第二章:商談は晴れの日に
≪第2章≫
石造りのレンガが積み上げられた、堅牢な城壁。
負けじと高く積み上げられた石塔が所せましと並んでおり、城そのものが戦に備えているかのような硬質な印象を受ける。
そう、フレッドに連れられてきたのはこの国の王族が住まう王城であった。
入り口でぽかんと口を開け、高い塔のてっぺんを見上げていると、フレッドが笑っていた。
「おいおいまだ入ってもいないんだぞ。そんな間抜け面してちゃほかの奴に笑われるぜ。」
「いやいやいや、あんた。俺みたいな一般庶民が入っちゃいけないでしょこんなとこ。」
ものすごく及び腰なレンを引っ張りながら、フレッドは堂々と入城した。
しかし、誰も呼び止めない。城門を守っている兵士も、黙って頭を下げるだけだ。
―こいついったい何者なんだよ…
結局仕事の内容も教えてもらえず、とりあえずついてきたら王城入り。
俺は一体何をさせられるんだ…?
疑り深くフレッドの後をついていくと、入り口から一番近く、またかなり高さのある石塔に案内された。
「ここは監視塔といわれている。城門の様子や城下町の様子を見下ろせる塔だ。衛兵たちの詰所の役割も果たしている。」
なるほど、言われてみれば壁のあちこちに鎧や武器等がかかっており、すぐにでも武装して飛び出していけるようになっている。
また中にある部屋は簡素なつくりで、机と椅子、書類のみ。
ここで暮らすのではなく、兵士たちの仕事部屋…といったつくりになっていた。
見るものすべてが初めてで、感心しきっているレンをしり目に、フレッドはずんずんと塔を登って行く。
どのくらい登っただろうか。市中を走り回っていたこともあり、体力にはそれなりに自信があったが、さすがに息が切れてきた。
「はぁ、はぁぁ…フレッド、まだ?結構上ったよね?」
「まだ。今ちょうど2/3くらい来たところだぜ。」
フレッドは全く息も切らさず淡々と登っていく。
―こいつ、本当に何者なんだ。
休もうというのも癪なので、意地でついていくがかなりしんどくなってきている。
さすがに休もう、と前を歩くフレッドに声をかけようとしたとき、まぶしい光が前から降ってくるのを感じた。
「外だ…!」
目の前に開けたのは、青い空。塔のてっぺんについたのだ。
フレッドを追い越して外壁に張り付く。見下ろすと、はるか下につい先ほどまでいた城下町が見えた。
「フレッド!!すごく下に町が見える…!」
高い塔の上特有の強風が、レンの白髪を煽る。束ねた髪が横に流れ光に透けてきらきらと光った。
「おい、あんまりはしゃぐと落ちるぞ。もっとこっちにこい。」
フレッドは帽子を外して手に持ち、反対側の手でレンをひっつかんで引き寄せた。
まるであの少年のように首根っこをつかまれたレンはむっとしてフレッドを振り返る。
「おい、」
何するんだ…と言いかけて、言葉を失う。
レンはその日初めて、隠されていないフレッドの顔を見たのだった。
「なんだよ。」
フレッドはバツが悪そうに顔をそむける。
「…お前、イケメンなんだな…。」
食えない態度がよく似合う、怜悧な風貌をしていた。
赤い瞳だけが、燃えるように眼光を放っている。
なんとなく整っているなと思っていたけど、明るいところで見ると、すさまじい美貌だった。
「俺の顔を見て、そんなありきたりな感想述べるやつ初めてだ。」
「え、ほかにどんな驚き方があるんだよ。自分の顔に自信持ちすぎだろ。」
確かにかっこいいけど。
これだからイケメンは…と半目になったレンを見て、フレッドは噴出すようにして笑った。
「違う、そうじゃない。…まあいいや。お前のいいところだ。さぁ、行こうか。」
なんだかよくわからないうちに褒められた。
いや待て、行こうかってどういうことだ。
「おい、ここが最終目的地じゃないのか?」
「いや?ここは景色がいいからな。故郷を眺めるには最高のシチュエーションだろ?」
「確かに景色はよかったが…。おい、またこの塔を降りるのか。」
レンはがっくりと肩を落とした。
帰りは心なしか歩くスピードを落としてくれたフレッドについて、息を切らしながら階段を下る。半分くらい下ったころだろうか、フレッドはある部屋に入った。
「おーい、ロラン。いるかー?」
後ろからついて入った部屋には所狭しと本が並べられ、床には書類が山積みにされていた。
「おおー?ああ、フレッドか。何してるんだ、こんなところで。」
眼鏡をかけた黒髪の青年がひょっこりと顔を出す。お世辞にも兵士業をやっているとは思えない体つきだった。
「こいつが前に話した奴だ。支度を頼む。」
フレッドの言葉にうなずいたロランは、「なるほど、確かに団長に似てるなぁ。」と言いながらレンに近づいてきた。思ったよりも背が小さい。165センチくらいだろうか。
「こんにちは。僕はロラン・バルト。フレッドとは…まあ長い付き合いさ。悪友みたいなもん。よろしくね。」
年は自分と同じくらいかそれより幼く見える。かわいらしい顔立ちで、女性と並べても遜色ない容貌だ。そして、笑顔がさわやかでまぶしい。
「俺はレンだ。よろしく。」
握手を求める手を差し出すと、ロランは破顔してレンの手を取った。思った以上に色が白く、でも力強い握手だ。
「さて、君のことはフレッドから聞いてるよ。こっちの部屋に来てくれるかな。フレッドはそこで待っていてくれるかい?」
ロランについていくと、そこには軍服と訓練用の武器、鎧がいくつも並んでいた。
「君は背が高いねぇ…そうだな、これなら着られそうかな…ちょっと着てみてくれる?」
あれよあれよと服を脱がされ、軍服を着せられていく。ロランの見立てはぴったりで、まるで仕立てたかのような仕上がりだった。
靴と装備も整えるといっぱしの王城付き兵士の出来上がりだ。
満足のいく出来栄えだったようで、ロランはうんうんとうなずいていた。
「フレッド、来てよ。レンすごいかっこよくなったよ!」
ロランに呼ばれたフレッドは入ってくるより、おお…と声を漏らす。
「馬子にも衣装だな。よく似合っている。」
「失礼な…あんたみたいなイケメンに言われるとなんか…」
悔しい、と最後まで言わなかったものの、素直に喜べなかった。
そんなレンをしり目に、フレッドは訓練用武器を漁る。
「レンの身長なら、この辺の剣がいいか…。この間も木刀持ってたし、ある程度武術はできるんだろ?剣より槍のほうがいいか?」
「あんたよく見てるな…。剣がいい。槍は握ったことない。」
剣のほうが比較的安価に手に入る。槍だと町で使うには丈が長すぎて使えないこともあって、触ったことがなかった。
「そうか。じゃあ、この剣な。」
軽く放られた剣を受け取ると、予想以上に重量を感じた。町では木刀しか使わなかったけど、これは真剣の刃をつぶした、金属製のものだ。フレッドは軽く放り投げていたが…。
「真剣、持ったことないのか?」
「こんな高価なもん、町じゃ必要ない。けんかの仲裁がメインなんだ。刃をつぶしていたとしても大けがしちまう。」
「まぁ…そうだろうな。そこはこれからの訓練で扱えるように慣れてもらう。」
「訓練…?」
そういわれてみれば、結局なんの仕事をするのか聞いていない。
「そう、レンにはみ月後に開かれる王城内の武芸大会に出場してもらう。」
「はぁ?」
日々武芸を積んでいる人たちに挑めというのか。この俺が。
「確かに、マルケスさんや町の腕っぷしのいい奴らに手合わせしてもらって鍛えてきたけど…本職の兵士相手に戦えるほどの腕前じゃないぞ。」
「勝てば金貨100枚。」
「はぁ!?」
破格すぎる。老朽化した孤児院の建物も建て直すことができるだろう。
「1か月。俺が稽古をつける。勝ち上がって1位を目指せ。」
あの赤い瞳が俺を見つめている。
少年を服従させたあの目だ。
断ることなど許されないような、そもそも選択肢にないと思わせるようなあの目。
「…わかった。必ず払えよ。」
赤い瞳をにらみ返すと、フレッドは「商談成立だな。」と目元を緩めたのだった。