第二話 魔王教団
村の中央広場には男達が集まっていた。
彼らは杖を握りしめ、怒号を上げている。
「よそ者め! 俺たちの村に何の用だ‼︎」
「名を名乗れ‼︎」
「盗賊ならタダじゃおかねぇぞ‼︎」
男達が怒鳴りつける先には黒装束に身を包んだ茶髪の冴えない男が立っていた。
彼は罵声に対して怯む様子はなく、何やら堂々と構えている。
茶髪の男の背後には同じく黒装束を纏った人物が二人。
彼らの隣には、毛先からバチバチと青い電気を放つ一匹の雷狼が控えている。
茶髪の男は、後方で唸り声を上げている雷狼を嗜めた。
すると突然、不自然なほどに口角を上げて言葉を発した。
「お前達は弱者か? それとも強者か?」
「……?」
村人達は茶髪の男の謎の言動に一瞬、ぽかんと口を開ける。
しかし、すぐに再び怒号を上げた。
「なんだテメェ‼︎ 訳のわからねぇことを‼︎」
「ふざけてんじゃねぇぞ‼︎」
「出て行けや‼︎」
広場は騒々しかった。
男達が興奮気味に、よそ者をがなり立てる。
そんな中、人混みを掻き分けて一人の老人が広場の中央へと進み出た。
「はいはい、村長が通るよ~」
村の男達は、その声を聞いて道を開ける。
小柄な村長が男達の間をスタスタと進む。
村長は茶髪の男の前にたどり着くと、まず一息ついて呼吸を整えた。
そして静かに挨拶をした。
「お待たせ致しました。ワシがこの村の村長ですじゃ。それで、あなた方はどちら様で?」
村長は腰を低く低くして丁寧に質問をする。
すると茶髪の男は堂々と答えた。
「盛大な歓迎、感謝する。我々は魔王教団である!」
その言葉が発せられた途端、一度静まり返っていた広場が再びザワついた。
聞いていた村の男達が、また興奮状態になる。
男達は各々魔法の杖を強く握りしめて警戒体制をとった。
しかし、茶髪の男は気にしていない様子だ。
彼は口角を上げ、目を見開いて、突然両手を天に掲げて叫んだ。
「そして! 我は魔王教団四天王の一人! 風の司教。”狂気の”ジョンである!」
ププッ。
ジョンが名乗ると、どこからか小さな笑い声が聞こえた。
その場の全員の視線が声の主へと注がれる。
彼らの視線の先には赤髪の小柄な少女がいた。
声の主はロゼッタだ。
彼女は笑いを堪えながら言葉を発する。
「狂気のジョンだって……プププッ」
「こら、ロゼッタちゃん……」
村長が冷や汗をかきながらロゼッタを制す。
ジョンは眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと両手を下ろした。
そして突然、一人でブツブツと何かを呟き始める。
「……なんだよクソが……凡人め……何日もかけて考えて付けた……渾身の名前だぞ……」
彼はどうやら釈に触った様子だ。
村長は生唾を飲んでジョンの様子を見守った。
するとジョンは、急にハッとした様子で現実に戻ってくる。
そして何事もなかったかのように続けた。
「まあ、良い。話の腰を折った無礼者は放っておこう」
ジョンは再び不自然なほど口角を上げて両手を天に掲げ、声高らかに宣言した。
「我々魔王教団の教義は至って簡単、強きを尊び弱きを殺すである!」
「‼︎」
「増え続ける魔獣被害。蔓延する疫病。何年も続く凶作。なぜ魔王様はこのような過酷な世界をお作りになられたと思う? それは……我々を幻想から目覚めさせるためである!」
「⁉︎」
「野性の魔獣を見てみろ。この世は本来、弱肉強食。弱い奴が食われ、強い奴が生き残る。では、人間の社会はどうだ? 何の能力もない奴らがのうのうと生き延び、本来の強者が割を食っている! 本来、弱者は死ぬべきなのだ! 強者こそが生きる資格がある! 強者だけが魔王様の祝福を受けることができるのだ!」
「……」
ロゼッタはジョンの発言を聞いて顔をうつむけた。
そして周囲をこっそりと見渡す。
すると数人の村人がこちらを見ているのを発見した。
ロゼッタはそれを確認すると、視線を地面に落とした。
村の一同は困惑している様子だ。
彼らは周囲の人間の顔色をうかがっている。
どうやら皆、ジョンの言葉に何か思うところがあったらしい。
そんな様子を見て、ジョンはますます口角を上げた。
「前置きはこれぐらいにして要件を簡潔に言おう!」
ジョンはニヤリと邪悪な笑みを浮かべて村人を見渡した。
そして満を持して告げる。
「この村の住人は全員、魔王教団に入信せよ‼︎」
「‼︎」
村の一同はざわめいた。
何人かの村人は隣の者と密かな会話を始め、また何人かの村人はジョンに罵声を浴びせた。
「ざわざわ……」
「出て行け‼︎ よそ者‼︎」
すると突然。
耳をつんざくような高音が空気を振動させた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオンッ‼︎」
ジョンの後方にいた雷狼が雄叫びを上げたのだ。
村人達は頭を割るような高音に狼狽えながら両耳を抑え、背中を丸めた。
その様子を見てジョンは高笑いをする。
「ハーハハハハハハハハハッ! ちなみに入信を拒否するものは即刻死刑とする!」
「ちくしょう!」
村人の何人かは頭を押さえながら、片手で魔法の杖をジョンへと向けた。
そして震える手で狙いを定める。
ところが、ジョンは余裕の表情で構えている。
そして、ベーッと舌を出して村人を挑発してから言葉を続けた。
「後方の森に我らの軍団が控えているぞ。果たして農民風情の魔法で戦えるかな?」
「くっ……」
村人達は歯を食いしばり、周囲の森を警戒した。
もしジョンの言葉が嘘では無かった場合、ここで攻撃するのはまずい。
敵の正確な数が把握できていない上に、村が完全に包囲されている可能性がある。
村人達は攻撃を躊躇せざるを得なかった。
そんな様子を見ながらジョンはニヤニヤと笑い、言った。
「とりあえず明日の朝まで猶予を与えてやる。明日の朝、太陽が登る頃に村の者全員で広場に集まれ。女子供から老人に至るまで全員だ!」
「……」
村人達は押し黙る。
すると、ジョンは最後に一言添えながら村人に背を向けた。
「ああ、そうだもう一つ……」
そして彼は、さも普通のことのようにサラッと重い注文を言い残した。
「教団への服従の印として村から一人だけ生贄をだせ」
「⁉︎」
「それではまた来るぞ。いい返事を待っているからな、ハーハハハハハハハハハッ!」
村人たちは口をつぐんだまま、力無く地面に視線を落とした。
広場にはジョンの高笑いだけが響き辺る。
やがて、その笑い声も森の方へと遠ざかっていった。