彼女の周りには小さな魔力の渦が発生。
部屋の中で旋風が巻き起こった。
ロゼッタはあまりの衝撃に、瞳孔を開いて天井を見上げた。
指先から腕、肩、胸、首筋にかけて何かが爽快に流れ込んでくる感覚がある。
頭の中に莫大な情報が溢れる。
ロゼッタの眼球は上下左右へと慌ただしく動き回った。
彼女の目の前には、次々と謎の文字が浮かび上がる。
「分類:人形」
「名称:テディ」
「属性:土属性」
「攻撃能力:解放」
「防衛能力:解放」
「探索能力:解放」
「学習能力:解放」
「五感共有:完了」
「技能:硬化、円盾」
「補助技能:物理耐性、睡眠耐性、毒耐性」
ロゼッタは情報の嵐を目の当たりにして、遂に目が回って酔ってしまった。
彼女は白目を剥いて唸り声を上げる。
「く、苦しい……」
しかし、おばあちゃんはそんな状態の彼女に躊躇なく話しかけた。
「どうだい? 教えることはこれで全部さ、超簡単だろ?」
「おばあちゃん、私、気持ち悪いよ……オエッ」
ロゼッタは吐きそうになりながら地面にゆっくりと着地。
そのまま床に膝をついて崩れ落ちた。
彼女は、おばあちゃんの詰め込み教育によって心身ともに疲弊している様子だ。
すると、おばあちゃんは続けて言った。
「アンタ、きっと冒険に行くんだろ?」
「……?」
ロゼッタは予想外のおばあちゃんの言葉に、一瞬ピクリと体が反応する。
おばあちゃんの声は更に続く。
「分かるよそのくらい。アンタは人一倍好奇心旺盛だからね」
「おばあちゃん……」
「私が言えることは一つだけ」
ロゼッタは、口元を手で拭いながら空中を浮遊するテディを見つめた。
すると、おばあちゃんは元気いっぱいに言い放った。
「楽しんで来な‼︎」
「⁉︎」
ロゼッタは驚きを隠せなかった。
あんなに過保護だったおばあちゃんが、清々しいまでにロゼッタの背中を押してくれたのだ。
ロゼッタは、思考の整理が追いつかない。
「あの……でも……私……人形使いなんだよね……外の世界に出ちゃ……」
「もちろん、人前で私たちの能力を見せびらかすんじゃないよ! 殺されちまうからね!」
「だよね……」
「ただし、ピンチの時は迷うことなく使いな!」
ロゼッタはヨロヨロと立ち上がる。
そんな彼女に、おばあちゃんは声をかけた。
「さあ、お行き! お前は、もう立派なレディなんだろ? これからは自分の事は自分で決める。そして自分の身は自分で守んだよ!」
ロゼッタは、成人前に技を伝授してもらったことが少し後ろめたかった。
しかし、一方でおばあちゃんが自分の事を信じて送り出してくれたことに心から感動していた。
彼女は、なんとも言えない表情で微笑む。
すると、おばあちゃんは最後に優しく一言。
「私の大切なロゼッタや。くれぐれも気をつけるんだよ」
音声はそこで途切れた。