勇者パーティ追放
アーノ王国公認勇者パーティ、インフィニティブレイブのメンバーのうち一人を除いた四名が宿の一室に集まっていた。
「ねえ、本当にやらなくちゃいけないの?」
魔法使いの少女ツンディ・レのいつも気丈な意志を宿す瞳はしかし、今日に限っては不安を湛えて揺れていた。
パーティの生命線である回復役、聖女オサナ・ジミと頼れる斥候の少女ムクチーもまた、同じように最後の一人の様子をうかがう。
「しかたねぇだろ。この国の、いや、この世界の為なんだ」
勇者ブレイブが厳として言い切った。
「あいつは、追放されなければいけない」
「でも! ……あたしたちみんなでがんばればなんとかなるんじゃないの?」
「そうです。これまでだってどんな困難も協力して切り抜けてきたじゃないですか」
ツンディ、オサナに加え、ムクチーも何度も頷き賛意を示す。
しかしブレイブは頑として譲らない。
「だめだ。確かに俺たちが協力すれば魔王に勝てるかもしれない。だが、その後にくる災厄に、太刀打ちできない。それができるのはあいつが秘めてる能力だけで、俺たちと一緒にいたらその力は覚醒しないんだよ」
「そんなの、ただの予言じゃない」
「これまで一度も外れなかった予言は、もはや事実だろ」
未来視の巫女が語ったのだ。
このまま魔王を倒せば世界が滅ぶと。これを覆せるのは一人だけ。この場にいないもう一人のメンバー、荷物持ちのザーマだけだというのだ。
そして様々な要素を鑑みた結果、早急に彼をパーティから追放しなければならないという結論に至った。
それを決めたのは巫女を擁するアーノ王国の上層部。インフィニティブレイブのパトロンである。
「それでもこれまで散々貢献してきたあたしたちがひどい目に合わないといけないんでしょう? おかしいじゃない」
「ざまぁ、でしたか。追放して彼を追い詰め、彼の覚醒をまってからわたしたちがいわゆる噛ませ犬として没落して、英雄の世代交代を演出すると」
「そこまでしなくちゃいけない?」
ムクチーまでもが口を開き、こんなのおかしいと主張した。
だが、ブレイブはそれでも首を横に振った。
「大丈夫だ、お前ら三人は再合流ヒロインとして返り咲くこともできるって言ってただろ。あいつがどん底にいる時にそばにいてやることはできないかもしれないが、それでもその先で共にいることができる」
「そりゃオサナはそれでいいかもしれないけど!」
「ちょっと、馬鹿にしないでください。確かにわたしは彼を愛していますが、それだけじゃないです! このインフィニティブレイブだってわたしにとって大事な――」
「ああもう、ごめん落ち着いて。あたしが言いたいのはそういうことじゃないから。別方向に噛みつかないで」
「がるるるる」
半泣きになってツンディに迫るオサナの背中をさすって宥めるムクチー。
その様子を横目にツンディが続ける。
「オサナたちは再合流するとしても、あんたはどうするの?」
「俺まで合流するのは禁止されたからな。どうせ天涯孤独だ、ざまぁ保護プログラムで顔と名前を変えて別の場所で戦うさ」
「ざまぁ年金で平和に暮らしたりは?」
「俺がそんなタマかよ」
ブレイブは勇者だ。これまでも、これからも。
「もうさ、全部忘れて国を出ちゃわない? あたしたちならきっと引手数多よ」
あまりに無体な指示を出してくる国を出奔するのはどうか。
魅力的な提案だ、とブレイブも思ってしまう。
だが。
「馬鹿言うな、お前らには家族も友達もいるだろ」
「あんたにだって仲間がいるのよ、ブレイブ」
にらみ合うツンディとブレイブ。
「……どっちにしろ、災厄は逃がしてくれないだろうよ」
「……ほんとクソね」
インフィニティブレイブでは対応できないという更なる災厄。
これがある限り、予言に従うしかないのだろう。
つまり、まずはかけがえのない仲間であるザーマを追放する。
「あいつはいいやつだからな、できるだけ俺たちに対して良心の呵責を覚えないようにしてやらねぇと」
「だからってひどいことを言って傷つけるっていうのも本末転倒よね」
「ツンディさんはいつもと変わらないのでは?」
「は?」
「つらい」
ひどいことを言って追い出す。これでザーマを絶望させることで覚醒を促せるのだという。
もう一度言うが、ザーマはかけがえのない仲間だ。
荷物持ちとは言うが、それぞれの分野でアーノ王国の頂点にいる四人についてくる人材である。アーノ王国の騎士団長あたりと比べてもはるかに有能なのだと、ブレイブたちは認識しているし、そうでなくとも危険な勇者活動に同行してくれる稀有な仲間なのである。
そんなザーマを傷つけるのだ。
それだけでも気が重い。
次にザーマの覚醒と並行して没落する。
その間、魔王軍との戦いは滞ることになるだろう。
インフィニティブレイブの名声は地に落ちることになる。
そしてインフィニティブレイブの瑕疵を補う形で、覚醒したザーマを活躍させる。
魔王軍との戦いも引き継ぎ、ザーマのさらなる成長の糧として、次の災厄に備えるのだ。
予言はここまで。ザーマが災厄に対抗できるということ以外はわからない。
そこから先は未知の領域だが、予言がないことの方が多いのだから、いつものこと。ザーマならうまくやるだろう。
一通り、流れを確認し終わって。
「あたしたちのやってきたことって何だったのかな」
ツンディが目を伏せてつぶやいた。
「……ザーマが継いでくれるさ」
「でもそれはインフィニティブレイブじゃないでしょ」
「そうかもな。ただの願望だ」
他に手がない。少なくとも思いつかない。予言を覆すだけの根拠が持てない。
である以上、ブレイブはやる。
どんなつらくてもやり通す。
国のため、世界のため。弱き者たちの為。
それが勇者の役割だ。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「ザーマ帰ってきた」
沈黙を破ったのはムクチーだった。
仲間の気配を感じ取ったのだ。
皆は顔を上げた。
いずれも覚悟を決めた表情で。
これから何も知らない仲間を絶望の淵に突き落とす。
世界のために。
四人は最後にうなずき合った。
宿の部屋の扉が開かれる。
「遅かったな無能、お前、パーティ追放するわ」