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楽園のヒロイン 13 陰謀の匂いと希望の光

 やっさんが連れてこられたのは中心広場に面した集会場の三階にある会議室。

 クロは道すがらすれ違った救護班の男にタニを呼びに行かせており、今は彼の到着を待っている。

 やっさんはランプに照らされた近世ヨーロッパ建築の室内を興味深そうに眺めている。

 中央に円卓の置かれた広めの会議室だ。

 円卓には十二人分の椅子が用意されていて、背もたれには十二星座の意匠モチーフが刻まれている。


「とりあえず好きなところに座ってください」


 クロに促され手近な椅子に腰を下ろす。

 対面には睨みつけるように座っているヒビキ。

 この街どころか日本でも有数の武闘派と言えるヒビキの殺気をはらんだような視線も涼しく受け流すやっさんを見て、クロはこの男もそれなりの修羅場をくぐっていると見て取った。


「あとでもう一人来ることになっていますが、いつ来るか判らないので始めさせてもらいます」


「尋問かい?」


 クロはそれには答えず質問を始める。


「説明を受けていると思いますが、この街の住人は特殊な経緯で集まっているので基本的に素性を確認することはないのですが……」


「俺はただのホームレスだよ」


「ホームレスがミクロンダンジョンなんてやるのかよ」


 鋭い目つきでヒビキが言う。

 その言動はまさに尋問のようだ。


「やんねぇよ」


「ミクロンダンジョンをプレイしない人間がなんでここに来るんだよ」


 目の前の男は鼻で笑うと円卓に肘をつき、鼻先で手を組むと、その奥からヒビキをしてぞくりとくる視線を向けて低い声で呟いた。


「捕まったんだよ。首を突っ込みすぎてな?」


「興味深いね」


 声に振り返ったやっさんは、今扉を開けて入って来た男を見上げて右の口角だけを吊り上げた。


「おやおや、メディア嫌いの若き天才外科医(メッサー)と言われた神の手(ゴッドハンド)谷村たにむら崇仁たかひとさんじゃあありませんか」


「オレを知ってるってのはよっぽどの情報通だぞ? 誰だいあんた?」


「元ジャーナリスト。まぁ、今はしがないホームレスのやっさんだ」


 タニはやっさんの顔が見られる席に座るとクロに話しかける。


「面白い人材が来たもんだな」


「びっくりだよ」


 そう言って肩をすくめるクロに対してやっさんも鼻を鳴らしてこう言った。


「こっちもだ。噂では聞いてたが、黒川陸斗に響木涼音、戦闘には浅見洸汰も参加してたな? ミクロンダンジョンで失踪したんじゃないかと言われてる有名人があと何人かいるが、みんなこの街にいるのか?」


「誰のことを言っているのかは判らないが、あなたの知っている人間は何人かいるはずだ」


 やっさんがそれを受けて何かを話しかけるのを遮るようにヒビキが詰問する。


「その件は後でいくらでも話してやるよ。今はあんたの件だ」


「そうだな……」


 やっさんは思いの外あっさりと事の経緯を語り出した。

 彼の言うところによれば、とあるきっかけから非合法化された後のミクロンダンジョンに謎の組織が関与しているようだと興味が湧いて調べていたら、男たちに拉致されて人生初めての縮小を体験し、ダンジョンアタックの生き残りと一緒にここに送り込まれたのだと言う。


「どこまで調べたんだい?」


 要点をかいつまんだ簡潔な語りはさすがは元ジャーナリストというところだろうか。

 しかし、世間擦れしていないレイナはともかく、ここにはクロやタニなど駆け引きにおいて経験豊富な男たちがいた。

 あまりにも簡潔過ぎで胡散臭いのだ。

 語るべきことを語っていないのである。

 だからと言ってそこをストレートにつついても答えるわけのないことも熟知している。

 これがヒビキなら直球でそれを訊ねただろう。

 が、ヒビキはクロとタニを立てて口を挟まない。


「何が訊きたい?」


「そうだな……今日を含めてここ三度、東京のダンジョンで捕まった人たちが来てないんだが、何か知ってるか?」


「東京のダンジョンは潰れた。文字通り潰れた」


「どういうことだ?」


「言った通りだよ。ビルにトラックが突っ込んで崩壊だ。実を言うとな、たまたまその時プレイしてたってやつらと知り合って興味を持ったんだ」


「ミクロンダンジョンに?」


 そう訊ねたのはレイナである。

 どう考えてもダンジョンに興味を持つタイプの人間とは思えない。

 この街ではレイナに一番近いタイプと言える。


「さっきも話した通り、興味を持ったのはゲームの裏に組織めいたものがちらついてることにさ」


「そこが判らないんだ。オレたちはそんな話を聞いたことがない。ここに来るまでは疑ってもいなかった。なのにあなたはどうして組織的関与を疑えたんだ?」


「オレが疑ってたんじゃあない。あいつらが確信してたんだ」


「あいつら?」


「ああ、オレが知り合った冒険者って言うの? そいつらがな」


 それを聞いた四人は互いの顔を見合わせる。

 唇が乾いたのかレイナは無意識に舐めていた。


「陰謀論者ってやつか?」


 タニの質問にシニカルに鼻を鳴らすと、やっさんは大仰に椅子の背もたれに寄りかかる。


「陰謀論? この状況が何ら陰謀などと言うものではありませんってか?」


 そう言われてはぐうの音も出ない。


「そもそもの経緯からしておかしいことだらけなんだよ。ゲームエクスポで死亡事故が起こったのはともかく、事故からひと月足らずで世界規模で民生利用の禁止が決まってる。にも関わらず事故から三ヶ月後にははなから非合法上等のヤミダンジョンが運営されている噂が広がり摘発もされてる。時期的にまだ合法商売してたクチがお上相手に突っ張ってる頃にだ。その手の商売ってのはほとぼりが冷めるって言うか、世間が注目しなくなる頃から動き出すもんだ」


 レイナは話の中で出てきたあの日を思い出して体を固くする。

 その変化に気づいたのか単に話題が出たことを気遣ってか、握られた拳にヒビキがそっと手を添えてくれた。


「あんたらは知らないだろうが、非合法ダンジョンのミクロンシステムはほぼジーンクリエイティブ社の装置だ。エクスポに出展していてその事故を……いや、事件を起こした『これから参入します』って宣伝してた、開業わずか二年のベンチャー企業だよ。事故直後には廃業した企業の、発売もされてない装置が量産されていたって知ったら誰だっておかしいと思うだろ?」


 彼はそこまで一気にまくし立てたことに気恥ずかしさを覚えたのか、ニヘラとみんなに笑いかけると


「ま・そんなこんなで興味本位に首突っ込んだ結果がこの状況だ」


 と、自嘲する。


「……なるほど」


「本題だ」


 考え込んだクロに変わってヒビキが切り込んできた。


「この娘に何の用があったのさ」


「ああ、たまれいちゃん……だろ? エクスポで行方不明になった」


「だったら何なのさ」


「いいこと教えてやろうと思ってな」


 その言葉にレイナは顔を上げやっさんの目を見つめる。

 やっさんは目尻を下げるとこの絶望的な世界で彼女に希望の光をともしてくれた。


「あいつらは必ずここに来るよ。君を救いにね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 改稿前の展開を思い出して、どこか変わるかな?とか考えるのも楽しんでます
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