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崩壊からの帰還 05 女性のスカートの中

 女性巨人が彼らの眼の前を颯爽と通り過ぎて行く。

 オーソドックスなベージュ色のストッキングに、かかとにブランドロゴのチャームが付いた青いスエード調のピンヒールパンプスのスラリとした脚を眺めながら、ジュリーがぼんやりと呟く。


「いつになったらチャンスが来る?」


 どれくらいの道のりを進んできただろうか?

 往路(行き)の経路の記憶と事前に調べた地図の記憶を元にした勘を頼りに、かれこれ三時間以上は歩き詰めでここまで来た。

 そしてここでもう三十分以上足止めを食らっている。

 目の前には四度目の交差点が見えている。

 しかし、それまでと違ってここでは不用意に動けない。

 主道に近づいたことで車だけでなく人通りも多くなっていたからだ。


「今何時だ?」


「さぁ……正確には判りませんが日が暮れる頃に出発して四時間は経っているのではないかと思われますので、だいたい九時過ぎくらいじゃないでしょうか?」


「まだ九時かよ。どおりで人通りが絶えないはずだ」


 ジュリーがため息をつく。


「日付が変わるまでここで待っているつもりなのか?」


 ロムはゼンに問いかける。


「待っているつもりはないのですが、この状況ですからね?」


「とは言えゼン。夜も更けて冷えてきているし、いつまでもひとつ所に留まっているのも発見される可能性が高まるでござるぞ」


「そうですねぇ……悩ましい所です」


「リスク取ろうぜ、なぁ?」


 前半はゼンに、後半はジュリーに向けて賛同してもらおうと声を掛けたものだ。


「あぁ、オレも賛成だ」


「しかし、リスクを取るにもキッカケというか、打開策がないと……」


「実は目をつけている案があるんだ」


 ロムはいたずらっぽく笑うと、三人を見回して通りの奥を指差す。

 そこには地面から十五センチほどのところに裾があるだろうフレアのロングスカートを履き、携帯端末を見ながら歩いている女性が近づいて来る姿があった。


「待て待て、いや、え?」


 ジュリーが大きくなりかけた声を必死に殺しながら顔を赤くしてロムとその女性を見比べる。


「悩んでいる時間はないぞ。ホラ? さっさと決断」


 ロムは行く気満々だ。

 三人は互いに赤い顔を見合わせると唾を飲み込みながら頷いた。

 意を決した冒険者たちはタイミングを見計らってその女性の足元に飛び込む。


「上は見上げるなよ」


「し、しねーよ!」


 ロムは自分の言動で動揺するジュリーをよそに交差するハイカットスニーカーの真ん中を器用に避けながら走る。

 ゼンとサスケは蹴飛ばされないように少し後ろを走るが、そこにもロムの少し茶化した忠告が飛ぶ。


「あんまり後ろを歩くとスカートに触れるぞ。気づかれちゃうから気をつけてくんないと。巻き添えになるのは勘弁な」


 都合のいいことに彼女は横断歩道を渡るようだった。

 赤信号だったのだろう、立ち止まった時にゼンが脚にぶつかりそうになったのをロムが体を張って阻止すると、再び歩き出したのに合わせて慎重に走る。

 人間の知覚というのは実に大雑把にできている。

 実際にはロングスカートの女性の足元を小人が四人まとわりつくように付いて歩いているのだが、すれ違う人々もそれに気づくことなく去って行く。

 車に乗っている人たちは対向車のヘッドライトに女性自身が消えて見えることがあるくらいだから、こちらも冒険者には気づかなかったらしい。

 だからと言って堂々と歩いていても誤魔化せたかと言えば、それはいなだ。

 これは女性が歩いているという認知の上で、余計な情報を無視する人の知覚特性を利用したから隠れ身(ハイドイン)できている一種の忍術だった。


「出るぞ」


 横断歩道を渡りきり少し低くなっている縁石を飛び越えた後、ロムが声をかける。

 このまま行けるところまでスカートの中にいるのが安全なようにも思えた。

 しかし、この女性がどこへ向かっているのか判らない以上、どこで方向転換されるか判らない。

 何より彼女に気づかれる危険が、考えられる中で最も高いリスクなのだ。

 四人は姿勢を低くしてスカートに触れないように注意しながら、素早く建物と建物の間の暗がりに飛び込んだ。

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