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楽園のヒロイン 09 冬支度と怪しい男

 女が三人集まるとかしましいという。

 ここでも例外ではないようだった。

 冬に入り日中でも底冷えのする街では二十四時間暖炉に火が入っているのが当たり前だった。

 その暖かい暖炉の前で三人はそれぞれに割り当てられた作業をしている。

 ヒビキは汚れ仕事用作業着にエプロン姿で力仕事に分類される保存食作り。

 あまり暖かいと食材の傷みが早いというので暖炉から遠いところに座らされ、今日捌かれたばかりのウサギ肉で塩漬けの仕込みをしている。


「もっと暖炉のそばでやらせてよ」


「ダメよ、本当なら台所とか外でやらなきゃならないのを特別にリビングで作業させてあげてるんだから」


 窓から差し込む日差しの中でふんわりとしたノルウェー民俗衣装(ブーナッド)風の服を着て裁縫しているマユが、その手を止めず顔も向けずに明るく言う。


「マユは日向であったかいからいいだろうけど、こっちは冷たい食材触りながら寒いとこで作業してんだよ。愚痴ったっていいじゃないか」


「じゃあ、代わる?」


「う……」


 小さくうめくとそれ以上は言えないヒビキであった。

 裁縫は正直からっきしなのだ。

 もっともマユにしても決して得意なわけではない。

 そんなやりとりを微笑ましく聞いているのはこちらも保存食作りで暖炉の前を占拠しているレイナである。

 昨日襲撃があったばかりなので、今日は二人とも待機なのだ。

 火力を調整しながら鍋の様子を伺っているのは、彼女が一番そのての知識が豊富だったからである。

 味付けに関しては味覚音痴かと言えるほど下手なヒビキはもとより、マユよりも美味いのはここでの生活が長いと言う以上に才能なのかもしれない。

 こう書くとヒビキは家事全般が壊滅的に思えるかもしれない。

 しかし、泥や埃、なまぐささを連想させる武闘派のイメージからは想像できないほど綺麗好きで、掃除洗濯では二人が辟易するほど口うるさく、実際舌を巻くほど丁寧だ。

 そこに三度玄関を叩く音がした。

 ビクリとこわるマユの前を努めて気にしない素振りで通り過ぎ、レイナは扉を開けに行く。

 そこには戦士組の女性が二人。

 明るい雰囲気をまとって立っていた。


「定期便が見えたって」


 短く返事をするとレイナは二人を部屋に通す。


「お仕事よ」


「やった」


 ヒビキは洗面器にお湯を張り素早く手を洗うと、二階の自室に着替えに上がる。

 その間にレイナも念のため革の胸当てをしてベルトにレイピアを吊るす。

 数分でいつものつなぎのレザースーツに着替えてきたヒビキが、留守番をする三人に声をかけてレイナとともに外套マントを羽織って外へ出る。

 吐く息が白い。


「……まだ、ダメみたいね」


 レイナが小さく背中を丸めながら伏し目がちに言う。


「同じ街にいる間は立ち直るのは難しいかもしれない。それでも家の中では笑って過ごせるようになったんだし」


「そうね……」


「話は変わるけど、今回も東京組はいないと思う?」


 と、ヒビキが訊いてくる。

 ここ二回、つまりシュウトたちが来た日を最後に東京のダンジョンから来た冒険者ががいないのだ。

 一度目はたまたまかとみんなが思った。

 日本最大の人口規模を誇る首都圏のダンジョンから送られてくる冒険者が一人もいないなどと言うのは、他の地域から少なくともパーティ一組必ず存在することを考えれば確率的にほとんどないとは言えありえないことではない。

 それが前回も(ゼロ)だった。


「訊いた話じゃシュウトとノブヒロは別々のパーティだったらしいじゃん。つか、ノブヒロはイサミたちとシュウトのパーティ探してダンジョンアタックしたって話だし、あいつら名古屋がシマだって話じゃん? そっち系のトラブルでダンジョン潰したんじゃないかな?」


「だとしたら少なくともあの人たちは助かってるんじゃないかな?」


「レイナは楽観的だなぁ」


「ポジティブにいなきゃ、ここではやってけないでしょ?」


「まぁ、そだね」


 二人が南門に到着して数分後に『定期便』が到着した。

 門が開けられ、一行と荷物が門をくぐる。

 みんなかなりの怪我を負っているようだ。

 その為の配慮なのかいつもより荷運びを兼ねた家畜が多い。


「到着された皆様、お疲れ様です」


 全ての荷が門の中に入ったのを確認して、門衛が門を閉じるのを待ってヒビキが声を張った。


「皆様におかれましては全く状況が判らないことと思いますので……」


 レイナは、ヒビキが淡々と事務的に話を進めていくのを聞くとは無しに聞きながら到着した一行を見渡す。

 今回到着したのは十三人。

 ここ半年でもっとも少ない人数だ。

 怪我の程度も一様にひどいようで、すぐにでも医療班に引き継いだほうがいいように思える。

 彼女は近くにいた門衛の一人に急いで救護班を呼びに行ってもらうよう頼むと、三々五々と物資を片付けるために集まって来る住人を確認する。

 皆一様にできる限りの厚着をして来ていたが冬の寒さに慣れていないからだろう、ブルブルと震えて動きが鈍い。

 彼らの中に例の男たちは見当たらない。

 それを確認して改めて今回の一行に視線を戻した時、一人だけ仕草の割に血色のいい男がいるのに気付いた。

 凄惨な現場に慣れた彼女の経験に裏打ちされた洞察力が見つけたと言っていい。

 周りがみんな怪我をしているので、らしく振舞っているだけ。

 彼は無傷だ。

 それが配慮なのか保身なのかはさすがに判らないが、そこにはある種のクレバーさが感じられる。

 レイナの視線に気づいたらしいその男は、バツの悪そうな顔で前にいる男の背中に隠れるように移動する。

 その後、改めて彼女の顔を確認するかのように背中越しに顔だけ出してじっと見つめて来た。

 レイナはそれを涼しく見つめ返す。

 男はやがて顔を引っ込めた。

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