3 もし
「アルフレッド様、お時間です。そろそろ準備にとりかからせていただきます。」
そのエマの言葉とノックの音で現実へ引き戻された。
どうやら随分と考え込んでいたらしい。
入室の許可を出すとエマと他数名のメイドが部屋へ入ってきた。
私はこれからパーティーへの出席のために着替えなければいけない。
事前に用意していた礼服へ袖を通す。
軽く化粧をして身なりを整える。
そうするだけで身が引き締まる思いがする。
身支度を整えたら、家族と合流するために玄関へ向かう。
今度は母様の支度に時間がかかっているようで最後ではなかったようだ。
私は用意されていた馬車に乗り込み父様達と共に母様が来るのを待った。
ややあって母様が馬車に乗り込み、馬車は西へと動き出した。
空は綺麗に茜色に染まり、夜の訪れを感じさせる。
さぁ、彼女とのご対面だ。
・・・・・
馬車に揺られることしばらく、茜色だった空も深い藍色の形相を見せ始めたころ馬車の動きが緩やかになった。
「どうやら着いたようだね。」
父様が言うので雑談を止めて外を覗くと多くの馬車が列を成しているのを見ることが出来た。
しばらく待っていると御者が馬車の扉を叩く音が聞こえた。
そうして扉が開かれると父様は自らが降り、母様の手をとり母様を降ろした。
それに続くようにマルク兄様が私の肩を叩いた後降りたので私も降りようとすると兄様が手を貸してくれた。
目でお礼を言いつつ降りると父様が招待状を公爵邸の使用人に招待状を見せた。
それを確認すると中に入るよう促されたので案内に従い公爵邸内へ入った。
公爵邸内は生涯見たことのないような豪華さなのに何故か既視感があった。
既視感に襲われながら家族と共にホールへ向かうとそこには相当の広さの空間に高い天井、きらびやかな照明が目に飛び込んできた。
初めてみるはずの光景に普通なら目を奪われるはずだ。
しかし私は普段よりも心動かずさらに強い既視感に教われている。
ホールに入って家族に付いて挨拶をして回っていると、突然空気が揺れるような感覚があった。
両親も話を止め周囲と同じ方向を向いた。
私も釣られて同じ方向を向いた瞬間。
まるで頭でも思い切り殴られたような衝撃を受けた。
実際はそんなことあるわけないのでただの錯覚なのであるが、この時私が受けた衝撃は筆舌に尽くし難い。
そこには。
光を反射して眩いほどの白銀の長髪と引き込まれるような薄い桃色の目をした少女が立っていた。
肌は透き通るように白く、髪の色と共に見ると今にも消えてしまいそうな儚さを感じさせる。
しかし、その容姿は私の心に強く焼き付いている。
それは私の記憶にある姿、表情、雰囲気そのままで。
「紹介しよう。」
記憶に、魂に刻み込まれている彼女が……私のただ一人の想い人がそこにいた。
「この子が私の娘……」
そう彼女の名前は……
「アザレア・デンロドンだ。」
その名前を聞いたその時。
私は明確に自分の心が動き出したことを自覚した。
それと共に胸を内側からかきむしりたい衝動に駆られるのに、身を委ねたくなるほど心地よい……そんな言い知れぬ感情を強く感じた。
それは人生を捧げても良いと思えるほどの強い感情で。
故に今、新たな人生へと誓いを立てよう。
あなたは公爵令嬢で、この国の第一王子の婚約者候補で。
私は子爵家四男で、あなたの派閥に所属している。
それは身分違いも甚だしい恋で、愚か者にも等しい私は。
前回端から諦めた。
きっと叶う理由もなく、あなたに迷惑をかけてしまうと。
だが私は知っている。
王妃となったあなたに幸せはないことを。
王妃となったあなたに未来はないことを。
それならば。
それならば私があなたを幸せにしよう。
たとえこの記憶が神に仇なす悪魔に植え付けられた偽りのものだとしても。
たとえこの記憶が世界の終わりを防ぐための真実のものであったとしても。
悪魔の仕業だろうと神の御技だろうと関係ない。
きっと成し遂げてみせよう。
もし世界があなたに牙を剥くなら私が守る盾となろう。
世界を敵に回しても今度こそあなたを守ると誓おう。
もしまた世界が終わるのならば。
私が世界を救って見せよう。
私がいくら努力をしようとあなたには振り向いて貰えないかもしれない。
それでも構わない。
あなたが幸せになってさえくれるのならば。
だが、今度は諦めない。
端から諦める愚を犯すのは一度で十分だ。
どんな苦難に阻まれようと私は万難を排してこの気持ちを伝えよう。
そのためにあなたに釣り合う人間になろう。
もしまた世界が終わるのならば、今度はあなたに好きだと言いたい。
ここまでで一区切り。プロローグの終わりです。