第一話 赤髪の少女
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「おいおい、”最弱”のロゼッタ様がお帰りだぜ!」
その言葉と共に、男たちがギャハハと下品な笑い声を上げた。
ロゼッタと呼ばれた少女は顔を俯けて道を進む。
赤髪の小柄な少女は右手に緑色のモフモフを、左手には大きな弓を握りしめていた。
すると、一人の男が言った。
「よお、ロゼッタ! その”弓”とか言う原始人の武器でちゃんと獲物は獲れたのか?」
「アハハハハッ」
ロゼッタは、男達の声を無視して村の入り口をくぐった。
彼女は無益な言葉には反応せずに、男達を振り切ろうとする。
しかし、男達は執拗に声を掛けてきた。
「おいおい、無視すんなよ!」
「最弱のくせに、デレクの兄貴を無視するとは良い度胸だな!」
「まさか魔法が使えない上に言葉も喋れなくなったか?」
「アハハハハッ」
「……」
ロゼッタは尚も無視する。
するとデレクと呼ばれた青髪の男がロゼッタに駆け寄り、彼女の右腕をつかんだ。
「おい、聞こえてんだろ?」
「⁉︎ 触るな‼︎」
遂にロゼッタは鬱陶しくなり、叫びながら手を振り払った。
「ちゃんと声出せるじゃねぇか。なんで無視すんだよ?」
「下賎な輩と交わす言葉などない!」
「あ? アカデミーを中退したくせに偉そうな口聞いてんじゃねぇぞ!」
「くっ……」
「魔法が使えないお前を、俺らが養ってやってんの。野菜はタダじゃ生えてこねぇ。俺たちは感謝こそされても侮蔑される筋合いはねぇぞ!」
「うるさい!」
デレクは先ほど振り払われた手をブラブラさせながら説教を続けた。
そして、おもむろにロゼッタが右手に握りしめていたモフモフに視線を移す。
彼はジロジロとロゼッタの獲物を観察した。
やがて彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「なんだ? それが今日の獲物か? ……ちっさ」
言われたロゼッタは、頭に血が上り、顔を真っ赤にした。
そして、怒りに震えながら静かに弓を背中に背負う。
右手の獲物を左手に持ち替える。
デレクはその様子を見守りながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
すると……。
ロゼッタは何をするでもなく、突然サッと自宅の方へと体の向きを変えた。
彼女は左手のモフモフを力強くギュッと握りしめると、そのまま自宅の方向へと歩き出した。
そのロゼッタの姿を見て、男たちは笑い声を上げる。
デレクも気持ちの悪い笑顔で、立ち去るロゼッタを眺めていた。
その時。
「ん? なんだ?」
「あっ! デレクの兄貴‼︎」
デレクは急に足元がスースーと涼しくなったので、おかしいなと思いながら視線を落とした。
すると、先ほどまでしっかりとベルトで止めていたはずのズボンが完全にずり落ちていた。
見苦しい粗末なパンツが風にひらめいている。
「うわぁ‼︎ 俺のズボン‼︎」
デレクは慌ててズボンを持ち上げて履き直した。
彼は顔を赤くしながら、背後にいる仲間たちに視線を送る。
「大丈夫だよな? 最弱に見られてねぇよな?」
「ああ、大丈夫だ兄貴、最弱が後ろを向いた後だ……」
「プププ……アハハハハッ!」
「⁉︎」
男たちは一斉に、笑い声の方に顔を向けた。
ロゼッタが笑いながら背を向けて立ち去っていくのが見える。
「プププ。ザマァみろ馬鹿者どもめ! 奴らの知能では何が起こったのかを知るよしもあるまい!」
ロゼッタは少しだけ機嫌がよくなった。
彼女は軽やかにスキップをしながら、空いた右手を軽く振るう。
すると……。
シュルシュルシュル‼︎
突然、青く輝く糸のようなものが彼女の手に収納された。
細く長い糸は、ロゼッタの皮膚に吸収されるようにして消えていく。
長い糸はどんどんどんどん彼女の指先に吸い込まれ、やがては綺麗に消滅した。
ロゼッタは青い糸が全て消えたのを確認する。
すると立ち止まり、すぐに周囲の様子をうかがった。
周囲に人はいない。
その様子を確認して、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「勢い余って使ってしまったな……」
彼女は少し悲しげに右手を眺めた。
そして、ため息を漏らした。
上空には突風鷲の影がクルクルと静かに旋回している。
空は巨大な世界樹の葉に覆われているというのに、輝く太陽の光は全く遮られることなく地表にさんさんと降り注いでいた。
時折、突風鷲の仕業だろうか? ヒューと吹き抜ける風がロゼッタの赤いおさげを揺らした。
周囲では村人が畑で農作業をしている。
ロゼッタは畑で働く人々を見渡した。
人々は手に魔法の杖を握りしめ、額に汗を浮かべながら、ひたすら手首をクルクルと動かしている。
一人の男が杖を振う。
直後、男が杖を向けた先の土がモコモコと小さく盛り上がった。
男は盛り上がった土に杖先を向けたまま、姿勢を維持して後方へと下がる。
すると、土は男の通った足跡を追うようにモコモコモコモコと連続で盛り上がった。
今度はそこへ左脇にカゴを抱えた一人の女がやってくる。
その女も魔法の杖を一振り。
すると女の抱えるカゴから野菜の苗が飛び出して、男が盛り上げた土の上に等間隔で自ら植った。
これで野菜畑の畝が一つ完成する。
ロゼッタは少し視線を横に移動させた。
畑のすぐそばで世界樹に向かって手を合わせて祈る老人がいる。
昨年は凶作だったので、今年こそは豊作になりますようにと神様にお願いしている様子だ。
農作業の様子を見ながらロゼッタは、はぁ……と一つため息をついた。
彼女は背中に背負った弓を確認すると、その顔に影がさす。
そして彼女は少し俯きながら再び歩みを進めた。
目の前に石造りの小さな家が見えてくる。
ロゼッタの自宅だ。
彼女は自宅に向かってトボトボと接近した。
すると突然、あることに気づいた。
ロゼッタは急に目を凝らし始める。
何やら自宅の前で、誰かがゆっくりと大きく手を振っていたのだ。
地面までヒゲを伸ばしたおじいさんが元気に手を振っている。
「お~い。ロゼッタちゃ~ん」
「村長!」
ロゼッタは、村長の存在に気づくと表情を緩ませた。
そして、こちらからも手を振り返す。
「ロゼッタちゃん。狩りの調子はどうじゃった?」
ロゼッタは尋ねられるや否や、右手に握りしめた緑のモフモフを掲げてみせた。
そして得意げにニヤリと笑う。
「レアものだぞ!」
「おお⁉︎ それは、風兎‼︎ どうやってそんなレアものを……?」
「どうだ、凄かろう!」
「街で売ったら大層な金になるのぉ~、でかした!」
村長は獲物を見て目を丸くした。
しかし、すぐに訝しがってロゼッタに尋ねた。
「まさか禁忌の魔法を使ったのではあるまいな?」
「村長、そんなわけなかろう! 私は、おばあちゃんと約束したのだ。絶対にあの魔法は使わないとな」
「うーむ。それならば良いんじゃが……」
村長はホッとしてヒゲを撫で下ろした。
するとロゼッタは、少し視線を外しながら呟く。
「まあ、でも……馬鹿どもを揶揄うことくらいには……」
「ん……?」
「いや! 何でもないぞ!」
村長は一瞬、眉をひそめた。
しかし特に追求はせず、改めて風兎の方に目をやった。
そして言った。
「こんなに足の速い獲物を、弓で仕留めたのかい?」
「そうだぞ。私の弓矢は百発百中だ!」
ロゼッタは誇らしげに胸を張り、村長はそんな彼女の姿を見て優しく微笑んだ。
「よくぞ弓の腕をここまで上げたもんじゃ。ロゼッタちゃんは、村一番の努力家じゃな」
「えっへん!」
「ロゼッタちゃんは魔法を使わんでも優秀じゃわい」
「そ、そうだな……」
ロゼッタは村長の言葉を受けて複雑な表情をした。
すると、その時。
突然遠くから村の男が叫び声を上げた。
「村長‼︎ 村長はどちらにおられますか‼︎」
村長とロゼッタは何事かと思い、声の主の方を見る。
声の主は、まるで魔獣にでも追われているかのように必死にこちらに向かって走ってきた。
そのただならぬ様子に村長は恐る恐る返事をする。
「おーい、わしはここじゃ!」
「村長……ハア、ハア……」
駆けつけた男は息を切らす。
そして、必死に言葉を吐きだした。
「た、大変です……大変なんです……」
「なんじゃ、落ち着いて話せ!」
「黒装束の見知らぬ奴らが……」
「?」
男は一度大きく息を吸うと、一気に言葉を続けた。
「黒装束の怪しい奴らが、魔獣を引き連れて村に入ってきました!」
「なんじゃと!」