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プロローグ

一話完結の短編風長編異色ファンタジーですので、カテゴリーを文学にしています。

カテ違いと思われた方がいましたら、是非ご一報ください。

また、小説形式のため、PC推奨します。

携帯から読むと辟易する方がいらっしゃるかも知れませんので、お気をつけ下さい。



 夕暮れ時。最後まで光を届けようとしている太陽が、ゆっくりと山間に沈んでいった。

 湯船の中で落陽を見ていた薫は、ゆっくりと立ち上がった。

 水が肌を流れ、足元の大理石に落ちて行く。薄暗くなってきた浴室の中、色白の裸体がほんのりと肌を薄紅色に染めている。 

 ここは、高原にある別荘。薫が最近購入して、今日やっと初めて泊まりにきた。病気の療養で、家族と離れ一人篭ろうと思ったのだが、流石に家人の反対を押し切るのは大変だった。

「別にいいじゃない。好きなことをしたって」

 呟いた薫は、浴室のガラス扉を開けて、ひんやりとした脱衣所に出た。肌よりも白いバスタオルで、ふくよかな胸を覆い隠す。柔らかいバスタオルは、易々と肌に残る水滴を吸収していった。

 上気していたが、空気が冷たく感じて、薫はバスローブを羽織った。濡れた長い烏羽玉うばたまの髪を、バスタオルでそっと包む。押すように拭きながら、ガラス張りの浴室を振り返った。

 温泉が常に出ている浴槽は、岩風呂になっていて、薫の体積分減っている水面に、岩の間から流れ出る熱い湯が流れ込んでいる。グレーの大理石の床の目地を流れる湯が、切れてなくなっていく。

 崖上に面している風呂場からは、自然林が九割を占める山裾が下っていて、眼前には広大な海が広がっている。波が岸壁に当たり、白く濁るさまを見ながら、薫は溜息を吐いた。

 余命なぞ気にした事がない。別に人生に不満もなく、ただ死を待つよりは有意義な時間を過ごしたかった。

 夫と、子供達を遠ざけたのは、悲しみを持って接してくるからで、痛々しい眼差しで見られるよりも、一人で寂しさを感じたほうが良いと思ったからだった。

 脱衣所の、大きな鏡を横目に、薫は廊下に出て行った。

 木の温もりを感じる、檜でできた廊下を歩き、アンティーク調の家具が並ぶリビングへと向かう。照明を点け、柔らかい黄色の灯りに包まれた室内で、若草色をした柔らかい皮製のソファーに腰掛けた。

 テレビはない。目に映るのは購入したときから備え付けられていた家具や絵画、大きな窓に取り付けたシルク調のカーテン。壁に掛かる絵画は静物画で、鮮やかな色彩で描かれた果物が、手に取ることができそうな正確さで描かれていた。

 立ち上がり、二階にある寝室へと向かう。着替えを全てクローゼットに閉まってあるから、夜になるとはいえ裸にバスローブだけでは不味いだろう。

 薫は階段を上り、最奥にある寝室に向かった。歩きながらスイッチを入れて電気を点ける。暗さを増していた廊下は、電気の花が咲き明るくなった。

 寝室の中央には、ダブルベッドが置いてある。十畳ほどの広さがあるから、大きなベッドが不釣合いではなかった。

 正面のバルコニーに出て、夜風にあたってもいいかもと、思いながら、薫は鏡台に座った。三面鏡を開けて、バスタオルを置く。鏡台の横にあるランプの紐を引くと、やはり黄色光が広がった。

 ぼうとして座っていたが、薫は、鏡台の開き戸の中にある化粧品を取ろうと、視線を下へ向けた。

「あれ?」

 開き戸の下に、薄い引き出しが付いている。

「気付かなかったなあ、これ」

 薫は何気に引き出しを開けた。ころんと、何かが手前に転がってきた。

「なにかしら?」

 薫は、小さな物を指先で摘み上げた。

 黒いピアスだ。結構洒落た作りをしていて、薫は興味を持った。何気なく手の平に乗せ、指先で転がす。あんまり綺麗だから、薫は左耳にあてがった。

「ちょっとはめてみようかな」 

 誰が使ったか知らないけれど、躊躇も戸惑いもない。鏡に映るピアスはやっぱり儚げで美くしく、薫は耳に取り付けた。

『はじめまして』

 綺麗だと感嘆しているときだった。

 気のせいじゃない。薫の耳に、確かに囁き声が聞こえる。

「おかしくなったのかしら」と、薫は鏡を覗き込んだ。

 鏡の中に薫がいる。

 高原の澄んだ空気が部屋にある白いカーテンを揺らしていて、中央にあるベッドと、木目調のクラシックな造りをした家具が、鏡の傍にある卓上ライトの黄色い明かりの中光沢を放っている。

『私です、ブラックオニキスです。あなたの耳に付いているでしょう? 生まれはドイツ。無名の老宝石職人が造ったハンドメイドです。大きな塊だった私を、老宝石職人は二つに分け、大粒の滴型に磨き上げて金具を付けました。私の金具は、人の耳に刺さります。耳朶に下がり、時には社交場で輝き、時には恋人の口に触れ、私は人の手を渡り、渡り渡ってまいりました。私はたくさんの人々に付けられて、耳と同じものを聞き、目の高さよりちょっと下で目と同じものを見てきたのですよ。私はね、もう一人だから、これ以上誰かの耳を飾る事はできないと諦めていました。ですが、あなたが付けて下さった。ほんのお礼ですわ。私が見聞きしたものを、あなたにお教え致します……』

 ちょっと空寒くて、薫は身震いをした。誰もいないのに声がするなんて普通じゃない。

 薫は、幽霊やUFOの類を一切信じていなかった。別に怖くはないけれど、流石に一人で来たことだけは後悔したくなった。

『大丈夫です。怖がらないで下さい。私は邪念を祓うブラックオニキス。私の中にも、この家の中にも、おかしなものはおりません』

 ああ、やはり気のせいじゃない。この石が囁いている。薫は、おかしなこと安心して、指でそっと石を撫でた。

『私、人の指が大好きなのです! 温かくて、優しくて、ちょっと油っぽいけれど、その指で私を綺麗にしてくれるんですもの! ねえあなた、お願いがあるのです。いつも私を綺麗にして下さるかしら? 私こう見えても淑女なのです。できることなら常に美しく輝いていたいのです』

 我儘を囁くオニキスは、ライトを反射して傷一つない光沢を見せた。薫はほんの少しだけ首を振って、ピアスの先にあるオニキスを揺らした。

 つるんとした表面を光が流れてゆき、金具付近でつと消えるさまは優しく見えた。小指の先ほどの大粒なオニキスだけれど、重くはない。細工の施された台座は、しっかりと黒い石を掴んでいて、壊れてしまいそうな危うさは微塵もなかった。

 魅せられたのかも知れない。薫は、目に見えないものに畏怖すら抱かずに、じっと鏡に映るオニキスを見ている。薫の顔は青白いから、黒の石が映えていた。       

思いがけない友人を見つけた気になって、薫の心は躍っていた。

「あなたは、なにを見てきたの?」

『人ですわ。もうかれこれ二百年の間,私はご婦人方の耳を飾ってきました。私は人生というもの悲劇や喜劇を数多く見てきたのです』

 薫は、鏡に向かって離し掛けていた。返事をする相手は耳にぶら下がっているオニキス。傍から見れば奇人の類だが、薫は彼女――オニキスの見たものを知りたくなった。

「そうね、聞いてみたい」

『嬉しいわ! では私は、せめてものお礼に』

 鏡台に両肘を付いて、薫は手を組んだ。顎を乗せて、鏡に映るオニキスを見る。

 オニキスは、まるで自分で輝いているように、光を身に纏っている。そして、語り出した。

 

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