表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

桜の並木道

作者: John
掲載日:2021/03/17

ワシントンDCを流れるポトマック川。今年もナショナル チェリー ブロッサム フェスティヴァルの時期が訪れた。凍てつく冬を乗り越えて虫や草花も巡り行く季節の到来とともに新しい命を宿していく。ポトマック川沿いを彩る桜の並木道。穏やかな春のそよ風が満開になった桜の花弁をそっと舞い散らす。ピンクに染まった華麗な花弁が生き急ぐように桜吹雪と散っていくその刹那。車椅子に乗った齢70の老婆とその車椅子を押している息子と思われる男性。エミリーとシンセリティーのジャクスン親子だった。車椅子のエミリーは痩せ衰えて衰弱しきっているものの意識は明瞭であった。シンセリティーが感嘆しながらエミリーにやさしく話し掛ける。「母さん、奇麗だね」「ああ、そうだね。私は、もう桜はみれないと想っていたよ」エミリーは感慨深げに言った。去年の桜の開花の時期にエミリーは身体の不調を訴えて病院を受診した。様々な検査をした結果悪性の腫瘍が見つかった。検査の結果を聞きに息子のシンセリティーと病院に行った。余命一年と宣告された。体調不良を訴えるまでは元気に暮らしていたエミリーだったので予期せぬ悪い知らせだった。病院の帰りにエミリーとシンセリティーは、この桜の並木道を二人で歩いて帰った。その時には桜は散り始めて枝機の花弁ももう見頃を終わっていた。「来年はもうこの美しい桜は見れないかもしれないね。桜ってのは儚いもんだね。パッと咲いてパッと散ってしまう。人間ってのも桜の散り際同様、人生の幕を下ろす時の去り際ってのが肝心かもしんないね」エミリーが落胆しながらも己の宿命を受け止めたように言った。シンセリティーは、母親の心境と抗えようのない現実に己の無力さを痛感した。「母さん、母さんは僕や周囲の人達の為に身を削って費やして頑張り過ぎたんだよ。残された時間はどれくらいかは天のみぞ知るって事なのかもしれないけど自分の為に生きて欲しい。僕は、母さんと残された時間を一日でも多く悔いの無いように生きるつもりだよ」シンセリティーの頬に涙が伝う。「馬鹿な子だね。明日、死ぬって訳じゃないんだから泣くのはおよし。ありがとうね。そうやって言ってくれて」あの二人で帰った日から一年。エミリーは辛い治療に耐えながらちびたロウソクかもしれないがその灯火を絶やさぬように生を全うしていた。桜を見上げながら穏やかに微笑むエミリーの表情に木漏れ日が射し込む。飛び交う小鳥の囀りがハミングしている。「桜ってのは散り際は切ないけれども春の訪れを告げてくれて散った後も萌ゆる新緑を繁茂させて、人々に活力を与えてくれる葉桜を見せてくれていいもんだねえ」「母さん、寒くないかい?」シンセリティーが膝掛けとショールのずれを直してあげる。ショルダーバッグから魔法瓶を取り出して温かいアールグレイを注いでエミリーに渡す。「母さん、はい」「ありがとう」アールグレイのベルガモットの香りと満開の桜に癒やされながら暫し闘病の辛さを忘れるエミリー。桜をみあげながらエミリーが言った。「シンセリティー、誰か良い娘はいないのかね。私が死んだ後に御飯とか洗濯とかそっちの方が私は心配だよ」「ごめんよ、母さん。僕が早く結婚してれば子供も産まれて賑やかになったんだろうけどね。ごめんね、母さんに孫の顔も見せてあげれなくて」「あんたの事を大事に想ってくれる良い人とめぐり逢って幸せになるんだよ」「母さん、体に障るといけないからそろそろ病院に帰ろうか」「ああ、そうだね」半月後、エミリーはシンセリティーに看取られながら安らかに天に旅立った。病室の窓から見える沈丁花の樹木が甘い香りを風に乗せて運んでいた。シンセリティーは気丈に母を見送り父の隣の墓石に埋葬した。告別式の帰りに最期にエミリーと見た桜の並木道に立ち寄った。葉桜が見事に生い茂りまた新たな息吹を樹木に吹き込んでいた。エミリーの肉体はもうこの世に存在しないが母の温もりと精神、そして掛け替えのない思いではずっとずっと心の中で色褪せること無く生き続けていくんだとシンセリティーは繁茂する葉桜を見上げながら想った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ