崩壊からの帰還 04 関係者は事故を知る。
「下町の迷宮亭」はその日、改装中であった。
いや、先週からダンジョンのリニューアルのためずっとギルドメンバーを受け入れていない。
普段客席にしているひな壇の上に方眼紙に書き込まれたダンジョンマップや配線図、それまでに配置されていた怪物などが乱雑に、解体して山積みされた壁面パネルなどが比較的整然と置かれている。
GMとしてのダンジョン設計・シナリオ構築は終わっている。
あとはそれに合わせてダンジョンフィールドを組み立てて怪物を配置し、不具合がないかを確かめるだけだ。
ここは他所のダンジョンと違って観客にプレイの様子を観てもらうためにカメラやマイクを取り回しているのでその分構築に時間がかかる。
誰かに手伝ってもらえるのであれば二、三日で出来上がるかもしれない。
しかし、お客であるプレイヤーに手伝ってもらうなどゲームの性質上から行って論外であるし、観戦専門のお客にしても罠などのシナリオ上の仕掛けがバレてしまうのは面白くない。
それに何より、彼はオモチャ屋の店長であり模型などの組み立て作業が楽しくてたまらないと言う類の人間でもあったのだ。
そんなこんなで、上の仕事の仕事の合間を縫って一人黙々とこの地下仕事のリニューアル作業を続けていた。
「よし、第二階層配線終了」
チェック項目を声に出しつつ一つ一つ指差し確認し、バインダーに挟んだチェックシートに赤ペンでレ点を入れて一息ついたとき、呼び出しのインターホンがなった。
「どうした?」
出ると、困った調子の店員の声をかき消すように蒼龍騎の通り名で呼ばれている沢崎和幸の大きな声が聞こえてくる。
「店長! 事件です! 入れてください!」
「ちょっ、ちょっと沢崎さん……」
不穏当な発言に店員が焦る声が被る。
どうも、連絡が来る前に一悶着あったようだ。
しかし、入れてくださいとは随分と不用意な発言だ。
下町の迷宮亭が現在改装中なのはギルドメンバーには周知のことだし、そもそもミクロンダンジョンが非合法で摘発対象であるということは重々承知のはずだ。
普段なら蒼龍騎もこんな乗り込み方はしない。
何かよっぽど大事件なのだろう。
「落ち着いて、冷静になれたら降りてこい。近藤、判断はお前に任せる」
「判りました」
「ちょっ……」と言う抗議の声は聞こえていたが、店長はそれを無視してスイッチを切る。
降りて来ることを許可した以上。
ここをこのままにしているわけにはいかないので、最低限の片付けを始める。
まずはダンジョンマップとシナリオの書き込まれているファイルを調整ブースに放り込み、ブルーシートで第二階層がむき出しのダンジョンにブルーシートを被せる。
話をするのであれば必要だなと思い、ひな壇の一部を座れるように片付け始めた頃、彼は降りてきた。
まだ怪我のリハビリ中のようで動きがぎこちない。
その手には二人分のカモミールティーが持たされている。
店長は蒼龍騎を空けたひな壇に座らせると、そのペットボトルのカモミールティーの一つを受け取りわざとゆっくりそれを飲む。
「で?」
彼自身も蒼龍騎のただならない雰囲気に鼓動が高鳴っていたが、年の功かいつもと変わらない速度と声音で要件を問うた。
確かに彼はちゃんと心を落ち着かせてから降りてきたらしい。
バッグに入れていたタブレット端末を取り出して渡して来る。
「そこ、帰らずの地下迷宮ですよね?」
映っていたのは災害を伝えるニュース映像のようだ。
彼はしばらくそれを見続ける。
アナウンスによれば「今日午後四時過ぎに三階建のテナントビルに大型トラックが突っ込む事故が発生した」と言うものだ。
トラックを運転していた男は助け出された直後に意識を取り戻したものの意味不明の言葉を喚き散らしていたので警察が薬物検査を実施、陽性反応を示したので緊急逮捕。
今現在、火災はないがビルがさらに崩壊する危険があるので付近を立ち入り禁止にしているらしい。
店長は自分のタブレット端末を拾い上げると素早く住所を検索して地図アプリを開く。
写真モードにしてニュース映像を比較すると確かに当該ビルのようである。
彼は心持ち震える唇を飲み口につけ、ゆっくり喉に流し込む。
「そのようだな」
「心配じゃないんですか!」
蒼龍騎は四人の冒険者の目的を知っている数少ない人物の一人であり、今回のアタックも彼には知らされていたのだろう。
前回の彼らのダンジョンアタックに参加して大怪我を負っている。
安全に充分配慮されたダンジョンフィールド以外の十分の一世界がどれほど過酷なのかを身を以て体験している一人だ。
「心配はしている。だけど、何をどうする?」
蒼龍騎は店長から視線を外して俯いた。
出来ることは多くない。
捜しに行くとしてどこを探すと言うのか? どう捜そうと言うのか。
彼らはおそらくまだ十分の一でいるに違いない。
とすれば、世間一般に知られるのは都合が悪いのだ。
ギルドメンバーに声をかけて大規模な捜索隊など編成するわけにはいかない。
人知れず、怪しまれずに二十センチに満たない彼らを捜すなどなかなかに高難度ミッションだ。
「今は彼らの無事を祈りながら自分たちに出来る事だけをやるのが最良だろう? とはいえ、君の心配も判る。今日はずっとここにいてもいいぞ」
「……はい、ありがとうございます」
うな垂れたまま蒼龍騎は絞り出すようにそう答えた。
(しかし……)
と、店長はミクロンシステムの筐体に視線を向ける。
(このテの予感は当たって欲しくないと望めば望むほど当たってしまうものなんだろうかな?)
あの時の胸騒ぎがこう言う形で現実のものになったことに暗澹たる思いを抱きつつ、彼は今できる最善・次善のための準備を始めた。
「さ、じゃあ手伝ってもらおうか。まずは情報収集からだな。ニュースではミクロンダンジョンについては触れられていにいんだな?」
「ええ、時折ビルが崩れるのでまだ現場検証どころではないそうです」
「ビルが崩れる……ねぇ」
「何か?」
「ん? いや、日本の近代建築がそんなに脆いものかと思ってな?」
「手抜きだったんでしょうか?」
店長は腕組みをしたまま唸ってしまう。
「ここで考えていてもラチがあかないな。その件は置いといて、ネットで情報蒐集してくれないか?」
「判りました。……店長?」
「なんだ?」
「あいつら……生きているとして、どう行動すると思いますか?」
蒼龍騎が泣きそうな心配顔で見上げてくる。
彼は、できる限りの朗らかな笑みを作って見せてこう言った。
「ここに向かってくるよ。元のサイズに戻るためにね」




