第一章 一
私は悲しみをよく知っています。
石に生まれ、暗い岩の中でどれほど外界に憧れていたことでしょう。日の当たる岩肌から順々に話が回ってくるのですが、外の空気も、鳥の囀りも、私には無縁でした。暗い闇の色が私の身体に滲み込んできて、いつしか全身が闇の色になったのですが、私の心は黒く染まりませんでした。
まだ見ぬ世界のことを想像し、心が弾んでいましたから、余計に希望ばかり膨らんでいたのです。私と同じオニキスが、退魔の力や浄化の力を秘めているのは、暗い世界の中で常に希望を抱いていたからに過ぎません。
石はなぜ宝石に成るのかといいますと、強く、そして長い時間同じ思いを抱いていたからなのです。
人工の石と、天然の石の違いは、輝きだけではありません。
石の想いの差なのです。
私は、まさか私が太陽に御目にかかることなど一生ないと思っていたのですが、掘り起こされ、人間の町に運ばれました。
外の世界に出たとき、私は太陽だけを見詰めていました。私の身体は、元々真っ黒です。太陽のように輝く石ではないので、私は、天上輝く光の珠を見詰めていました。ないもの強請りは致しません。私は自分の色、闇の色を始めて認識して、ちょっとだけ寂しくなりました。ですが太陽は、私に言いました。「君の身体は美しい」と。
恥ずかしかったのですが、同時に嬉しかったのです。私の、まだごつごつした表面を見て、太陽が笑いかけてくれたのですもの。
馬が引く馬車の荷台に乗せられ、私は町に運ばれました。その間、道を歩くご婦人方の首や指に付けられたルビーやサファイアが囁く声を聞き、私はどうなるだろうとわくわくしていました。装飾品は上品で、煌びやかな社交界のお話しをしていましたから、私もいつか行けるのだろうかと思うと、胸が高鳴るのです。
想像しながら、私は太陽から目を離し、町並みを見ていました。
煉瓦は所謂遠縁の親戚ですから、街の建物に挨拶をしながら馬車に揺られていました。ご婦人方がひらひらのドレスを身に纏い、紳士達は背広を着こなし、胸を張って楽しそうに歩く姿を見、私を掘り出したおじいさんとかけ離れた世界を感じて、不思議な気持ちを味わっていました。
一軒の古ぼけた、小さな木作りの宝石職人の家に到着したのは、それから三日ほど経ってからでした。
生まれ変わる前の私は店の奥の棚にいました。ショーウインドウばかり見て、毎日溜息を漏らしていたのを覚えています。
ある日私を持ち上げた宝石職人は、にっこりと笑いかけて、作業台の上に置きました。いよいよ私は、装飾品になれると思うと、身体を弄られる痛みも苦しみも、喜びには敵いませんでした。
途中、私は目を瞑りました。期待に胸を弾ませて、私は完成までじっとしていました。